▼ 03-3.その時、人類は
やがてノラは立ち上がるとヒロシの横に立って並ぶ。近い距離に来られてヒロシはやや迷惑そうに、それでいて警戒するかのようにノラを見つめた。
「へぇ、いい武器たくさん持ってるんだな〜。ま、ちょーっと趣味が偏ってる気がせんでもないけどね」
「……」
「どんな武器でも使いこなせなくちゃ意味は無いんだけど――、っと、何! いきなり! 危ないな!」
ヒロシは避けられたその拳とノラの顔とを交互に見比べながらその腕を降ろした。
「……貴方、やっぱり何らかのトレーニングでも受けられているんですね。咄嗟に僕の攻撃をかわせるなんて」
「いやいやまさか! 今のは単なる偶然だよ。あー、俺ねえ、生まれた時からこういう事がよくあるんだわ。身体が勝手に反応しちゃうっていうか」
「またそういう嘘とも真実とも取れない事を言う」
「じゃあヒロシちゃん、これは?」
ノラがそう言い捨てた刹那、ヒロシが聞き返すよりも早くノラがヒロシの腕を掴みあげた。掴みあげると言うよりはほとんど捻じりあげたと言った方が正しいほどに荒々しく、壁際へと背を預ける格好にさせられた。手首を拘束されながら、ヒロシはすぐ眼前にあるノラと目が合って初めて自分が隙を見せた事に軽い屈辱を覚えた。
ほとんどキスの距離、ノラはこちらの反応を窺い見るようにニヤニヤとしていたのがこれまた腹立たしくある。迂闊に焦っている顔等、見せてやるものか――。
「……どういうつもりか知りませんが手、放してくれませんか」
「逃げてみなよ。これくらい出来るでしょ?」
「――……」
そう言ってノラが不敵に微笑むのをヒロシはまるで腹の底でも探るようにじっと見つめる。もしこの腕を振りほどくとする……そうすると、こいつはまさか逆上でもしていきなりこの辺りにある武器を乱射なんてし始めたりはしないであろうか。
恐らくこいつは……ごく一部の部分においてノラはきっと、ヒロシよりもうんと優れているのだ。だからこそこんな風に余裕を見せては近づいてくる。その真意とは別にして、もし敵意を持っているのだとしたら厄介な事になるのには変わりがない。手の内を全て見せたくは無かった。
「おやぁ、逃げないね。……ひょっとして、まんざらでもなかったりする?」
射抜かれる様なヒロシからの視線を受けてもやはりノラは動じようともしない。
「抜かせ」
「アッ。何かこれって今からチューでもしそうな態勢だよね? ねねね、しちゃう、しちゃう?」
ヒロシがそこで右手を振り上げたらしかった。手首のスナップをきかせたその平手打ちが綺麗に決まるかと思いきやそれは難なくノラに片手で止められてしまった。
「どうしたんだ、今のへなちょこは。素のお前が出ちまってるぜ、ヒロシちゃん」
煽られるようにそう言われて頭に血が上りかける。冷静になれ、と自分に強いるとヒロシは多少苛立ちの混じった声で返すのだった。
「……民間人には本気で手を出さない、父との約束だ」
「ほー? 転校二日目から派手にヤンチャしてるグループの奴らに拳銃突き付けておいてそんな事が言えるものかね」
「見ていたのか?……貴様、僕を尾けてたのか」
「あ〜ぐーぜんだよ、偶然」
なるほど、それはまた出来すぎた偶然だな――とヒロシは思うが口には出さずに失笑する。
「そう睨むなって、まぁそういう目は嫌いじゃないけど……」
「いいか、貴様。今自分達の置かれている状況を考えろ」
言葉だけで引き下がるようにも思えなかったがため息交じりにヒロシが言うとノラはやっぱり唇をへにゃりとさせて笑った。
「それはそうだけど。どうせならその状況も楽しんじゃった方がいいんじゃない?」
それでいてこういう態度だから、段々と真剣に相手する気も失せてくる。
「……それで、いつになったら僕を解放してくれるんでしょうか」
「汗をかくどころか、ちっとも表情を変えてくれないね。ちぇっ、面白くないなぁ……」
満足したのかノラは子どもみたいにぷーっと頬を膨らませてヒロシからぱっと離れる。ヒロシはまだ警戒が解けないでいるのかノラの顔をじっと睨むように見つめている。
「そんなに睨まなくても何もしないよ」
「――どうだかね」
この男ばかりは、本当によく分からなかった。
「だけどお父さん仕込みの護身術が見れなかったのはちょっと残念かな」
ヒロシはそこで再び柳眉を持ち上げる。父、の響きに何か無数の意味が感じられた。
「父の事を知っているのか」
「ん、何で?」
「……いや」
根拠などは無く只単に思った事を口にしていただけであった。目の前でノラはやはり曖昧に微笑むだけで真意などはまるで探れる筈も無く、ヒロシはその目を僅かに細めた。
個人的にノラってそんなに
運動神経はよくないと思ってる。
というか運動嫌いそうだし。
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