▼ 02-7.5分前までは人間だった
そこにいたのは石丸の、もういかにもヤンキーチックな姉だ。きつい顔立ちではあるが中々に美人で、金髪のストレートロングにかなり濃いめの化粧がとにかく目立つ。既に一児のママである彼女は、赤ん坊を抱っこしたままで石丸に近づいてきた。
ちなみに石丸家の母親は既に他界しており、父親と姉しかいないらしかった。
「姉ちゃん!」
「良かった、無事だったんやね〜」
「おーよ、ピンピンしてら。……父ちゃんは?」
「大丈夫、ついさっき連絡はついたよ。ちゃんと仕事先にいるみたいね、会社にはあのワッケわからん動く死体がおらんから今日は会社で一日過ごすって……はー、もう何でこんな事ンなったんやろか」
「そっかぁ……良かったァ」
石丸がほっと胸を撫で下ろす。他にもミイの家族も無事見つけることができ、ミイは母と、それからまだ小学生の弟と抱擁を交わしている。その傍にはミイの親父(……改めてミイは母親似なのだなぁ、と思った。スキンヘッドでちょっとだけヒゲを生やし、コワモテといった風貌だ)もいて、息子の無事を喜んでいるようだった。
「君、ひょっとして……そこの聖都病院の息子さん?」
「は、はい、そうですが!?」
ヤブが何やら救急隊員に呼び止められている。
「ああ、やっぱり!……大丈夫だよ、院長先生たちは今も病院で残って負傷者の手当てをしている。我々も力の限り協力するつもりでいるから」
その言葉にヤブは安堵するのと同時に不安も覚えた。おずおずと口を開きながら、ヤブが隊員に続けざま問いかけた。
「ふ、負傷者って……その、噛まれた人たちですか?」
「ああ。もしかしたら何か治療できる手立てがあるかもしれない、と諦めずに奮闘している」
「……父さん、母さん……」
ヤブがごくんと唾を一つ飲み込むような仕草を見せる。
「感染を防いだり、噛まれてからの治療法が見つかるかもしれないからね……先生たちはそれを見つけ出そうと頑張ってるんだよ」
「は、はい……」
そうは言うもののヤブだって複雑だろう。そりゃあ勿論、自分達が噛まれないように何かしらの方法は取ってはいるのかもしれないがそれでも不安だ。不安じゃないっていう方が嘘だ。
「ヤブ……」
「――うん、大丈夫」
ユウの心配そうな声にもヤブは気丈に笑って見せるのだった。それからヤブは思い立ったみたいに、ユウに問いかけた。
「あ! ユウくんのご両親は見つかったの?」
「……それが……ここの避難所にはいないのかもしれない」
「だとするなら、もう一つ先の方かもしれませんね」
ヒロシがそのスマートフォンの液晶に映し出される情報を見つめながら呟いた。
「少々時間がかかりますがご両親の個人情報さえ教えて下されば大体の位置を特定する事は可能ですけど……」
「え、ええ!? どれだけ凄いの、その携帯というか万能スマホ……」
そこから離れて石丸がノラに問い掛ける。
「ノラの家族は? あ、父さん自衛隊だっけか……」
「母さんもそうだよ〜。あ、兄ちゃんも今頃人手が足りないって駆り出されてるかも。今頃ゾンビ駆除か街の整備……あーと、民間人の救助にでも手を貸しているかな」
たまにだが話に出てくるノラの兄ちゃんとやらは、彼と全く似ていないんだそうだ。ノラ曰く、顔も性格も真逆だとか。めちゃくちゃ男らしくて、背も高くて自分とは違ってがっしりとしてて、でも怒らせるとめちゃくちゃ怖い。……との事である。実際に誰もが見た事は無かったりする、その噂の似ていない兄とやらを。
「う、うーん……一家揃って変な家庭だな。その腕もひょっとして両親仕込みか?」
「まぁ、半分はね。でもホラ、俺は野蛮な事嫌いだからさ。信仰心の深ーい信者だからあんまりそういうキナ臭い事は嫌いでねえ……もー覚えが悪くて悪くて」
「へえ〜……」
石丸がどことなく引き攣った笑いで返す。
しばらく家族を探していたユウだったが、やはり見つからない……と諦めて次なる避難所へと向かおうとした矢先だった。
「――ユウ!!」
「……え……と、父さん?」
「ユウ、良かった……無事だったんだな……」
近づいてくるその影は間違えようも無く父のもので、ユウは驚いて自らも駆け寄った。それだけじゃない、祖母も一緒だった。足が悪い祖母は、父と手を繋ぎながらこちらへやってくるのだった。……が……、母の姿が見当たらない。母だけが、そこにはいないのだ。
ユウが思わず辺りをきょろきょろと忙しなく見渡したが――結果は同じだった。
「父さん、仕事場からここに? あ、そ、それに母さんは――」
もはやユウには嫌な予感がしてならない……ねえ父さん、ばあちゃん。何でそんな顔してるんだよ? 鼓動の早くなる心臓にユウは呼吸を一度整える。崩れ落ちるように泣き出した祖母の声に、ユウは答えも聞かないうちから頭が真っ白に飛びそうになっていた。
「……美津代ちゃんがっ……」
その隣で父は、淀んだように暗い顔をさせていた。まさか、そんな――その先はどうか言わないで欲しい、ユウは今朝の母の笑顔を思い出していた。
「み、美津代ちゃんと二人で買い物していたら……突然……美津代ちゃんが私を先に逃がすために自分が誘導係りになると言ったきり……はぐれてしまって」
「嘘だ――」
愕然とし、もはや打ちひしがれたようにユウが後ずさりする。――眩暈がした……ふらついて倒れそうになるのをミイが背後から支えてくれた。今朝がた母のくれたお弁当の温かさ、受け取った時の母の笑顔、あんなに……ユウは自分の耳を未だ信じなかった。
「ごめんよユウ。ごめんよ。ごめんよ……」
そう言って祖母はその場にまたわっと泣き始めた。
「ユウ――」
やりきれなくなったように、父が茫然としたままのユウの手を取った。
「嘘だ、そんなのウソに決まってるよ……嘘、に……」
「……ユウ!」
父親と同時に、すぐ背後でミイが叫んだ。その声を最後にしてユウの意識はぷっつりと途切れてしまった……。
病室の扉をノックする。少しだけ開けて、その手が止まった。リノリウムの床。窓際に飾られた花。風になびく白いカーテン……ユウは見慣れつつあるその景色を見渡してから、ふっと息を吐いた。一度扉を閉めて、仕切りなおしする。
「ええっと……ゴホン。ん、んー……」
喉の調子を整えながら同時に前髪を手櫛でさっと直す。
「ひ、久しぶり。元気? いや違うな……ダメかこれは。ん……、オホッ。あ、遊びに来たよ……こ、これも違うか」
いまいちしっくりと来る言葉が出て来ない。ユウはため息を大きくついてからもうなるようになれ、と半ば開き直って病室へと足を踏み入れた。
「とと、透子、久しぶり……」
そこにいたのは透子だけではなくその兄も一緒であった。自分が来ても無反応の透子とは違い、兄の透治は自分に対してよく話してくれる。まぁ、あまり歓迎はしてくれないが。
「あ、お、お兄さん……その」
戸惑いながらユウが目を逸らしがちになるのを透治はどこか不快そうに見つめ返した。透治はふうっとこれ見よがしにため息を一つ吐いて見せた。
「……もうお見舞いに来なくていいと言っていた筈だけど?」
「……」
「君が甲斐甲斐しく持ってきてくれるその花やお菓子も、もう必要ないよ。それ以上はもう結構だとご両親にも伝えておいてくれ。お金もかかるだろうに……」
「そ、そんな事は……別に、その」
やるせないように、ユウが花束を握り締める。
「――ハッキリ言おうか。君が来るだけ俺たちは迷惑なんだ。透子も透子で、君を見る度に事故の日を思い出すからね……彼女にとってもあまりいい影響じゃないんだよ……」
「……」
「もう僕ら家族の事はそっとしておいてくれ。……それが君に出来る唯一の償いなんだ」
そこからユウは、どうやって家に帰ったのかよく覚えていない。でもあの時、あの瞬間、事故の時の記憶はとてもよく覚えている。
『透子!』
『いいの……あたしの脚がどうなろうと……。だから、ね。ユウ、貴方は走るのを止めないでよ……』
『透子……っ、透子、透子、しっかりしてよぉ!』
そこで見た透子の脚は……何だかおかしな方向を向いていた。とめどなく血が溢れていて、アスファルトの上に広がっていった。トラックの運転手が血相を変えて慌てた様子で飛び出してくるのも気付かず、ユウは透子の手を取るのに夢中になっていた。
透子は――透子は俺を庇って――救急車のサイレンが辺りに鳴り響く……自分の悲鳴と重なって、ユウは隊員に取り押さえられながら何度も透子に手を差し伸べた。返り血を浴びながら、取り乱してユウは絶叫し続けていた。何度も何度も透子の名を呼び続けながら。
悲鳴……悲鳴が遠ざかる。それと同時に透子が行ってしまう。もう会えない様な気がして、ユウは必死にその手を伸ばした。千切れんばかりの声で、気でも違ったように叫び声を上げた。
「……うわぁあああああッ」
そして自分のその絶叫で――飛び上がるように目が覚めた。
「ユ、ユウ?」
見慣れない天井がまず目に飛び込んでから、聞き慣れたミイの声がした。辺りを見渡すと見ず知らずの部屋に寝かされていた。
「は……、こ、ここは……」
「あの転校生の家だ」
「ひ、避難所はッ!?」
「……お前がぶっ倒れたから、一旦離れることにした」
それからミイが、キンキンに冷えたミネラルウォーターのペットボトルを差し出してくる。
「……」
「水分だけでも取っておけ、とりあえず」
「――か、母さん……」
差し出されたそのペットボトルを手にしながら、ユウがぽつりと呟いた。ユウの目はどこか遠い、あさっての方角を見つめていた。……ミイはそれを只見守る事しか出来なかった。
「そうだ……俺、聖都病院に行かなきゃ。ヤブの父さんがいる……」
「お、おい」
ふらふらと立ち上がりかけたユウの腕を、慌てた様子でミイが止める。
「――透子に会うんだ」
「気持ちは分かるけど、今病院は完全封鎖されてて一般人の立ち入りは禁止になってる。まあ感染者もいるからな……、俺もちょっと用があって行きたかったんだが駄目だってお断りされて……」
「う……うううう、ひぐっ」
ユウが突然ボロボロと泣き始めた。大粒の涙がユウの両目から零れては落ちて行く。ユウは前髪をぐしゃぐしゃと掻き乱しながら唇を噛み締めた。
「……俺、昨日の夜母さんにひどい事言ったんだ。それなのに、それなのに……」
「ユウ……」
「今朝になったら母さん笑顔で俺の事許してくれるって、言ったんだよ。ううっ……」
ミイがユウを抱き締めながらユウのアホ毛の跳ねた髪を撫でてやった。泣きじゃくる弟を慰めている時の気分と、それはよく似ていた。
「そんなの……まだ死んだって決まった訳じゃない。話を聴いている限りじゃ逃げ遅れただけなんだろう? 信じようぜ、生きてるって」
「……ミイ……」
「ほら、もう泣くなよ」
ミイがティッシュを取り出しながら笑いかける。
「ほら、ちーんしろ」
「そ……そこまで面倒見てもらわなくても……」
