ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 03-3.後ずさる事は許されず


 ふと、無人(生きている人間は、という意味合いでだが……)だと思っていた区域に人の悲鳴のようなものが聞こえた。それはともすれば聞き過ごしそうなくらいのものであったが、まずはそれを捉えたのはユウだった。次いでミイもその足をはたと止めたものだから、これは空耳ではないと二人は顔を見合わせていた。

 この辺りはもう皆とっくに避難したのだと思っていたのだがまだ残っている市民でもいたのだろうか――そんな風に考えてしばし待てども、それ以上何も聞こえなかった。
 ひょっとしたらやっぱり単なる聞き間違い……ユウとミイは互いに視線で交わし合った。半ば、そうあってくれという思いの元二人が進行を再開させようとした矢先、だった。

「――助けてくれ!」

 さっきよりも大きく、幾分か通る声で。それはやはり、何かの錯覚なんかではなくて間違えようも無い人間の声だった。そう、風の音だとかではなく男性の――それも助けを求めている、酷く切羽詰った様子の。

 一同がそう理解したのよりもずっと早く、ミイが日本刀を手に取り立ち上がっていた。

「なっ……待って下さいよ、どこへ行く気ですか!?」

 それを見たヒロシが真っ先に叫んだのであった。答えは勿論、分かり切ってはいたがあえて。

「――決まってるだろう、助けに行く」
「……そんな暇は無いんですよ。僕の話、聞いてました? ネクロノミコンは今弱っているんです。絶好の機会ですよ、これを叩かないでどうするんですか?」
「だったら俺一人でも行く。悪いけど、見過ごす事は出来ない」

 そう言って歩き出そうとするミイの腕を、ヒロシが背後から引いて止めた。

「ついてきておいて勝手な事を言わないで下さい、それに……貴方も言っていたでしょう。死に際に会話をしたゾンビがいた、と」
「……」
「もしかしたらそういう亜種もいるのかもしれません。ああやって生きた人間のふりをして誘いだそうとしている、なんて事も考えられます――いずれにせよ一人で向かおうなど浅はかな事は考えない方がいいですよ」

 いつになく険しげな顔をさせているのは、ヒロシだけではなかった。――ミイもミイで、そんなヒロシからの言葉をどう受け止めているのか……。

「み、ミイ……」

 ユウが目に見えておろおろとしだして、そんな二人のやり取りを見守る。

「ユウくんの事も考えてください。彼を守りたいのなら尚更……」

 その言葉に過剰に反応するように、それまで俯き気味の姿勢で固まっていたミイの肩がびくんと一つ強張った。

「……っ、うるせえな!」

 ミイがいきなりのように叫んだものだから、ヒロシも思わずその手を咄嗟に離していた。それから驚いて彼を見つめるのであった。

「――俺だって……俺だって守りたいんだよ。ちゃんと救いたいんだ誰かをッ!……何も出来ずに目の前で――そういうのはもう沢山なんだよ、これ以上自分が無力だって思いたくない……」

 こうやって叫んでいる間にも、ミイはこの短期間のうちに見た様々な場面を思い返していた。
 自分を庇って死んだ先輩。名も知らぬ、自分を好きだと告げてくれた女の子。救うと言ったのに結局助けられずして終わってしまった男子生徒達。そして差し出されたバースデーカード。

「俺だってやれるんだよ……救える筈なんだ」

 気がつくとミイはらしくもなく、泣いていた。両方の目からぼろぼろと、音も無く溢れだした涙が伝って行くのが見えた。砂埃やらでうっすら汚れたミイの両頬に、白い、涙の跡が残るのがはっきりと分かった。

 ミイは学ランの袖で乱暴に涙を拭うと、こちらから背を向けた。やはり行こうと言うのだろう、一同の予想通りにミイは次の瞬間には駆け出していた。誰かの返事も待たずに。

「み、ミイ!」

 ユウが叫ぶもののミイの耳には届いていないのか、それともあえて無視するのか。ミイのその疾走は止まる事は無い。

「待ってよ、ミイ!」

 気がつけばユウ自身もそれを追いかけて走り出していた。陸上部の短距離走エースとあっても、すぐに追いつくのはやや難しそうである……。

「な……ッ、ちょ・ちょっと!」
「悪い、こうしちゃいられないわ。俺も行くぜ」

 石丸が次いで走り出すのと一緒に、ヤブが学ランの襟を引っ張られて行く。どうやらヤブに拒否権は無いらしい。

「あーあ。やっぱりね、っと」

 瓦礫の上に座っていたノラがひょいっと降りると、ヒロシの方へと向き直る。それからやっぱりあの緊張味に欠ける声と表情で、ノラは眉辺りでピースサインをすちゃっと決めて見せた。

「ごーめん。俺もちょっと加勢してくるよ。あいつらだけじゃ心許ないもんねー」
「しかし……っ」
「あ、ヒロシちゃんは先行ってても構わんよ。俺らもこっちが片付いたら必死で追いつくしさ? ほら、ヒーローってのは遅れて登場するもんだろ。えへっ」

 何を気取っているのやら、ノラが更にはこの場にふさわしくないようなウインクを飛ばしてくる。その後、ノラはくるんと踵を返してたったかと先へと駆け出してしまったのであった。

「ああ……ったく、もう……! 何て煩わしい奴らなんだ!」

 唇を噛み締めながらも追いかけて来るヒロシに、ノラは心のうちで微かに微笑んでいるのだった。



石丸ってヤンキーの癖して案外可愛いやつだよな。
姉の影響で悪ぶっているだけなのかもね。
移動手段も単車とかじゃなくてチャリだったりするし(小ネタ参照)。


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