▼ 03-6.その時、人類は
依然としてニュースは緊迫した現場の様子を伝える事に余念が無い。
ユウ達もそのモニターを通して、その惨状を眺めていた。テレビでよく見るアナウンサーも、必死な形相を浮かべて惨憺たるこの状況をどんな言葉で形容していいやら、息を切らして走り回っている。
看板やら街並みから、どことなくその場所の想像はついた――知らないようで実は知っている場所。でも、全く別のどこか知らない世界での出来事のような。
当たり前だ、こんな話、見た事も聞いた事も無い。あるとするなら架空の世界だけで起こりうる事だ、死んだ筈の者が甦り大地を彷徨うなんてどこの誰が信じるんだ……ご覧下さい、世にも奇妙な死者たちの行進を! 世界の終わりはすぐそこだ――ふざけているのかそれとも本当に悲観しているのかは分からないがテレビ中継に時折映し出される民衆たちの中にはそんな文字が書かれたプレートを掲げる者もいた。
『まっ、街の中央におかしな服装をした少年がいるとの情報が只今入ってきました! え、ええ……こちらです』
レポーターの声に一同が一斉に視線を注ぐ。
「……そいつが諸悪の根源か〜?」
ノラが尋ねるとヒロシは「恐らく」とだけちらと呟いて一つ頷いた。カメラは現場のありのままを映し出しているのか忙しなく動いて回る。パパパパ……と小気味良い音がしたかと思えばカメラが拾い上げるのはフラッシュを焚いたような光を発しているのは9ミリ機関拳銃だ。空の薬莢が落ちていくのが見え、今度はその隣のライフルが火を噴いた。
市街は既に火の手が上がったり、崩壊していたり、もはやそのほとんどが廃墟と化している。自衛隊の攻防戦が既に始まった街の中は白煙で濁っており、その中をカメラが忙しなく動き回り追いかける。その映像たるや、まるで日本のものだとは到底思い難い。見知った筈の街並みが、ものの一瞬にしてこんな風に変えられてしまうなんて。まるで中東だとかのどこか激戦区――遠く離れた、海の向こう側の国の市街戦を映し出していると言ってもさながら差支えが無いくらいだった。生々しい銃声は、画面より奥の出来事と言えど鼓膜がどうにかなりそうな程だった。
カメラがすいと右にぶれたかと思うと、レポーターの興奮した様な声が響き渡った。
『あ……ああ! いました! いましたよー! あ、あのエキセントリックな格好の少年が例の少年なのでしょうか! なるほど確かにおかしい! これはおかしいぞ〜〜、変態だーーーっ、ド変態だーーーーっ!』
そういえば、こんな話をどこかで聞いた事がある……ユウはテレビの中継を見ながら思った。SATが動くのは、例えば武装したテロリストが暴れているとか、立てこもりとか、ハイジャックが起きた時に犯人を捕まえる時。逮捕して証拠を集める為に生け捕りにしなくてはならない。で、自衛隊が動く場合というのはいわば特殊作戦、犯人を殺すなりして一刻も早く安全を確保する場合の時。
つまり、国が認めたのだ。この事態はもはや人智では計り知れない状況なのだと……ユウはごくりと、固唾をのんですぐ傍にある、その作り物ではない恐怖と再び相見えた。
サブマシンガンとライフルの銃弾の雨により立ち込めた白煙から現れるのはなるほどこれは確かにおかしな格好をした……年代で言えば、大体自分達と同じくらいの少年だった。
『まだだ! もっと撃ち込め!』
けたたましい声が響いたかと思うと軍勢は再び攻撃の構えを取る。
「――無理だな」
ヒロシが絶望し切った様な声を上げたが、ユウ達は祈らずにはいられなかった。再びパラララララ、と機関銃が幾重にも発砲されるも少年は一向に怯む様子すら見せない。
『どっ・どうなってるんでしょう、これは一体!? 我々はこの常識では考えられない光景を説明する術を持ちません! 自衛隊が発砲する弾が、あの変な格好の少年には全く当たらないのです……! ああっ! 今、手榴弾が……合図と共に複数の手榴弾が投げ込まれました! しかし度重なる銃声で僕の耳が……こ、鼓膜がぁ〜……』
皆が食い入るようにその光景を見守る中、ヒロシだけは先の事を既に見透かしているかのようにとっても冷静であった。
そしてやはり彼の読み通りに、それらは何の意味も成さなかった。投げ込まれたどの手榴弾もまさかの不発に終わり、少年の足元に転がるばかりでもう只のゴミも同然と化している――……
『ふひひ〜』
不敵にほくそ笑む少年の顔をカメラがアップで捉えた。
「……こいつが手に持ってるのは何だ?」
「何だ、マネキンの首……か?」
ミイと石丸が不思議そうに顔を合わせて、再び液晶画面に目を移す。
「いや、生きてる人間の首でしょう。……僕はこの顔にどことなーくですが見覚えがあるんでね」