声が自然とひっくり返ってしまった。ミイの手からティッシュを奪い取るとユウは一回鼻をかむ。何だかミイが男らしく見えてしまって仕方が無い、これが吊り橋効果なるものだろうか? ユウは不覚にもミイを頼りたくなる自分を抑えて立ち上がった。
「み、みんなはどこにいるの……」
「何だかあの転校生と色々話してた。ノラなんか呑気に風呂入りに行ったし……あいつだけは俺にもよく分からないな」
わざとミイを見ないようにしながらユウがそわそわとする。そういえばここで二人っきりでいる事に気が付いて、途端に変に緊張してしまう。
――あ、相手は男だぞ? 同性だぞ? 混乱しすぎておかしな方向に進んでんじゃねえよ……俺
ぶんぶんと頭を振りながらユウが一人葛藤する。
「お、俺らも行こうか……」
「ああ、そうだな」
変に意識しているのはどうやら自分だけのようで変に狼狽している自分が恥ずかしくなってきた。ユウはあえてミイの方を見ないようにしながらそそくさと部屋を後にした。
「……あー、いいお湯だった。何かこんな状況なのに風呂なんか入って申し訳ないかなー、でも入れる時に入りたいもんねー。それにしてもヒロシちゃんの父さんって偉いもんを地下にこしらえたんだな、食料から水まで揃ったシェルターなんてそう簡単に作ろうと思って作れるもんじゃないよ」
ノラが濡れた髪をバスタオルで拭きながらモニターをいじっているヒロシの背後に立った。
「どう? 水も滴るいい男? なんつってなんつって」
「――まあその分貴方達には働いてもらう事になりそうですが」
すちゃっとポーズを決めたノラを軽やかに無視し、ヒロシが手元のキーボードをいじり始めた。
「ン、働く?」
「全人類の生存をかけて、一働き……いや二働きも三働きもしてもらいますよ。手伝ってもらえますかね」
「ヒロシちゃんの頼みとあらば俺はオッケーよ?」
「……でしょうね。貴方なら絶対にそう言うと思いましたよ、後先も考えずにね。他の皆様の意見も伺ってみましょうか」
そこでヒロシが手を止めて一同の方を振り返った。
「さてと。僕はこれからこのふざけた状況を作っている元凶を断ちに行こうと思いますが皆様はどうしますか?……しかし僕だって鬼じゃありませんよ、何の訓練も受けていない一般の人間をこれから起こる惨劇に無理に参加させようとは思いませんし、その辺りは各自判断に任せますけど」
ヒロシが椅子から立ち上がると、石丸とヤブに問いかける。ヤブはソファーに腰掛けた状態で俯いている。一方で石丸は壁を背に腕を組んだまま唇を引き結んだ堅苦しい表情だ。
「はいはーい。ちょっと質問いい?」
そしてどこかこの重苦しい空気を破るように、ノラがいつものペースで手を挙げる。
「その元凶ってぇ、自衛隊に任せて俺らは大人しくしてちゃイカンの?」
「――これは僕の戦いでもあるんですよ。あれには僕の手で自ら引導を渡したい。それと……」
そこでヒロシがもう一度椅子に腰かけると何やら手元のキーボードをかちゃかちゃと操り始めた。そうしている間に家に上がる時自分達を迎えてくれた老執事が一人部屋へと入ってくる。
「どうぞ」
「あ、ども……」
一人一人に丁寧にコーヒーの入ったティーカップを配りながら老執事は最終的にヒロシの傍へと向かう。その優雅な立ち振る舞いは勿論だが、それより目を惹いたのはヒロシの傍に置かれたスティックシュガーの本数だ。……うん、軽く十本はある。
「……」
さすがに一同が目を点にしてモニターよりもまずそっちに集中してしまった。その視線の集中砲火に気が付いたのか老執事が一つ小さな咳払いをして笑って見せた。
「坊ちゃまは甘いものが好きですので、ブラックコーヒーは少々苦手なのです」
「余計な事は言うなアーサー。……それで話しの続きですけど……おい、モニター見ろ。モニター」
