ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 02-6.5分前までは人間だった

 着実に数を増やし始めるゾンビ共の群れを掻い潜り一同が足を進める中、ヒロシとノラは皆よりも少し先を歩いていた。

「……お前自身の事にはちぃとも興味は無いが、貴方のその狙撃の腕前は興味が無い事も無いですね。そもそもこの日本という社会でどうやってそのご大層な狙撃銃を手に入れたんですか? ユナートル製のスコープまでこさえて……」
「え〜、興味あるのはそっちなのー?……うーんと、そうだな。ヒロシちゃんが俺と連絡先交換してくれたら教えてあげてもぉ……ってちょっと、物騒な物突き付けないでよ。しかも顔めっちゃ怖いし!」
「お前は何で僕にそう馴れ馴れしいんだ? 全く意味が分からないのですが」
「そりゃあ俺がこうヒロシちゃんに運命めいたものを感じてるからであってそれ以上それ以下の答えは無いと思……」

 今度は胸倉を掴まれてぐぃっ、と引っ張られてしまった。続けざま、ヒロシは据わった目つきのままこめかみに銃口をずいっと押し当てた。背後を歩いていたユウ達がぎょっとしたが、ヒロシを刺激してそのまま弾丸をブっ放されても……と足を止めたまま息を飲むばかりだった。

「いい加減にして欲しいですね……僕はおちょくられるのが嫌いなんですよ、特に君らみたいな頭空っぽそうな連中が普段やっているような俗世的な低レベルなやり取りなんかは反吐が出るほど嫌いだ。――僕を今後怒らせないためにも覚えておいた方がいいですよ」
「……、転校当初から俺はアンタに興味があってね?」

 銃口を押し当てられながらもノラは至ってその調子を崩しはしなかった。それどころか、その目つきは何とも言い難い底知れないものを含んでいるように感じられた。もっとも、それはユウやミイ達が見た所では気付かないくらいの些細な変化なのかもしれない。

「……何?」
「一目見て分かったよ、やっぱアンタは普通の世界で生きてる平和ボケしたボンクラとは違うってさ」

 ヒロシがその意味を問いただすように無言で眉根をしかめる。

「お前からは血と……あとそうだな、腐敗した肉の匂いがするよ。俺とまるで同じ匂いさ。生きてる世界が違うって感じなのかな」
「……何だと?」

 ヒロシが更に銃口を押し付ける。いよいよ石丸が飛び出そうとしたが慌ててユウとミイがそれを押さえ込んだ。ふと、ノラは余裕っぽく微笑んでみせた。ヒロシの耳元で囁くように言った。

「足元、ガラ空きだぜ」

 はっ、と気が付いたようにヒロシが態勢を立て直すのよりも早くノラがヒロシに足払いをかける。前のめりになったヒロシを、ノラがさっと抱える。ヒロシは足元を掬われたショックなのかそのまま反撃の姿勢を取るのも忘れてノラに身を預けているのだった。

 ここで、形勢は完全に逆転したのだと背後で見守る彼らにも十分伝わった。

「……、お、お前は……一体……」

 しばらくそうしていたヒロシだったが――やがて放心したような声を漏らしつつ呟いた。

「俺? 只の一般人だよ」

 ヒロシを抱き起こした後、ノラがウィンクしながら白い歯を覗かせて微笑を浮かべる。ご丁寧にピースサイン付きで。

「そこんとこヨロシク」
「待て、お前本当に……大体今の動き……」
「おっと。俺自身の方にも興味持ってくれた? あはは嬉しいな〜、じゃあまずはお友達からってことで」

 只の偶然で足払いが決まったとは思い難い。完全にこちらの隙を窺っていたとしか――ヒロシは内心に沸き上がるショックを隠しきれずに、はっきりと動揺した。

「お……お前らさっきから一体……」

 しばしそれを見守っていたミイが問いかけると、ノラがちらっと振り返りつつ何事も無かったかのように笑うのだった。

「ん? まあじゃれあってるだけだよ。ちょっと口説こうとして振られまくっちゃって」
「何、口説く!? お前がそこまで節操無しとは思って無かったわ正直」

 で、石丸のちょっとピントのずれた突っ込みに、殺伐としていた一同にもどこかいつもの調子が戻り始める。

「まあ石丸くんも石丸くんでちょっと変な部分あると思うけど」

 それからヤブが石丸のタイプを思い浮かべながら呟くが、石丸はピンとこないらしい。そんな事もありつつ、一同が再び足を進めている時だった。

「……父さんや母さん、無事かな」

 疲弊したようにユウがぽつりと呟いた。

「さあな。でも……無事だと祈るしかないよな。こんなバカげた状況……」
「うん――」

 放心したように、ユウが一つ頷くばかりだった。ふと、ミイの方からユウの手を握られたものだから、ユウが何かと思って顔を上げた。

「ここを出たらまずは家族の安否を確認……って、み、ミイ!? 何、何、一体っ、いきなり抱きついてっ」
「まだ震えてんだ。俺の手。自分の身を守る為とは言え……ああ、そうだ。二人も斬ったんだぜ」
「そ、それは……それは、その」

 仕方ない、という言葉は使いたくは無かった。ユウの背中に回されたミイの腕が彼の言うように確かに震えている。ミイのシャツから漂う清潔そうな柔軟剤の匂いと人肌の温もりが何だかユウを安心させていく。……同時に返り血と思われる血の匂いも僅かに鼻腔をかすめる。

「ユウ、お前に捨てられたと思って俺辛かったよ……俺、こんな絶望的な中を一人で行かなきゃならないのかなって」
「それは……ごめん。俺もやっぱり自分の身可愛さに――」