ヒロシがそんな風に何とも恐ろしい事を真顔で言ってのけるので、一同もまさか、と思いつつ画面を見つめた。それぞれ目を細めたり、身を乗り出したりしながらその不気味なオブジェクトにじっと目をやった。
「……あ!」
真っ先に気がついたのは石丸のようだった。
「こいつ、普通科の有名な奴だろ。それも悪い方で有名な」
「……石丸が『悪い方で』、っていうのも何だかね」
ミイが付け加えるように呟いたが石丸はそれを意に介さない様子で続けた。
「確か山科とかいう奴だ。俺入学式ん時早々にモメたんよ、こいつと。んで、顔殴ったらそれ以来近づきもせんようになったけどな」
どこか誇らしげに言うとノラもそれに続くように呟いた。
「ああ、何となく知ってるよ。お兄ちゃんがヤクザだか何だかで幅利かせてたんだっけ。実際は構成員のうちの下っ端つーか鉄砲玉だったらしいけどすげえ威張りかえってたな〜……でも何でその山科くんの首が? ていうかこれ生きてんの? どう見ても泣き叫んでるように見えるけど」
「……生きてますよ。ネクロノミコンの力で四肢は奪われましたが首だけで生かされてるんでしょう。さながらペットにでもされてるんでしょうかね、何とも悪趣味なものです」
ヒロシが極めて険しい表情で言うと、今度はその山科の首を抱える人物の方に疑問が行った。
「じゃあ、こいつは一体誰なんだろうな」
「まあ、あの学校の生徒である事には間違いないでしょう。この首だけにされている生徒に恨みでもあるんでしょうね」
「ほー。で、そのネクラなんちゃらとに取り込まれちゃったわけだな」
で、やっぱり緊張感の無さそうなノラの声がする――すかさず「確かにな。ネクラって感じの顔してやがる」と意味不明なギャグを付け加えてノラが一笑したのが分かった。
『ああああっ』
そんな空気を劈くように、テレビから届けられた絶叫に一同の注意が再びそちらへ向く。
『な、何と言う事でしょう……撃ち込んでいた筈の……た、弾が跳ね返されました……全て……恐らく全てです! こ、こんな事後にも先にも……』
もはやこの言葉に説明するのも気力の削がれそうな常軌を逸した光景を、更に加速させてみせるようにカメラがその瞬間を映していた。
己の撃った弾によって命を落とそうなんて誰も考えやしなかったに違いない、ある者はサブマシンガンの弾によって、またある者はライフルの弾によって被弾して、それぞれが断末魔の悲鳴を残し亡骸へと変わり果てて行く。
『やめろー、撃つな!……止めっ、攻撃、止めー!』
あまりにも現実味が無く、そして何よりもあっけないものであった。ユウは叫び声を押し殺すように口元を手で覆ってその光景を唖然と見つめた。ミイもミイで、自分の無力さを儚んでいるのか、或いは訓練された人間達でさえもこんなに脆く崩れ去るという敵の強大さに圧倒されているのか……。
――勝てるのかよ、こんな奴?
ミイは、何かを言う代わりにそこでごくりと一つ唾を呑んだ。きっとヒロシでさえ、この力を持つ相手には勝てないに違いない――勝てたとしても良くて相討ちか。
そして……そして自分なんかはきっと一溜まりも無いだろう。ミイは嫌な汗がつーっと音も無く額から伝うのを感じた。誰もがきっと同じように感じていたに違いない。真っ先にその思いを口にしたのは石丸だった。
「こんなアホみたいな奴勝てるワケねえだろ……」
打ちひしがれたように、石丸の唇がわなないた。
「で、でもやらなきゃ……こんなの……放っておいたら……もっと――きっと――……」
ユウが震えながら囁くと石丸がすかさず対抗する。
「あ、あ、あんなに兵器投入して跳ね返されてるんじゃ俺達なんて十秒も持たねえよ!」
「――いえ」
頭を抱えていたヒロシが揉め始めた二人の間に割って入るように掠れた声を上げた。
ヒロシはこめかみあたりを押さえながら、まるで何かの頭痛にでも耐えるような表情を浮かべている。それは果たしてそう見えるだけで気のせいなのか、一同は不思議に思いつつもヒロシの言葉の続きを待つ。
「……連続しては使えないようです。あの宿主がまだネクロノミコンと完全に共存し合って無いようですから」
「ん〜、何故そんな事が分かるの?」
ノラが尋ねるとヒロシはやはり苦痛を堪えるような気難しい顔つきのままで続けた。
「僕らの血筋はどうもあれの思考が分かってしまうようでね……共鳴するんですよ。忌々しいものです、切っても切れない因縁というわけで。ですからあれがどこに移動しようが、その位置も何となくにですが分かります。距離が近ければ近い程、あれこれと分かる情報も増えるんですがね」
一体どれほどの共鳴――、共震が伴ったのかは分からないがヒロシのその両目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「そして恐らくアイツも……僕を求めている」