ヒロシが画面を指すとそこに映し出された画像に一同が視線を動かした。
「何じゃ、このキタネエ本は」
石丸がコーヒーを一口啜りながら呟いた。
「<ネクロノミコン>……アブドル・アルハズラッドによって書かれた――というよりは完成された、禁じられた魔道の書です。様々な、それもうんとタチの悪い魔術が書かれたかなり危険な書物ですよ」
「それが何だって言うのさ〜?」
ノラがヒロシの肩越しにモニターを覗きこんで呟く。
「世界を手中に収めるような危険な魔術だって載っていない事も無い訳です。死者を蘇らせ配下に出来る術も勿論あるでしょうね」
「魔法ー? こんな科学の発達した社会に!」
石丸がそう叫ぶものの、そのゾンビを目にして来た今ではその台詞が何の意味を持たない事に気付いたらしい。それ以上は口をつぐんで、何も言わなかった。
「……ち、まだ薬品の事故とかでゾンビが発生したとか今からでも遅くないからニュースで発表でもしてくれなき
ゃ納得いかねえよ……ぶつぶつ」
「――で、ですよ。この本は当然こちらの言語……というか地球上の言葉では書かれていないので普通の人が読んだところで解読不可能なんです」
「じゃあ、どうして……」
カップの取っ手を握ったまま不安そうに俯いていたヤブがそっと顔を持ち上げつつ問う。
「厄介な話ですがこの本は意思を持っているんですよ。魔道書そのものが一つの自我、そして知能を備えているんです」
「まっ、益々胡散臭い話になってきたぞこりゃあ……」
石丸は話を整理するのにいっぱいいっぱいといった様子だ。まあ、それが常人の反応であろうが。
「この本は宿主にする人間を求め、色々な場所を……ああ、日本だけじゃないですよ。それこそ世界を行き来するんです。父がつきとめた情報によればこの近辺に身を潜めていたのは確かだったのですが、僕の手が一歩及ばずに食い止める事は出来なかった……、僕が見つけるより早く現れてしまったのですよ、この本が選ぶ宿主がね」
「それで、その人のせいで今こんな状態に?」
石丸よりは話を理解しているのか、ヤブがカップを置いて問いかけた。
「ええ。ネクロノミコンが主食にしているのは人間の憎悪や殺意、どれも負の感情ばかりですよ。やれやれ、相当病んだ人物が手にしてしまったらしい……厄介だな。ネクロノミコンが宿主を決めるとその人は本にすっかり魅入られてしまい、本の虜になってしまうんですよ。自分がどれだけ努力しようが辿り着けない高みにまで、この本は力を与えてくれるわけですから……だから当然、手放そうとはしない。ネクロノミコンによってもたらされた邪悪な力の祝福によって、宿主はたちまちその本を解読してしまう……まあ本を手にしたら最後、そいつは既に人では無くなります」
そこでヒロシが椅子をくるっと一回転させる。
「で、ネクロノミコンを完全に破壊しなくてはまた次の人物の手に渡りかねないわけです。そうしたらまた同じ事の繰り返しだ、そうなる前に僕は何としてもこの手であいつを葬り去る。それが僕ら九十九家に課せられた使命だからね、この因果ともそろそろ手を切りたいんです」
そしてヒロシは立ち上がると、背後のモニター画面をぶつんと切った。
「もう混乱するってレベルじゃねえよ……魔術だとかゾンビだとか、ええーいもう! 信じねえ、俺は信じねえぞ。多分あの動き回ってる死体も多分、そのヘンテコな魔法のせいとかじゃなくて何か変な薬が漏れて化学反応みてえなのを起こしてだなあ、その……」
「僕も手伝わせてくれるかな、九十九くん」
喚き始めた石丸を遮るように立ち上がったのはそれまで一番不安そうに震えていたヤブだった。ヤブは威勢よく立ち上がり、ヒロシを真っ直ぐに見据えている。
