▼ 01-4.君を死なせたりなんかしない
ユウがドアを閉めたのを最後に、一同は整列して崩壊したその街を正面に捉えた。知っている筈の街並みが全く違う風景に様変わりしているのだ……そりゃあ言葉なんか出る筈も無く現実味の無い変わり果てた街並みを前にして唾を呑んだ。
「行きましょうか。微弱ですが奴の気配がします……、その方角に向かいましょう」
ヒロシの一声にようやく、釘づけになっていた視線を戻した。
「いいですか。ゾンビ映画から学ぶ生存のルールその一、窓際には立たない」
「はーい先生、どうしてですか〜。映画なんて見ないぜって言うみんなにちゃんと説明してあげて下さーい」
この呑気な声はやっぱりノラである。
「そりゃ窓を背にして立つとそこから襲われるのがセオリーでしょう。窓なんて破られる為にあるようなものですからね。……その二、ゾンビに対して考えも無しに火炎で攻撃する奴はクソ以下、ですよ」
その言葉に石丸が僅かに肩をぴくん、と反応させる。ヒロシはそれに気付いちゃいないようでお構い無しに解説を続けたのであった。
「狭い通路なんかで炎上したゾンビほど厄介なものはないですしそれに……脳みそが燃え尽きるまでは骨のみで動き回るとんでもないのもいますしね。まあこの方法も使い方次第といいますか、全く駄目というわけではないのですが素人にはその見極めが難しいので貴方達が使うのは禁止です。で、その三、ゾンビから隠れる時は高いところ……というのが基本です。ゾンビは何故か地上をうろうろしていて上へ昇ろうとするヤツも少なく……」
そこでヒロシが物音に気がついたのか言葉を切ると人差し指を唇にあてた。振り返りざまにヒロシは皆に座るように、視線とアクションで促した。ヤブだけがぼんやりとしていたので、ミイが慌てて彼の制服を引っ張って座らせる。姿勢を低くしたまま、手短な廃墟に移動すると壁を背にするようにして息を潜めた。
「やれやれ……噂をすれば何とやら、ですか。早速来ましたね。……その四、ゾンビは聴力が凄まじい。微かな物音にも反応するので気をつけましょう」
言いながらヒロシは腰のベルトに差してあったジェリコ941へと指をグリップ脇へと滑らせて、それからそのマガジンを一度取り出した。その中に弾丸が入っているのを確認すると、ヒロシは再びマガジンを挿入する。
ヒロシの顔に緊張が走ったのを真に受けてか、屈んでいた一同にも同様に動揺めいたものがざわつく。息を潜めていると確かに、ずるり、ずるり、と引きずって地を這う様な(それも複数名分の)音が重なり合うように聞こえて来た。
「うーん、十……いや〜、ひょっとしたらその倍はいるかね」
ノラが耳を澄ませるようにしながらポツリと呟く。その言葉にユウの顔が目に見えて恐怖にひきつったのであった。ミイも石丸もヤブも皆、同じように固唾を飲んで慄いている。
「まあ、入門編ってところですか」
が、ヒロシは全くもって余裕なようである。強がりなのか命知らずなのか勇者なのか、只のカッコつけなのか……。
「じゃ、俺もちょっと臨戦態勢に入るとするよ」
「――間違えて僕達を撃たないで下さいね」
半分は皮肉のつもりで、もうあと半分は本音なのである。ノラはピースサインを眉の上でかざすと白い歯を覗かせて、場にふさわしくない笑顔をにっと浮かべるのだった。
「りょーかいですっ」
おどけた口調で言いながらライフルを担ぎ直し、ノラは二階へと続く階段を颯爽と駆け上がって行く。
「何であいつはああも危機感が無いと言うか……」
ミイの声は半ば呆れた様な声色であったものの、その口元には無意識のうちに出た様な笑顔がうっすらと浮かんでいるのだった。が、すぐにまた強張った様な顔つきに戻って見せると太刀の柄にそっと手を添えた。
「……僕の合図で外に飛び出して下さい。こんな狭い所、数で抑え込まれたんじゃ勝ち目はありませんから」
二丁の拳銃を手に、ヒロシが皆に促す。一同は目交ぜし、やがて意を決したように頷いた。
「三、」
ヒロシがカウントダウンを始めるのと同時に、その左右の手に携えられた拳銃を見比べた。
「二」
近づいてくる気配からは生きた人間の心地がしなかった。それは飽くまでも感覚的なものであって、『そう感じる』、というだけのほとんど勘に近いものであったが引きずるような音に混ざり獣の様な唸り声が響いてくる以上……自分達にとって無害なものじゃない事は明白だった。
