ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 03-2.後ずさる事は許されず


 廃墟と化した街の中を、甦った死体達が彷徨う。

「――人と思うな! 潰せ!」

 ヒロシの怒号と共に幾重もの銃声が響き渡る。走りながらヒロシが左右それぞれに手にした、二丁の拳銃を乱射する。ほぼ確実にヘッドショットを決めて行くその腕はやはり大したものだ……と何度見ても思う。あんなもん、一回や二回ぐらいの実戦で決められるものではないだろうに。

 ちなみにユウとヤブはもうほとんど何もせぬうちに片付いてしまう。しないと言うよりは、何も出来ないに近いのだが。一掃された辺りを駆け抜けるとヒロシが物陰に身を潜めて、一同にも背を低くするように促した。ヒロシは眉間に皺を寄せてまた険しい表情になりながらこめかみに人差し指を宛がう。

「……ちょっと待って下さい。奴の気配が薄まっていく……、恐らく奴はまた力を乱発したようですね。――攻め入るなら今が好機か」
「まっ、マジか……だったらとっとと決めちまって伝説に残る英雄になろうぜ!」

 と、歓喜の声を漏らして少年のようにはしゃぐ石丸だったが対するヒロシはやっぱりどこか冷静で。

「英雄〜? はっ、馬鹿らしい。そんなものなれるわけないでしょう〜、どうせ上手い事脚色されるに違いないですよ。僕らがやった事なんてしょせん焼け石に水、ぐらいにしか世間には報道されないと思いますよ。……僕は別にそれで構いませんけど」

 あまつさえ失笑交じりに言ってのけてしまい、石丸はちょいとばかし夢見心地だったもののすぐに現実へと引き戻されてしまうのであった。

「え〜? じゃあ、俺らが頑張っても国の手柄ァ?」
「……いけませんか、それでは」
「つまんねぇなぁ……人々に受け継がれる歴史上の人物に刻まれるかと思ったのによぉ。歴史の教科書に載れたかもしれないのに……織田信長の隣とかで……」

 何故、そこで『織田信長の隣』なのかはよく分からない。というよりは、石丸がそれくらいしか思い浮かばなかっただけなのかもしれないのだが。

「いいじゃない、別に」

 そんな石丸をたしなめるように言うのはユウだった。ユウの声に石丸がちょいと顔を持ち上げた。

「みんなが知らなくても俺達が知ってるんだ。その……、えぇと……みんなが頑張った事とかをさ」

 ユウが屈託の無い笑顔で、にっと歯を覗かせつつ笑う。

「あ、いや、俺はそんな頑張って無いかも……うん」
「おいおい、何だよそりゃ〜」

 いつもながら笑顔のままで、ノラが肘の先にてユウを叱咤する。

「……けど、俺は忘れない。みんなと会った事も、こうやって、戦った事も、それに助けられた事も――」

 そこで一旦ユウがふっと大きく息を吐いてから、もう一度顔を上げる。一同の視線がこちらに注がれている。それを受け取るように、ユウが全員の顔を見つめたのであった。

「ヒロシ君に会えた事だってさ、俺にとっちゃ大切な出来事になったしね」

 ミイがそこで少し複雑そうに視線を伏せたのを、ユウは気付けずにいた。

「――けど貴方、これはつまり巻き込まれてるんですよ? 冷静に考えたら分かるでしょうけどね」
「ま、そーかもしれないけどさ。大人しく待ってるよりは少しでも何かをしたかったし……むしろ、ありがとーって感じかなぁ今にしてみると……うんっ!」

 ユウが無邪気な子どものような顔で笑うものだから、ヒロシもそれ以上嫌味も言えなくなってしまう。出かかったいつもどおり可愛げのない言葉を飲み込むようにして、視線を逸らした。

「……ふ、能天気な方だ。やはり」

 そんなユウにすっかり毒気を抜かれたのか、ごくごく自然な笑い方をするヒロシにみんな少しばかり意外そうにそれぞれ彼を見た。

「おっ、随分とイイ笑顔するじゃねえかお前」

 石丸がからかうような調子で言うと、そんなヒロシの頬に人差し指をぶすっと突き刺した。

「チッ、……笑ってません」

 舌打ちの後にヒロシが不機嫌そうな顔をして見せるのだった。

「すっげぇ! ほっぺ、柔らか!」

 そんなヒロシの事などは介した様子すら無く石丸が今しがた触れたばかりの指先を見つめて感嘆の声を上げる。

「うっそマジで! ヒロシちゃん俺もっ」

 ノラが絡みつこうとするのを鬱陶しそうにヒロシが払いのける。

「そ、揃いも揃って撃たれたいのか貴様らは!」

 こんな状況でも無けりゃ、本当に教室でじゃれ合っているだけみたいだ。ここに女の子でもいたら最高なのにな。……ああ、こんな風にいつかまた戻れるんだろうか。
 あの日々みたいにみんなで、だらだらとしてはいたけど幸せだった――家に帰ったら、家族がいて、温かいご飯があって。当たり前だと思ってたのに、そういうのが当たり前だと思ってたのに……。

「ユウ?」

 幾度となく繰り返したのであろうその自問に埋もれるよう、ユウが力なく微笑んでそれから俯いた。それに一番に気付いたのはミイで、彼はすぐに世話を焼く兄のような顔でそんなユウを覗きこんだ。
 やがて彼が静かにすすり泣いているのを知ると、ミイはあまり騒ぎ立てないようにしながらユウの肩にそうっと手を置いた。

「……ごめんミイ。何か……なん、か……うう」
「……ん……」

 そのツラときたら、ひどくみっともない顔面だったに違いないがいやはや――ミイは小さく微笑みながら黙ってハンカチを差し出してくれるのだった。

「あ、ありがど……ずびーっ」
「おいおい、その泣き顔は……。流石にちょっと透子に見せられねえな」
「う、うぅ……」

 何かしら言い返そうにも嗚咽に震える声ではまともな言葉として成り立たず……ユウは受け取ったそのハンカチで涙を拭うのだった。……流石に鼻水は拭わない、当たり前だが。

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