「や、ヤブ……」
「ぼ、僕はその、ノラくんみたいに銃が撃てるわけでもないしミイくんみたいに剣の心得があるわけでもないし、石丸くんみたいに喧嘩慣れしてて体力がある事も無いしユウくんみたいに運動神経があるわけでもない。役に立てる事と言ったら親から教わった多少の医学と傷の縫合とかぐらいだし……それでもいいなら手伝わせてもらえるかな」
「ヤブお前! ちょ、お前! 馬鹿な事言って……自分が何言ってるのか分かってるのか!」
「それは勿論構いませんよ。手伝ってくれる方がいるのであれば助かります。ただし自分で自分の身は守ってくれると助かりますがね」
それを聞いてヤブが嬉しそうにコクンと頷いた。
「お、お前そこは嫌な顔する場面だろ!? ていうか眼鏡野郎め! お前、ヤブを変な事に巻き込ん……」
「ごめんね石丸くん。でも僕は……このまま逃げ隠れしているのはイヤだから」
いつになくヤブの顔が男らしく映った。医者の息子の癖に血を見てギャアギャア叫んでいる普段の彼とは全然違う。こんなにも精悍な顔つきのヤブを見るのは初めてかもしれない。
「お、俺もやる! てかやらせてくれ!」
そう言って飛び込んできたのはどこから話を聞いていたのか分からないがユウとミイであった。ユウがまず威勢よく飛び出してくる。
「や、役に立てるかどうかなんて分からないけどさ! 俺も……俺だって只黙って行く先を見守ってるくらいだったら戦う! 母さんだって……母さんだって探したいし――もし、もしそれで母さんが最悪の結果になってたとしたら、それは、その時は……」
ユウがごくんと唾を飲み下した。
「仇討ちだ。こんな世界にしたそいつを、俺は絶対……絶対に許さないんだ!」
それを聞いてヒロシが微かに笑う。
「悪くない理由ですね。嫌いじゃないですよ、仇討ちは最も人間が冷酷かつ強く成長できる条件の一つですから。――で、奥にいる僕を嫌いな方はどうするんですかね」
「行く。当然だろ、ユウは俺が守る」
俺が、の部分をやたら強調しながらヒロシに向かってミイが躍り出る。
「へえ。それはそれは」
さして興味も無さそうにヒロシはミイの横をすり抜ける。そしてそれに背後からしがみつくのが、空気を読んでいるのかそうでないのかノラだった。
「俺は勿論行くけどね? ね? 嫌だって言われても地の果てまでついて行くよ。ヒロシちゃん」
ヒロシが鬱陶しそうに舌打ちをする。
「石丸はどうするの?」
ノラがやがてゆっくりと問い掛けると自ずと石丸に全員の視線が注がれる。
「お、俺は〜〜……」
もにょもにょと言い辛そうに石丸は唇をもたつかせていたがやがて意を決したように呻いてから叫ぶのだった。
「ああ! 畜生行くよ! ヤブがまた血見てぶっ倒れねえか見張っててやるよ!」
ヤケクソというかなんというか。もう、なるようになれ! というような勢いが感じられたが、ユウは目を輝かせた。
「い、石丸ぅう〜〜!」
ユウがバネじかけの玩具のようにぴょん! っと石丸に飛びついた。
「そ、その代わり武器貸してくれないデスカ?」
「……ご勝手にどうぞ。僕も死なれるのは流石に後味が悪いですからね、化けて枕元にでも立たれたらたまったもんじゃないです」
つかつかとヒロシが扉の傍にまで歩いて行く。
「そうと決まったら早速武器を見せてあげますよ。どれでも、好きなのを選んで持っていくといいです。――あ、勿論返して下さいね」
付け加えるようにヒロシが言うと一行が目交ぜした。
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