ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 03-1.後ずさる事は許されず


『天に代わってのさばる悪をキュートにジャッジメント! 城堂院マリア、ここに参上!』

「テレトーまじ凄いな、こんな状態だってのにまだアニメやってるよ」
「ほんとだ〜、うける〜」

 ガラスの向こうにある液晶テレビを見つめながら指差し笑いあうのはまだ十代そこそこであろうカップルだった。恐らく大学生ぐらいであろう二人は腕を組みながら電器屋の前でいちゃこらしながら再びテレビに視線を戻した。

「つーかこの辺は全然平和じゃん? ゾンビのゾの字もねえよ」
「だよねー。あたしらには他人事って感じ」
「てか昨日からニュースで騒いでる変な格好したガキは何なんだ? あの洸倫教とかいうこれまたよくテレビに出て来る変なおっさんの一派?」
「分かんない、只のコスプレしたキモオタなんじゃないの」

 ふーん、と男の方がさして興味も無さそうに鼻で笑う。

「そういやさー、クラスのオタ野郎がこのアニメはまっててさ。このマリアって子に夢中でいつも萌え〜だの、マリアたんペロペロ〜だとかうっさいんだよ」
「マジでぇ、まあ面白いけどそういうのってちょっとキモイよねー」
「キュートにジャッジメント!……つって毎日ポーズ決めてるんだよ、もうほんっと勘弁してくれや」

 それはもはやお決まりの相槌であるが如く、女の方が「うける」と言いながら甲高い声で笑った。そんな二人は気付く筈も無い、こちらへ向かって全力疾走してくる一体……いや正確には一体と一体半のその影に。言うまでも無くハイドラだった。
 息も切れ切れに、必死の形相の彼はとにかく何かに急いでいるらしかった。

「どっけぇえこの愚民めぇっ! アニメが見らんねえだろうがぁーッ!!」
「ぶべらっ」

 助走をつけたハイドラの右ストレートが男の方の頬にパコーンと炸裂する。短い悲鳴を残して男は鼻血を吹き出し挙句目を白黒させながら気絶した。

「……い、いやぁあ! マーくん! しっかりしてよマーくーーーん!!」

 鼻血を垂れ流して伸びる男に寄り添いながら女が絶叫する。

「ふう……何とか間に合ったみたいだな。ご覧よ、山科くん。これが僕の嫁のマリアちゃんだよ。金髪のツインテールがとぉっても可愛いんだ」
「びょ、病院……病院んん……救急車、救急車を……」

 はしゃぐハイドラとは対照的に首だけの山科はうわ言のようにその言葉を繰り返している。

「その身体じゃあ救急車じゃなくて霊柩車だろうけどね! クヒヒ。……え!? ラブプリのアニメ二期製作中止のお知らせ!? せ、製作スタッフがゾンビ発生により自宅から出て来なくなっただと!? ギャアア! 何て事だ! 馬鹿! 僕の馬鹿! 大馬鹿野郎〜!」

 絶叫しながらハイドラは自分の頭をポカポカとグーでぶん殴りながら、その場に崩れ落ちて手を突いた。

「ああ、僕とした事が何て事……。しまったよゥ、ラブプリの二期が製作決定だという情報をすっかり忘れてるだなんて!」

 額に手を当てたそのポーズでショックさを表しているのか、半ば大袈裟ともとれるオーバーリアクションを交えつつハイドラが叫ぶ。

「――あ、山科くん知ってるかい? ラブ・プリンセスっていう同人ゲームが原作の作品の二作目がね、アニメ化される筈だったんだよ。男性向けのいわゆるエロゲーと呼ばれる作品だった筈なんだけど、絵が綺麗なのとイケメンキャラが豊富なものだから女性層からも人気でね……話もこれがまたよく作り込まれててね、近年は萌え豚向けのブヒアニメ大量生産の傾向にあると言われているアニメ界においてはこれが素晴らしく良作だったものでして、おっと、萌え豚等と拙者ネット用語が。オゥフ、こいつはエロよりは泣きゲーの部類に入るんじゃな……」
「いたぞ! 撃てェ!」

 人差し指を持ち上げつつ得意顔で解説を始めたハイドラを遮ったのは彼を追いかけてきた部隊のサブマシンガンの発砲音だった。

「……ちっ、また来やがったかくだらねーカスどもが! 人が必死で解説してる時に空気読めよなぁ!」

 忌々しそうに呟いてから、ハイドラの周りに薄い光の膜の様なものが張られた。いわゆるバリアというものだろうか、すぐに打ち破れそうな見た目と反して非常に優秀な防御の壁である。一見すると柔らかそうなのだが次々と撃ち込まれる弾丸を弾き返す音からはそんな幻想も打ち砕かれてしまう。