 ミイはそれで落ち着いたのか、それからようやくユウを解放した。

「……ん……俺もくどいよな。すまん、もうこれは言いっこ無しにするよ」

 そう言いつつ、再びミイがユウをきつく抱擁してきたものだからユウもいよいよ戸惑いを隠しきれなくなってくる。心寂しいのは分かるのだけど今はそういう場合じゃないような気がするんだが。

「み、ミイ! ダメだって! この手の映画で真っ先にセックスしてる奴が殺されるパターンって王道なんだよ!? 知ってる!? あれあれ、『13日の金曜日』とかいい例じゃん」
「……は? 何言ってんだお前」

 離れたミイが至って冷静な顔をしてそう呟くので、ユウは一人暴走していた自分を恥ずかしく思い顔を赤くさせた――……俺、何勝手に喚いたんだ今。

「う、うへっ、……と、とにかく置いていかれないよう急ごうよ……」

 向こうは何の意識も無くやったのに違いないのに……無駄にドキドキしてしまった自分が恥ずかしい。馬鹿みたいだ。ユウは頭を掻きむしりながら、その場から逃げるみたいにして駆け出した。

 やがて、途中何度かの交戦はあったもののヒロシとノラのお陰で大きな事故等は起きずに目標どおりに校門にまで到達する事ができた。

「よし、校門まで来たから皆で家に戻って――」

 そしてミイが提案を施そうとするのを遮るのは――意外にもヒロシなのだった。

「……僕もついて行こう」
「え!?!?」

 それを聞き、真っ先にユウが素っ頓狂な声を上げた。

「だ、だってさっきはここでお別れ、って……!」
「……気が変わった。君らだけじゃいささか不安ですし。それに……」

 ヒロシが言葉を切ると、ちらとノラの方を一瞥する。ノラはそれを受けてわざとらしくヘラヘラとして見せたのだが。

「個人的に気になる事もありますしね――」
「え? 俺の方見てるのそれ? やりぃ〜!」
「ふん……負かされたと思われたままなのは気分が悪いですからね」
「はああーーーっ!? 反対反対! 絶対こいつあわよくば俺らの事盾にして逃げようって魂胆だぞ!」

 そして石丸が真っ先に反対だ、と挙手する。

「盾、ですか。そんな優秀な使い道があるなんて思い上がりもいいところですね……」
「僕は賛成!」
「ヤブてめえっ! 裏切る気か! このォ」
「だって絶対に仲間は多い方がいいでしょ。それに強い仲間がいるのはやっぱり心強いから」

 ヤブが平和的な意見を述べると、ノラもユウもそれに同調するみたいに頷いたようだ。ミイもこの状況においては、もう私情だけで考え無しに反論するつもりは無いらしい。肯定はしなかったが、特に否定もしなかったのだった。

「じゃあ、決定って事で」
「くそぉ! お、俺は認めないからな!」

 石丸が悔しそうに地団太を踏んでいる。

「とりあえず……この辺りの住民の集まる避難所に行ってみましょう、そこに皆様のご家族もいらっしゃるでしょうから」

 ヒロシが取り出すのはスマートフォン型の携帯だがどうも形が通常のものより大きい。タブレットまではいかないが、ユウ達が持っているようなスマホよりやや頑丈そうでサイズも一回りほど違うように見えたのだが……まさか携帯まで特別製なのだろうか? 他のみんなの携帯は電波を拾うのでやっとの状況だと言うのに。


 足を進める一同を遮るように、街の中から途端にけたたましい悲鳴が聞こえてきた。

「きゃああああああ! 何するの、や、やめてえええっ!」
「あ、あっちで女の人の声が……」

 ユウが駆け出そうとするのをミイが後ろから手を引いて止める。ミイは首を静かに横に振る。彼自身、気持ちだけはユウと同じ事を思っているのかもしれないが――ミイは唇を真一文字に引き結んだまま、やがて重々しく口を開いた。

「今は先を急ぐしかない」
「で、でも!」
「……目の前にいる全員を助けられると思ったら大間違いだ」

 ミイが眉間に皺を寄せながら苦しげな顔つきで呟いた。

「俺は……、『俺達』、は、誰かを守れるほどに強くない」
「――……」


 ユウはそれでもちらちらと悲鳴のした方を何度も振り向きながら先を歩いた。

「……悲しいよね、ユウくん……悔しいよね」

 ヤブが隣で苦しげな声を絞り出した。背負っていたリュックの紐の部分を握り締めながら、ヤブは実に苦々しい表情で続けた。

「でもみんなだって家族が心配だし、医者の息子から言わせてみれば命に優先順位なんか決めちゃ駄目なんだけどさ……はは」
「ヤブ――」

 無理したように笑うヤブの笑顔を見ながら、ユウがやりきれないように呟くのだった。本当に何でこんな事になったんだろう、今更だが本当に本当に本当に馬鹿みたいだった。

「こっちです。恐らく、このルートで行くのが一番いい」

 ヒロシがその謎スマホで地図かナビを見ているのか、これまで利用した事も無い様な裏道を指す。というかこれを道と呼んでいいのか何なのか……。

 そこからはヒロシの指示通りに進み、まず第一の避難所へと一同は辿り着いた。



加筆修正前は
ヒロシだけじゃなくノラも
不安定なキャラで尾も白かったです
一人称が俺じゃなくて僕とか言ったり
妙にSキャラだったりで爆笑。
ガンツ一巻目の西くんの顔と蘇生後の西くんの顔が
全く違う現象と似通ってますね。
長く連載を続けると矛盾点や
変更点は多々出てくるものです。


prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -