ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 01-3.君を死なせたりなんかしない

「……。車移動?」

 訝る様なミイの視線と声に、ヒロシは眉の根一つと動かさず平然と答える。

「ええ。無駄に体力浪費もしたくないでしょう。荷物だって積んでおけるし、便利だし、いい事尽くめじゃないですか。何が不満か」
「そりゃ勿論そうさ、そうだけど……で、誰が運転す」

 ミイが問い掛けようと荷物を詰め込むヒロシに一歩近づいたところで、背後で控えているものだとばかり思っていた石丸がドタドタと駆け出してくる。

「すぅッげぇええええっ!」

 石丸が目を輝かせながら黒いクーペボディの車に近づいた。膝を折って石丸はくまなくその車体を覗きこんでは感嘆の声を洩らしている。

「すげえ……マジすげえよ!!」
「何がです?」
「これ、めっちゃ珍しい初期型なんだぜ。すげぇ、すっげぇよ! 滅多に見つからないししかもめちゃくちゃ高いの! やっべぇ〜。俺、お前の事は嫌いだけど車の趣味は合うかも! そこは素直に褒めてやる!」
「はあ、どうでもいいです」

 相変わらず素っ気無いヒロシのそんな態度だったが、車に夢中な石丸にとっては存外どうでもいいようで。

「……、で、続きだけど」

 それを見計らったように、まずは咳払いからミイが言葉を続ける。

「肝心の運転手は誰なんだよ?」
「僕ですが」

 しれっとして、にべもなく言い放つのはヒロシ。当然のように驚いて、おまえ? と口パクでリアクションを取りながらミイがヒロシを指差した。

「マジで! お前運転もできんのか」

 背後から抱きついてくるのはさっきまで子どものように目を輝かせ、その車に夢中だった石丸である。ヒロシは石丸に背後から揺さぶられ、これ見よがしに鬱陶しそうな視線を送った。

「……僕に出来ない事なんてありませんから」
「すっげぇな、おいっ! ちょー見直したぜ転校生、なあこのゴタゴタが解決したら俺と組んで自警団とか賞金稼ぎみたいなことしねえ? 絶対世界狙えるぜ、その腕があれば!」
「断る。あと、見直されても全く嬉しくありませんね……」

 実に素っ気無くそう言ってのけた後、ヒロシははしゃぐ石丸の手を邪険そうにパッパと振り払う。それからヒロシは予備のマガジンやサバイバルグッズ、医療品等の入ってるんであろうバッグを車にきびきびと詰め込み始めた。

「……ちぇ、カッワいくねぇ〜」
「ンッフフー。ま、そこがいいんだよね〜、俺としちゃあ」

 少し離れた場所から座って傍観していたノラが立ち上がるなり、石丸の肩をぽんっと叩く。振り返って目が合えば、やっぱりノラはいつもながらにっこーりとほほ笑んでいる。本気なのか冗談なのか判別できぬまま、石丸はそんなノラの背中を見送る。
 ノラといえばこういうヤツ、という認識しかないので今更何か突っ込みを入れるわけでもなし。黙って彼の小柄な背中を見つめるだけである。

「あっ。俺、助手席がいいなぁ〜。ヒロシちゃん専用のボンドガールになってみたーい、なんちゃって」
「……お好きにどうぞ」

 よくわからない冗談は無視して、ヒロシは見向きもせずに答える。

「あ、ちょ、ずりー! これ後ろの座席キッツキツだって絶対!」
「あちゃー、ホントだ……」

 ユウが後ろのシートを覗きこみながら苦笑した。

「ヤブ、お前小さいんだから石丸の膝の上乗れ」

 そう言ってミイが肘でヤブを小突く。

「ええっ!? ま、まぁ文句も言ってられないか……いいけど、変な事しないでよ石丸くん」
「はあ!? 俺がいつお前に変な事をだなッ」

 お約束に騒ぎ出す二人から少しだけ離れて、ミイがユウへと近づいた。

「……大丈夫か?」
「えッ?」

 唐突なミイの問いかけに、ユウはやけに浮ついた声で返答する。

「何か……ぼんやりしてるし。心配だよな、母親の事」

 見透かされた様にそう言われてしまい、ユウは隠しきれないようにゆっくりと、そしてぎこちなく一つだけ頷いた。

「う、ん」
「必ず、見つけ出そうな」
「うん。ありがと、ミイ。……あーあ、何だか俺、ミイに励まされてばっかだ。もしミイがいなかったらと思うとぞっとするや」

 ユウがそう言って、無理強いしたように弱々しい笑顔を浮かべる。悲しいその笑い方に、ミイも何とも言えぬような眼差しとともに肩を竦めるのであった。

「……何言ってんだよ。俺はお前を置いていなくなったりはしないさ」
「あは、頼もしいよ。……俺、うまく立ち回れるか自信無いからさ……そん時は一人でも逃げてね、約束だよミイ」
「馬鹿。そういう仮定は無しだ」

 本気が半分、冗談半分といった調子でそう言えば、ミイはちょっとだけ真剣な顔をさせた。それから少したしなめられるような口調で、そう言われてしまった。

「お二人さん、そろそろ出発するよ」

 ちゃっかり助手席を広々とキープしたノラが、窓から顔を覗かせて二人に呼びかける。

「……だってさ。とにかく、行こう」

 ミイに促されるように言われれば、ユウもまた頷いて歩き出したのであった。

「や〜っぱ高級車ってのは乗り心地が違うなぁ」

 落ち着いているのか只単に危機感が無いだけなのか、ノラがこれからドライブにでも行くように朗らかな口調で呟いた――「これで状況が状況じゃ無ければ、も〜っと最高なんだけど」。

「……俺達はあんま乗り心地とかよく分からないんデスが」

 後ろの座席は予想通りだが窮屈らしい。そんな石丸の訴えを無視して、ノラは助手席で悠々と羽根を伸ばしているように見える。

「あっ、そだ。ちょっとテレビつけてもいい? 街の状況が見たいんだ」

 ノラがナビに手を伸ばして、ヒロシの許可を待たずにさっさと電源を入れてしまう。電源が入るなりに、かなりの音量で――それも『ド』下手くそな歌付きの、最低最悪の不協和音が鳴り響いたので一同もこれには驚いてしまい自然と画面へと視線が注がれる。

 いやに音の外れたジングルの後、画面に現れたのは真っ白の法衣に、十字架や豪華な装飾が施された派手な円帽子。年齢にしてみれば自分たちの父親くらいの年齢だろうか……とにかくまあ、一言で言い表せば胡散臭い中年男性が、そこには映されていた。

『みなさまっ! こんな状況だからこそ、祈るのです〜』

 まるで演劇にでも興じているかのような大げさなまでの芝居口調からそう言って、男は殊更に胡散臭い笑顔を浮かべる。鼻の下にちょいとたくわえられた髭が益々その胡散臭さを際立てている……。

 何度胡散臭い、と用いたか分からないがまあその全てにおいて胡散臭すぎる男は、両手を広げて画面の向こうで見つめているのであろう市民たちに向かって呼びかけるように言うのだった。

『恐れてはなりません――慌ててはなりません――そして、目を逸らしてはなりません! これが一番重要』
「何だい、この怪しいヒゲのおっさんは?」

 それをどこか笑うみたいな調子でノラが呟くと、真っ先に声を上げたのはそれまでブツクサと何事か呻いていた石丸だった。

「あ。これ確か洸倫教の教祖様じゃんか。たまにCMとかで見るけどさー……俺、こいつ嫌いなんだよ。何かもうすげぇ〜怪しいの」

 引きで映していたカメラが、益々その教祖様なる人物を大きくアップで映し出す。

『この事態は神が、我々に下した最後の審判!……大気汚染、疫病、飢饉……神は人類の犯した罪に大変お怒りだ。死者が甦りこの地を歩き回るなど冒涜もいいところ!』

 男はその人懐っこそうに見える笑顔とは裏腹に強面というか、笑っていなかったら怖そうな……いわゆるチンピラみたいな顔つきだ。身体付きも屈強なボクサーの様で、胸板は厚く肩幅も非常にがっしりとしている。ローブで隠れてはいるが首もかなり太く、おおよそ聖職者と名乗るには程遠い印象なのだった。

『神は! 我々の可能性を試されている! ここで人類が生まれ変わるべきなのか、それとも同じ過ちを繰り返すのか! 生まれ変われない者は無論、ここで果てるのが定めっ!』