「もぉお〜〜! 気絶してんじゃないわよこの男ォオ! こんな時くらいかっこよく彼女守るとかしなさいよこの役立たずのボンクラ男! ヘニャチン!」
「む、むにゃ……」

 横でぶっ倒れていたカップルの女が泣き叫びながら男を引きずって横手へと引っ込んでいくのが見えた。

「次! 第二部隊、砲撃開始!」
「――ほお〜、あれだけやってまだ懲りないとは」

 言うなりハイドラが不敵に笑った。

「いい加減飽きた! 飽き飽きなんだよ! 終わってんだよもう!!」

 ハイドラが手をかざすと前列で攻撃をしていた部隊達の動きが止まる。

「う……うわぁあっ、何だ一体……」

 次いで自衛隊員たちの身体が次々と地面からほんの三十センチ。いや一メートル。いやもう二メートル、違う更に十メートル……と浮かび上がって行く。
 ハイドラが両手を掲げるごとに彼らの身体はまるで磁力にでも吸いあげられるが如く天へ天へと文字通り昇って行くのだ。足をばたつかせる者、必死に手を伸ばして助けを求める者、何が起きたのか分からず呆然としている者、果敢にもまだ立ち向かおうと武器を手放さぬ者、と反応は様々であったが……。

「た、タカギ三等陸佐殿ぉおお! 俺、こんなの聞いてませんけどー!」
「ジ、ジーザス……」

 そりゃこんな例後にも先にも聞いた事が無い。そもそも、こんな魔術師みたいな奴と戦ったなんて前例も無い。トリックがあるなら教えて欲しいものだ、ようし今年の忘年会はそれでいこう――ご覧下さいタカギ三等陸佐の人体浮遊マジックです! なんと! 種も仕掛けもございません!…………。

「ネクロノミコン様と出会ってからはこんな事も出来るようになっちゃいましたあ! もうホンット人生変わっちゃいますよね〜ェ」
「うわぁあああああ!」

 けたたましい悲鳴を上げたかと思えば次の瞬間には隊員たちの姿は空の遙か彼方へと掻き消えた。

「ぶ、部下たちをどこへやったんだ貴様ぁ!」

 ようやく夢想から叩き起こされた様に指揮をとっていた三等陸佐の九ミリ機関銃が唸りを上げる。叫び声に重なるようにパパパパ、とサブマシンガンの発砲音が響き渡る。

「オウフ。またそれか、好っきだな〜」

 ハイドラがマントを翻すと、高く跳ねる。飛んだかと思うと驚くほど近くに降りてきて、ハイドラが着地する。笑みつつ顔を持ち上げるとハイドラが低く笑い声を捻りだした。

「――心配せずともみぃーんな落ちて来るさ。ほら、聞こえない? 終焉を彩るに相応しい音楽が……」

 不穏なその囁き声に一同が攻撃を再び停止する。武器を降ろし周囲を見渡した。

「まずはひとーり!」

 ハイドラの言うように、空から一人目が落ちて来る。ボスン、と鈍い音がしたかと思うと一人目は生垣の上に落下した。

「ひっ……」
「降ってくるぞぉ! 降ってくるぞぉ、たっくさん! キヒヒ、人の雨が降るぞー!」

 おかしくてたまらないと言った様子でハイドラがはしゃぎ立てた。

「う、うわぁああああ!」

 ほとんど無意識のうちに叫んでいた。無我夢中になってサブマシンガンをぶっ放すしか方法が無かった。当たり前だ、どう抗えって言うのだ兵器の通用しない相手に――、人類の限界だ。我々の敗北なのだ。こちらが負けを認め、戦意を喪失させているのを察知したかのようにハイドラが高笑いをする。

「それとなぁ〜、お前ら馬鹿の一つ覚えみたいに人の顔見るなりポンポンポンポン銃火器ぶっぱなしやがって、それが最近の日本の挨拶なのか? アーハン? チクショー、こうやって全部の攻撃防いでるからよぉー、僕がまるで無敵に見えてるかもしんないけどよお、この力使うのだってまだ制御しきれてねえからこっちもいちいち苦労してんだボケェが」
「く、来るな来るな!」
「もういいや。お前らまとめて全員、出番おしまい」

――暗転……

 おおよそ五十人以上はいた部隊が壊滅、僅か十分も経たぬうちの出来事であった。

「あーくそ、やっぱまだ馴染み切れてないのかデカイ事すると頭がクラクラしやがる……畜生め!」

 低血糖を起こした時、いやそれを倍増させたような、吐き気と眩暈を同時に感じてハイドラはふらつく頭をガンガンとグーにして殴った。

「うっ、うっ……ううー」
「なぁ〜に、山科くん? ゲロ吐きそう? いいけど僕にはかけないでよねっ。その時は片方の目ん玉かっぽじっちゃうゾ」

 山科の頭をまるでぬいぐるみでも抱きしめるようにぎゅーっとしながらハイドラがその髪にキスをする。生殺与奪の権は、全てハイドラにある。山科はどこから出て来るのかもはや推測するのも面倒だがまたおいおいと涙を流した。

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