「え?」
ヒロシの意味深な台詞と共に、テレビから聞こえて来るのは随分と素っ頓狂な甲高い声だった。
『やーい九十九家の腰抜け野郎! ビビって隠れてんじゃねえよ、ぶぁあああーーーぁぁか! へたれボンクラ息子が!』
『ちょ、ちょっとマイク返して下さいよぉおっ! あ、あわわ、お茶の間のみなさん! ド変態野郎が私のマイクを〜!』
テレビ画面いっぱいに舌を出したそいつの顔が映し出されたかと思うと、おちょくるような調子で叫ぶのだった。そしてそれは何だか鳥類を思わせるようなけたたましい声で、実にやかましいというか耳障りだというか、まぁとにかく不愉快だった。
『僕の事を知らないアホタレどもに名乗っておく必要があるなぁ……僕はハイドラ、お茶目なこの世界の統治者になる男だよ。次のテストで出るからみなさんしっかーーーり脳味噌に叩きこんでおくようにね!』
「何だ、このフザけたいかれぽんちは」
石丸が半笑い気味にテレビ画面を見つめる。
『どうせ見てんだろォ、おい九十九ヒロシ。僕はお前の事ずっと待っててやるからよ、相手してやっからさっさと来いよ? あ? このフニャチン野郎が、ネクロノミコンはお前みたいな能無し息子じゃなくて父親の方とやり合いたいみたいだけどまあそれは後の楽しみにして、まずはテメーから地獄送りにしてやるよ。んで、そのスカした気に食わない首を手土産にして親父に届けてやる。知ってるか? セブンって映画。あれのラストみたいに首をプレゼントにして届けるんだよーっ! キヒヒヒヒたのしー! ぶへっ、おへっ』
『ああん、僕のマイク返してよぅう〜〜!! それがなくちゃ仕事にならないんだよぉおお!!』
ハイドラと名乗ったその身に覚えの無い少年は、他にもべらべらとよく意味の通らない事をくっちゃべりながら最後に中指をおっ立てて挑発するように舌を出して笑った。……完全にその目がイっちゃってる。これはまさにキチガイの目だ。
「……何だか知りませんが下っ品な男ですねえ」
ヒロシはその煽りには少しも動じてはいなかったものの、やはり自分が逃げられない運命にある事を静かに受け入れているのか、どこか緊迫した様な面持ちで構えていた。穏やかな顔つきでは決していられないようであった。
「――さてと。向こうからこうやって指名されたからには、僕も向かうしかありませんね」
ヒロシは椅子から立ち上がると横で控えていたアーサーからデイパックを受け取る。
「お、おい。もう行くのかよ!」
石丸が立ち上がった。
「ええ。言ったでしょう、まだ宿主が力を使いこなせないうちにさっさと仕留めるんですよ」
「はーい。んじゃ、俺も行きますからね〜」
ノラが同調するように立ち上がって、あらかじめ準備してあった用意を手に取った。
「俺みたいな凄腕が一人でもいた方がヒロシちゃんだって楽でしょ?」
そう言って本人は可愛らしいつもりなのかちょこんと指を頬に添えながら微笑んでくる。
「――まぁ僕としては、貴方みたいなのが一番得体が知れなくて不気味なんですが……確かにその腕前があればかなり助かりますね」
「でしょ? さっすが分かってるぅー」
それに連なるように立ち上がったのはヤブとミイと石丸だった。さきほどの件で打ちひしがれたようになっていた一同であったが、やはり決意は揺らいでいないようであった。
「――お、俺も!」
ユウも頷くと椅子を引いて立ち上がった。
「行こう、あんな奴絶対に許せないよ……! 絶対に……」
そんなユウの肩にミイが手を置いて微笑んだ。大丈夫、と視線で訴えているようであったのでユウも返事する代わりに強いて作った様な笑顔を覗かせた。
「坊ちゃま、どうか危ない目に遭ったらすぐに引き返されますよう。何も今だけが勝負の時というわけでは無いのです、何度でも態勢を整えて挑めばいい話なのですから。……それと、共に戦いに行けない老骨をなにとぞお許しくださいませ」
「大丈夫だよ。アーサーはここの守りを頼んだ、一応僕と、それにアーサーの家だからね」
「ええ。そして、いつか戻られるお父上や、まりあ様も」
「……まりあが?」
まりあ、というのは親類の名前なのだろうか? 事情を知らないユウ達からしてみれば一体誰の事なのやらという感じなのだがとにかく……、一同は意を決したように死者たちの練り歩くその街へと踏み出すのだった。
日本の自衛隊の軍事力って
どんなもんなんやろう。
こんなにあっさり負けていいもんなのかw
まっ、まあ作り話だしね所詮……
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