ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 02-1.痛すぎるほどの愛情


 学生同士のデートと言えば金も無いしせいぜいが御飯に行くとか、映画を見るとか。大それた事は何も出来ないけれど、まぁ、若さもあってなのか彼女とのデートって言うのはそれなりに楽しかったように思う。今にして思えば雰囲気で楽しんでいただけ、というのもあるかもしれないけど。

 もうどのくらい前だったか……数ヶ月前、ミイには『もも』って名前の彼女がいた。自分の事を名前で呼ぶタイプの、小柄でまあちょっとばかり貧乳だったけど目がぱっちりしてて可愛い子。ついでに声も可愛かった。
 年齢はミイより一つ下で、ミイと並んで歩いてると身長差があるのがよく分かる。見ている分には微笑ましかったが本人たちからするとこれが結構苦労するんだとか。ユウが相変わらずぽかーんとした顔で「なんで?」って聞いてみたところ、ミイは少し照れ臭そうに目配せをしてから詰まった様な声を洩らした。

「しにくいんだよ、色々」
「……しにくい?」
「ほら、キスすんのとか……あとはまあ色々」

 そう言って、ささっと濁されてしまったが流石のユウにも分かった。むしろミイに彼女が出来た、という時点でユウからすれば結構なダメージだったのだがまさかもう童貞卒業しているなんて……ちょっとショックだったのは言うまでも無い。

 二人はよく手を繋いで帰ってたり、自転車二人乗りしてたり、何度となく二人が仲睦まじそうに連れ添うのは見て来たけれど結局ミイはそのモモちゃんと別れてしまった。学生同士のカップルだし、理由なんてあるようでないのかもしれないけど具体的に何があったのかは聞きづらくて、ユウはその事には一切触れていない……。



「ごめんねミイちゃん、モモってばちょっと遅刻しちゃったよ」
「ちょっとどころかお前、もう三十分は遅れてるよ」

 一度や二度くらいだったらミイもこう怒り口調にはならなかったのかもしれないがいかんせん毎回なのだからついきつく言ってしまう。

「ごめぇん……ミイちゃん、怒ってる?」

 顔の前で両手を合わせながら、モモは上目遣い気味にミイを見上げている。ミイはふうっとため息を一つ吐いて、それから言った。

「いや、気にしてないよ。こっちこそ細かくてすまん」

 しょっぱな喧嘩なんぞしてしまったらせっかくのデートも台無しだ。ここは年上の自分が大人にならねば、と堪える事にして。
 ミイはそれ以上とやかく言うのを止めておいた。それから何となく映画を見て、モモが食べたいとねだったのでパスタを食べに行く事にした。

「美味しそ〜。モモねえここの梅とじゃこのパスタがすっごく好きなんだぁ。ちょー美味しいのー」

 そう言って子どものように目を輝かせるモモは童顔あいまってかすこぶる可愛らしく見えた。モモは自分の可愛く見える仕草や表情なんかをしっかり熟知しているのか、その他愛も無い行動も全てにおいて隙が無い。

 それが計算っぽい、と周囲の女子からは言われていたようなのだがミイにはあまり気にならなかった。……というか、気付いていないだけなのかもしれないが。

「いただきまぁーす」

 しっかりと手を合わせてから、モモは運ばれてきたパスタに手を付け始めた。そんなモモを見つめながらミイは少しばかり笑ってグラスの水を一口飲んでから、ふと気がついた。

「あ……」
「ん、なにっ?」

 モモの耳元に光るものを見つけた。ミイは少し屈んでそれを目を細めて見つめる。

「――それ、ピアスか?」
「え? あ、うん、そうなの。ユカがねえ、絶対可愛いから開けなよって言うから。モモは痛そうだからヤダって言ったんだけど……」
「ふぅん……そうなんだ」
「あ、ミイちゃんひょっとしてイヤだった? 何となく嫌がりそうかなって思ったんだけど……やっぱピアス開ける女って無理?」
「いや、そんな事は無いけどさ。……なんつーか親からもらった身体じゃん、そういう事すんのって勿体ないかなって。古臭いかもしんないけど」
「そっかぁ……」

 その言葉を聞いてモモは少しばかり残念そうな顔をして、それから視線を落とした。

「……あ、いや。可愛いよ。うん、似合ってる」
「ほんと?」
「ああ」

――とは言ったものの、本当はあまり好ましくないと言うのが本音だった。けど口うるさく言うのも何だか気が咎めたので止めておいた……オシャレなんて人の勝手だ。自分だってそうだし。

 その場はそれだけで終わったものの、それからもそんな風に自分の知らない所で少しずつ変化して行く彼女がいた。気がつくたびミイは顔をしかめて見せたがモモとしてはきっとミイに褒められたい一心でやっていたのだろう。だけど、ミイにとっては受け入れにくくて相容れない。

 このほとんど無意識的なすれ違いが、二人の間には少しずつ生じていた。

 それがはっきり浮き彫りになったのはある日のデートの時だった。時間にとてつもなくルーズなモモが珍しく遅刻しなかったという、最初で最後のデートとなった。

「お前、何だよ。その格好」

 顔合わせ早々、ミイを不機嫌にさせたのはモモの服装である。
 まぁ普段の彼女から比べると上も下もかなり露出の激しい格好だったためか、それがミイにとっては悪い方に引っかかったらしい。