そしてその数も――先にノラが告げていたように多いようには感じる。 とは言っても自分達はヒロシやノラと違って研ぎ澄まされた感覚があるわけではないしそれもまた勘と言ってしまえば終いなのだが、まぁ、とにかく。
ヒロシはタイミングを計っているのか、眉間に寄った皺が一層強く刻まれた。
「一ッ!」
ヒロシが叫ぶのとほぼ同時に、彼の手の中にあった二丁拳銃が咆哮を上げた。まだゼロになっていないというのにヒロシが先陣を切り、廃墟の壁から飛び出していく。
その後からわたわたと続くように石丸が、次いでミイが飛び出す。一歩遅れてヤブが走って行く。もはやユウは完全に出遅れだ、陸上部のエースの面目丸つぶれのスタートダッシュに涙が出そうになる……。
そうしている間にもヒロシはその華麗とも言うべき銃さばきで早くも五体の頭はぶっ飛ばしている。素人とはやはり違う、撃った弾が確実に命中するのだ――ヒロシは臆することなく、群れをなすゾンビの集団の中へと走り込んで行く。
「ヒエッ……あいつ、正気か……マジか……狂ってる……命知らず……」
石丸が乾いた笑いをこぼしているのも知らず、ヒロシは疾走している間にもその手を休める事は決して無かった。
構えたままの左右の二丁拳銃のマガジン・キャッチを同時に押し込む。落下してゆくマガジンはそのままに、ヒロシは胸元のマガジンポーチ部にあらかじめ引っ掛けてあった新しいマガジンを素早く取り外す。そしてほんの一瞬のその隙に、空中で交換するという荒業まで成功させるのだから皆も援護に加わるのが躊躇われるというものだ。
もう、全部あいつ一人に任せればいいじゃない。
ヒロシはマガジンを入れ替えた後、野球で言うところのストレート・スライディングの格好を取ると低い姿勢からのヘッドショットを一体、また一体と着実に決めて行くのだった。滑り込んだ勢いを利用し今度は立ち上がると取り残した一体もやはり見事に頭を撃ち抜いて見せた。
――は、拍手しか出て来ない……何てパーフェクトなんだ。つい見惚れてしまったではないか
声を出すのも忘れて見入ってしまった一同であったが……その銃声が止んでから、はっと気がついた。
「ひ、ヒロシくん後ろ!」
ヒロシが白煙の立ち込める銃口を降ろしたその間にもまた別のゾンビが数体ほど迫っているのだった。ヒロシが振り返るのとほぼ同時に一番近かったゾンビの頭部の左半分が消し飛ぶ。
「――いけないなあ、ヒロシちゃん。無防備に背を向けるのはよろしくないよ」
こんな風に晴れた日の、見晴らしの良い場所は狙撃手からすれば格好のポイントであった――身を潜めていた、その半壊した鐘楼の上でノラは一人呟く。
ノラの、そんなちょっとした嫌味も当然ヒロシの耳には届いていない。が、ヒロシは何となくまたあのしまりのない笑顔でにやついているノラの顔が容易に想像がついていささか気に入らなかった。こうやって貸しを作ってしまった事で、また後から何を要求されるやら分からない――ヒロシはふっとため息をついて再び拳銃のトリガーに指を回す……。
「お、おい、俺達も加勢するぞ!」
ミイの声でようやくそれまで呆気にとられた様にその光景を眺めていた一同に意識が戻ったようだった。その声につられるように一同が一斉に駆け出す。ミイが気合を入れる為か一つ叫び声を発すると、振り返ったゾンビと距離を詰めるようにして踏み込み勢い良く横薙ぎを決める。胴体に斬りこまれた刀身が滑り抜けるのとほぼ同時に、その頭部を消し去ったのはノラの放った弾丸のようであった。
「……神は我がやぐら、我が強き盾」
バレルを固定させながらノラが狙うのはゾンビ達の頭部、もしくはその動きを止める事の出来る部位だ。確実に、そいつらのみだけを仕留めること。失敗は許されない。そのプレッシャーがノラの判断力や腕前を麻痺させるのかと言えばむしろ逆で、ノラはこの交戦に昂ぶってさえいた。
「おのが力、おのが知恵をたのみとせる」
賛美歌にあった祈りを口にしながらノラは手慣れた動作でボルトアクションをこなして見せる。
――どうだ、ヒロシちゃん。俺の腕前。……君の、お父さん仕込みなんだぜ、この技は、さ
スコープをもう一度覗きこむと、目標とは違う獲物をほぼ無意識のうちに追っていた。スコープに描かれた十字戦の向こうで、ゾンビの肩に飛び乗ったかと思えばそのまま脳天を撃ち抜くなんていう豪快な技を見せてくれるヒロシを見てノラは思わず口元が笑みの形を浮かべているのに気がついた。
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