ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 03-5.その時、人類は


 けたたましく鳴り響いていた筈の悲鳴、轟音が突如途絶えたかと思うと、同時に視界もフェードアウトしてしまった。次に目を開いたその瞬間には既に世界は自分が全く知らない物へと切り替わってしまっていた。

――ここはどこだ……

 目覚めたばかりの脳は上手に情報を伝達してくれず、寝惚けているのかいまいち状況が把握しきれない。

「おや。お目覚めかなっ、山科くん」

 いやにはしゃぐような明るい声がして山科はようやく脳が醒めきって行くのを全身で感じる――全身? いや、それは正しくない表現であった。
 山科は覚醒し始める意識のさなか、強烈な違和感を覚えてまずは動こうと思った。なのに身体が言う事をきかない。指の先一つとして動かせないのだ。

――どうなってるんだ俺の身体は!?

 叫びたくなったが喉からはひゅうひゅうという呼吸音しか漏らす事ができない。そんな山科をあざけるような調子で覗きこんだのは恐らく山尾なんだろうが……その見てくれは記憶の中にある山尾とは全然違った。

 鬱陶しそうな前髪と野暮ったい容姿、ガタガタの歯並びに剥き出しの乱杭歯。陰気なオーラが漂うあの生徒ではなく、例えるならゲームの悪役というか魔王というのか。そっち系にはまるで引き出しの無い山科にはどう喩えていいやら適切な表現が出て来ないが、とにかく奇天烈な奇抜すぎる、それでいて邪悪ないでたちの山尾が偉そうにドヤ顔で立っている。

 特に強烈なのがその目元でいわゆるパンダメイクみたいに、真っ黒いスミで縁取られている。ぼんやりとV系のバンドでも意識しているのか……なんて考えてしまったが、すぐにその只ならぬ状況に我に返ってしまう。
 さっきまではごく普通に制服だった気がするのだがいつの間にこんな手の込んだステージ衣装に着替えたのだろうか。ほんっとうにもう、笑えない。

 黒いマントをバサっと翻しながら山尾が不敵に笑うとこちらを指差した。

「さぁーってと……山科くん。目が覚めたところでまず君にお見せしたいものがいくつかあるんだけど」

 随分と偉そうな物言いが気に障ったので山科は開口一番、憎まれ口を叩いてやろうと何とか声を絞り出した。喉から出てくるのはとても掠れた声だった。

「ざけんな、てめえ……一体何したんだよ。トイレで一体何があったんだ? 答えろよエロス」

 いくら凄もうが山尾は動じるどころか、はっはーと余裕をかました微笑みすら浮かべる。小首を傾げながら山尾が人差し指を持ち上げる。

「あれれ、さっきあんなに教えたのになぁ。僕にはハイドラという名前があるんだよ……山科くん。それはまず覚えてもらおうか。どういうわけか大した努力もしてない癖に成績優秀な君ならこれくらい簡単だよね?」
「はいどら? ゲームのキャラか何か? オタク野郎、そのみょうちきりんな格好も相まって余計痛く見えるぜ」

 そう言ってぷっと唾を吐きかけた山科の威圧もあっさりと受け流すように山尾がヒヒッと薄気味悪く笑った。

「な、何がおかしい」
「山科くーん、いけないなぁ。僕に逆らうなんて……」
「さっきからゴチャゴチャとうるせえな、ぶち殺……」

 立ち上がろうとして、ようやく気がついた。

「え……」
「ンフフ。絶望しているね、山科くん。ごちゃごちゃごちゃごちゃくっちゃべってようやく気がついたのかな?」
「な……え……あっ?」
「うくく……そうだよ、山科くん。今の君はすなわち首だけで生かされている状態なんだよねー。首だけじゃあ君の得意な蛮行に及べないわけだ。あっはっは、ちゃんちゃらおかしいね〜」

 やけに視界が低いのはそのせいか、山尾はそんな山科を見下ろして高らかに笑い声を上げた。悪役ぶりも板についてきたのか、山尾の下卑た笑い声は山科にこの上ない絶望感を与えるのには十分すぎた。

「う、う、嘘だろ……」

 当然信じたくは無かったが……首から下が無いのだ。つまり今自分は首のみの状態で、アスファルトの上に置かれているのだ! 山尾、いやもう彼は彼が言うように山尾ではない。ハイドラ、と言う魔物そのものに取って代わってしまっているのだ。

 ハイドラは瓦礫の山の上に佇みながら邪悪そのものといった笑顔を浮かべて涙に歪む山科を見つめた。

「あっはっは! いっひっひ! ひ〜、そうそう。そういう顔が見たかったんだよね僕は。あーあ、カワイソ。でもねえ、死んでる訳じゃあないんだよ。君は。そう簡単に殺すわけないじゃない? ええ〜? 君にはたっぷりと今までの御礼をさせてもらうんだからまだまだ生きてもらわなきゃ。ね? あーーーーー、呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ〜〜! あっひゃっひゃっひゃー!」
「嘘だ嘘だ、あぁあ……。こんなの嘘に決まってるじゃないドッキリか何かなんでしょ? ね、ねえ……だって痛みも何も無い……」

 そこでハイドラがマントを一度広げてばさりとそこから飛び降りた。つかつかと首だけで喚く山科の方へと向かってきたかと思うとごつめのベルトが幾重にも巻かれたエナメル質のブーツの先、山科の顎をくいっと持ち上げた。

「さぁーて、さてさて。これからどうしよっかなぁ。この滅亡都市を一緒に巡るツアーに行くかい? それとも君の大切な人間がかたっぱしから死者たちに食い荒らされて行く様を見に行くかい?」
「わ、悪かった! 俺が悪かったからぁあ、もう許し……」

 そこで山科の頭部をハイドラがひょいと持ち上げる。頭部を抱えながらハイドラはそれをまるで大事な物のように胸元で抱えて愛しそうに撫で始めるのだった。

「可愛い〜可愛い〜僕の山科くん。大事な君にはと〜っておきの体験をさせてあげるからね……コレがある限り僕は無敵なのさ。歯向かえる奴なんてこの世のどーーーーーこにもいない。分かる? バズーカ持って来られようがミサイル打たれようが僕を殺す事なんて出来ないんだよ……絶対にね」
「あう、あうあうあっ……」
「ウフフッ! 大丈夫だよ、僕がいる限りゾンビには襲われる事は無いからね。あいつらは全部僕の言いなりだもの……ああ、あと間違って流れ弾に当たる様な事も無い様に気を配るつもりだから! ね!」

 そう言って嬉しそうに山科の頭をまるでバスケットケースにでも見立てるようにして、髪の毛をむんずと鷲掴みにした。そしてこれからピクニックにでも向かう様な少女の気分で、ハイドラはるんるんとした足取りで歩き出すのだった。

「さぁってと! ど・こ・か・ら・行こうかな。ねっ、やーましなくん!」

 軽やかにスキップをしながら、ハイドラは鼻歌まで口ずさみだす。
 そしてその明るい歌声はいつしか人々の悲鳴に溶け込んで行く。山科の啜り泣く声も、虚しくかき消されてゆく。

 陽気な悪魔は更なる惨劇を呼ぼうと、街の中へと進んでいくのだった。



感情移入が激しいほうなので
キャラの心情をうまく書き表すには
そのキャラの気持ちになりきるのが一番だね


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