「え……変かな? 可愛いかなって思って……ほら、ミイちゃんショートパンツ履いてる女の子が好きって言ってたじゃん」
「や、好きっていうかもう九月だろ?……腰とか冷やすのってあんま良くないんだろ。もう少し考えろよ、見てて寒そうだし」
「……」

 ミイにすれば、悪意があったわけじゃなくてむしろ心配だったがゆえに吐いた言葉だったし相手を貶めるようなつもりで言ったわけではなかった。例えば妹や弟に注意するような調子で、叱り飛ばすと言うよりは指摘しただけのつもりだったのだが……モモにとってはそれが心無い言葉として突き刺さっていた。

 というよりも、今まで積もり積もった分の不平や不満がそれで一気に爆発した。見上げるモモの目にはこの時点で既に涙の粒が溜まっているようである。

「――ミイちゃんさぁ」
「……?」
「そやって何でもかんでも彼女に自分の考え押し付けんのやめなよ……」
「は?」

 モモは胸元に、高校生身分で何でそんなものが持てるのかよく分からないがヴィトンのバッグを抱き締めながら(パチモンなのかもしれないが)、今にも泣き出さんばかりに両目を潤ませながら続けたのであった。

「自分と何でも一緒じゃなきゃヤなんでしょ」
「何だそれ、どういう……」
「モモがピアス開けるのも嫌がるし髪染めるのも嫌がったし、自分がやらない様な事するのがそんなに嫌? そういうのウザイよ、自分の思い通りになるように人の事縛んのやめて!」
「は!? ウザイって何だよ、俺は別に……っ」

 ミイにとっては急に怒り出したとしか思えないモモは更に語調を荒くして怒鳴るのだった。

「自分とお揃いじゃなきゃ不安? ミイちゃんっていっつもそうやって自分は正しいって押し通そうとするでしょ、ミイちゃんばっかが正しいわけじゃないのにさ!」  

 モモは一歩前に出るといよいよ泣き崩れ始めてから、握り拳を作った片手でミイの胸元を何度も叩いた。叩く、といっても女子の力であってそれは全く痛くないものであるのだが。

「おい、止せよ人前で。……みっともないぞ」
「ミイちゃんの馬鹿! 大嫌い! 自分の事は棚に上げてモモばかり悪者にして!」
「……」

 そうしてからモモは人目も厭わずその場にしゃがみこんでわんわんと子どもみたいに泣いた。とりあえず場所移動させようとミイが声をかけても化粧が崩れたから顔を上げるのは嫌だとごねて顔を上げることすらしなかった。

 結局、そんな事があってから二人は別れてしまったのだけど。ミイにとっては忘れられないデートとして記憶に刻み込まれたのは言うまでも無い。思い起こせばそんな風に不満を口にしたのはモモが初めてで、その前に、中学時代に付き合っていた彼女も別れ際に何だか似たような事を言っていた気がする。

「世の中、従順な女ばっかだと思ったら大間違いだよ」

 今思うと中学生の台詞じゃ無かったな――とつい吹き出しそうになるのだが、ともかくとして――。モモに言われて確かに、あぁ……と思った。自分がやらないと決めた事を平然とやってのけるのが何だか心苦しく感じていた自分やそれで恋人との距離を感じてしまう自分。別に自分に従属してほしいわけではないのだけれど何となく、いい気分はしていなかった。

――とどのつまり自分は独占欲が強いって事だろうか?……それはまた何とも情熱的である。今になってどうしてこんな事が頭をよぎるのかまるで分からないが、只一つ言えるのは……。

「ミイ?」
「あっ……」
「どうしたの、ぼーっとしてたよ。大丈夫?」

 ユウが熱でも測ろうと言うのか額に手を伸ばしてくるので、反射的にその手を払いのけてしまった。別に嫌だったわけではないのだが、ついそうしてしまった。触られたくなかったのだ、何となく――驚いて目を丸くするユウにミイはすかさず言葉を喉の奥から絞り出した。

「ごめん――」
「……あ、う、ううん」

 ユウがはたかれた手を引っ込めつつ、申し訳なさそうにちょっとだけ笑った。

「ぼんやりするのは構いませんが、それが交戦中だと命取りになりますよ」

 そんな二人の横をヒロシがいつもの調子でさっさと通り過ぎて行く。

「だってさ。ミイ、気をつけないと」

 ユウはさも気にしていないように取り繕いながら、今度はミイの肩に軽く手を添えるだけにしておいた。

「ちょっと待ってよヒロシくん、歩くの早いー!」

――……

 自分より少し前を行くユウとヒロシの背中を見つめながら、ミイはそんな過去の出来事を思い返している。ユウの笑顔がモモのそれとオーバーラップする。ちがう、と言いきかせるようにして首を横に振った。
 ヒロシと親しげにしているユウは、何も思っちゃいない。当たり前だ、ユウは悪くない。何もしていない。悪くない、悪くない、悪いのは――……眩暈がしそうだった。

――俺は、きっと、たぶん、弱虫だ





これ別にモモちゃんに過失はないよなw
まあミイも別に悪くはないけど、
もう少し大人になるべきだったんだよね〜
何気にみーくんはもてるよね。
中学時代に一回付き合って
高校でも一人。
見た目は真面目そうなのに告白されたら
受け入れるって事はそういう欲がないわけでも
ないんですね、とお母さんは安心です。
あとモブにも告白されてるしね。
やっぱ運動系で目立つ人はおのずと人気出るよねぇ
しかし自分から動かないところが
受身というか積極性がないのか、あー今時の子だなって感じです


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