 男は何やらべらべらと到底理解の追いつかない演説を一人で始め出した。意味不明、且つ支離滅裂。破綻しまくったその演説は暴走を極め、聞いているだけで更に気持ちが滅入りそうなものだ。

 それにしてもよくこんなにすらすらと口が動くものだ、長台詞を噛む事なくぺらぺらと喋り倒すのは役者であろうと難しいだろうに。

「――何だってこんなモンが放送されてるんだか」

 ミイがどこか忌々しそうに眉を潜めてから呟いた。男は演説の時何度も『試練』とか、『天罰』とか、『審判』とか……何だかとても抽象的すぎる言葉ばかりを繰り返すのだった。

『ん〜〜〜、そう! あの少年こそ、ハルマゲドンを告げる使者なのです! そして私こそが審判を下す、全知有能なる神……』
「だ、誰か簡潔にまとめてくれ。よく分からない」

 で、初めにギブアップするのはミイだった。

「あー、つまり……俺こそが神なんだから、お前ら助かりたいなら俺に従え。……みたいな感じかねぇ?」

 かなり端折ったアバウトな解釈をするのは石丸だが、本当に大体その通りなので一同も突っ込もうとはしない。

「ふぁー。片ッ腹痛いぜ、信じる者は救われるってのは何も神だけを信じろって言葉じゃ無いんだよ。自分も、友達も、家族も、全てを信じろって意味があるんだってのにぃ」

 自分にとって信じる神がきちんと存在しているノラにとって、その言葉はひどく不愉快なものに響いたのだろうか。ノラは表情こそ普段と代わり映えのしないものに見えたが、内心ではとっても毒づきたいのを堪えているように見えた。

「……何よりもこんな風に不安がってる人々の気持ちにつけこもうとしてるのが許せないよ」

 ユウがもっともな発言をする。こういう状況になるとそれを利用して儲けようと企む奴が出てくるっていうのはいわば付属品みたいなものなのかもしれないけれど、それにしたって見過ごしたり、挙句許せる話では到底無い。

 画面の向こうで男は大袈裟なリアクションを繰り返しながら更に白熱した語りを披露し始めた。その演説は益々のように電波具合を増していき、もはやブレーキのブチ壊れた暴走列車と化していた。これがもし、普通の状態で聞いていたのならそのいかがわしさに、耳を塞いでいるかもしれない。
 だが神経の磨り減った、もう何が何だか分からないこの状況では真面目に聞き入ってしまう者だって一人や二人くらいいてもおかしくはなさそうだった。それこそが狙いのようにも感じられるのが、一層腹立たしいのだが。

 やがて、車がいささか乱暴に停止させられる。ブレーキを踏んだその車内が、大きく前のめり気味に揺れた。どこの私有地とも知れない駐車場にその車を頭から突っ込ませる。バックは苦手なのか単に面倒なだけなのか、その高級車をVIPに停めるなりにヒロシは皆に降りる様促した。急いでいるからなのか知らないが、ヒロシの運転技術はさておきに駐車の方はヘッタクソだという事が判明した貴重な瞬間である――……。

「さ、ここからは歩きですよ皆さん。アーサーから送られてきたマップによるとこの先はほとんど崩落していて車では通行不可な道ばかりだそうです。よって歩くのが一番、だそうで」

 確かに、辺りの景色が随分と荒廃したように終末じみている――こんなものの数時間足らずで、こうもあっけなく崩壊してしまうものなのか……人間達がせっせと築き上げたてきた文明というものは……。

 ゾンビの影はまだ見当たらないのが救いかもしれないが既にところどころ火の手が上がっていて、遠くからは銃声が聞こえる。崩れた瓦礫に、前まではそこに建っていたはずのビルや看板が無残にも半壊した姿が目に付いた。
 この崩落は果たして、全部が全部ゾンビ達のせいなのだろうか。それとも、人間達が勝手に争い、略奪を始めたりしたせいだろうか。あれこれと妙な憶測が生まれてしまって、ユウは未知なる不安に胸がざわついてしまった。



 早い話が敵はゾンビだけ、とも限らないわけである。




ものすごく疲れて追い込まれて
クタクタな時に変な宗教が家に勧誘にやってきて
説明されると微妙に聞き入りそうになって
「やっべえ私何真剣に耳傾けてんだッ」と
なってこの辺は書いた覚えがあるw
まあ人が何を信じようがどうでもよいのだが


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