ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 03-1.その時、人類は


 人気も無ければ灯りもほとんど無いその道を通るのはいささか抵抗があった――灯りと言えば消えかかった街路灯がぽつぽつとあるだけで、それ以外に代わりとなりそうな光さえも無いのだ。夜の空にある蒼白い月も、今は真っ黒な雲がすっかり隠してしまってその全貌が拝めない。

――イヤだなぁ……

 中学三年生の大塚佳世はつい時間を気にせずに遊び過ぎてしまった事を今更になって後悔する。塾帰り、いつもは危ないからと母親が迎えに来てくれるのだが今日は母が夜勤の為か外出してしまっている。それをいい事に友人達とプリクラ交換から始まり、他愛も無い話で盛り上がってしまった。時間も忘れて、だ。

――あーやも、友ちゃんも、ガールズトークしだすと止まらないんだもん。そりゃあ時計を見ない佳世も悪いかもしれないけどさぁ……みんなは自転車だからいいよね。佳世なんか歩きなんだよ? ううん、持って無いわけじゃないんだけどね。只、お母さんのおばちゃんくさいママチャリかお兄ちゃんのお下がりのマウンテンバイクしか無いし……

 自然と溢れだしてくる恐怖心をかき消そうとしているのか、脳内で佳世は一人で会話を始める。ちゃらちゃらとストラップの類が付いたトートバッグを担ぎ直すとキーホルダーがちゃらん、と擦れ合った。辺りは不気味なほどの静けさに包まれていて、自分の歩く足音が面白いほどよく響き渡る。砂利を踏みしめた時のあの聞き慣れた音ですら、今の佳世にとっては身震いさせる要因の一つとさえなっているのだ。

 佳世は無意識のうちに息を潜め、ごくんと一つ唾を呑んだ。

――やっぱり怖いな……遠回りしてでも繁華街の方から帰れば良かったかな。でもあっちはあっちで酔っ払いが結構いて、一度嫌な思いをしたし……ああ、もう、こうやって考えるから余計に怖いんだわ!

 無理に楽しい事を考えようにもこんな時に限って思い出すのはいつの日か花を咲かせた幽霊談義だとか学校の七不思議、都市伝説などの類の話。どれもこれもおっかないものばかりだ。

――O公園の池ってさぁ、出るの知ってる? 昔あそこで足を滑らせた酔っ払いがいてね……出るんだよ、その霊が……背広姿の親父がぼうっと池の真ん中に佇んでて……見た人は不思議に思いながらも通り過ぎようとするのだけれども、その瞬間振り向くんだってさ

 やめてよ、と佳世は独り言を呟いて首を振る。噂の池がすぐ横にあるって言うのに、何でこのタイミングで! そんな時に限ってついついやめとけばいいのに例の池の方を見てしまう。当然何も無いのだが、湖面は黒く濁っていて、うっすら見える揺れる藻がどことなく人の髪の毛を連想させてゾっとした。

――振り向いたそいつの顔は……半分潰れているのよ。そして焦点の合わない目で悲しそうに呟くんですって、『わたしの顔を知りませんか』って……

「いやだ、もうっ!」

 知らずのうちにそう叫んでから佳世は首を大きく横に振った。早く行かなきゃ、と佳世は足を速めた。噂の池を通り過ぎさえすれば後はもう怖いものなんて――と佳世が顔を伏せて歩いていた時だった。

「……?」

 ふと、顔を上げると街灯の下に誰かが立っているのだ。思わずその足を止めた。その人物は決して怪談話によく出て来るような白いワンピースの黒髪の女とか白い着物姿の女――等では無かったが一見すると怪しい事には変わりが無かった。その人物のいでたちは佳世に恐怖心を抱かせるのには十分すぎる姿であった。

 目深にかぶったニット帽にサングラス、マスク、裾が大袈裟な程に長いクリーム色のトレンチコート。

――何で? まだ夏、終わったばかりなのにそんな暑苦しい格好してるの?

 佳世は既に逃げ腰であった。

「そこのお嬢さん」

――喋った……、

 声から察するにくぐもっていて聞き取り辛いが男のようだった。佳世は金縛りにでもあったかのようになってしまい、逃げようにも身体が言う事を聞いてくれない。そうしている間にも男はゆっくり、ゆっくりとこちらを振り向く。男がこちらに向くごとにドクン、ドクン、と鼓動を刻むリズムが少しずつ早くなる。

「あ、あ、あの」

 佳世はようやく声の出せた自分に気が付いた。嫌な汗がつーっと音も無く額から佳世の肌の上を滑り落ちて行く。

「ど、ど、どうかしたんですか……」

 完璧に上擦った声のまま、佳世が尋ねるが男からの返答は無い。代わりに男はポケットに突っこんでいた両手を出すと一歩こちらへ近づいた。佳世が引きつらせた顔で、反射的に後ろへと下がる。男の両手には黒いレザーの手袋がはめられていて、男はその両手でシュルシュルとコートの紐を解き始めた。

「見ろ」

 次の瞬間には、男はコートの前を思いっきり開いていたいけな女子中学生に『それ』をしっかりと正面から見せつけたのであった。純情無垢な少女の両目に、そして脳裏に、それは一生忘れ得ぬものとしてしっかりと焼きつけられたであろう。驚き切って、しばらくそこから目が離せないでいる佳世の視線に男は益々興奮したのか下卑た笑い声を上げながら更にもう一歩近づいて見せつけてくる。

 そこでようやく抜けきっていた放心状態の佳世に意識が舞い戻ったようであった。

「っ、きゃああああああああああっ!!」

 金切り声に近い悲鳴を上げて佳世は夢中で走りだした。男は佳世が恐怖におびえるその姿を見て満足したのか追いかける事もせずその姿を見て――いや、男の目はもはやどこを捉えているのかも分からなかった。

 男はサングラスとマスクを外して見せると、焦点の合わない目と、ヨダレを垂らした口元でゲラゲラと笑う。

 前開きになったコートから覗く男の身体は、腹から下がそこだけ獣にでも食い荒らされたかの様になっている。臓物と、赤い肉を露出させながらその露出狂は月夜にけたたましく笑うのだった……。


ガールズトークって違和感ある言い回しかと
思いつつも小学生の女の子だからあえて使わせた。
最近の小学生ってよくこういう事言うよね。


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