ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 02-3.5分前までは人間だった

「さてと。こいつらを全部始末すれば問題無いんだろう……貴方、流れ弾に当たりたくないならどこかそのへんに隠れててもらえます?」
「は、はい……そうしてます……」
「ああ、その間に襲われても僕には責任持てませんから自分の身くらいは自分で守ってくださいね。まぁ、これくらいは貸してあげますよ」

 そう言ってヒロシが手渡すのは一丁の銃だった。反射的に受け取ったもののずっしりと重い銃身に思わずギョっと目が飛び出そうになる。当たり前なのだが本物の銃を握ったのは初めてだ……モデルガンでもエアガンでもない実銃。本物だ、俺は生まれて初めて、本物の銃を手にしている!

「って、どうやって撃つって言うのさ! こんなの! 俺知らないよ!?」
「ああもう、自分でそれくらいは考えて下さいよ……あ、間違えて僕を撃たないで下さいね」

 そうこうしている間にもゾンビの群れはユウ達めがけてゆっくりとだが着実に足を進めて来る。先程ユウを追いかけた様な俊敏な奴はいないようだが、その数は何倍も多かった。

「ザコどもが……せいぜい僕を楽しませてみろよ!」

 ヒロシが叫ぶと、手の中にあった二丁拳銃を構えた。開幕早々に何発かの銃声が響いて、頭を撃ち抜かれた何体かが着弾した勢いで各々の方向に倒れる。左右の銃口から次々に咆哮が上がり、炎が吐き出される。

 ユウは隠れるのも忘れて思わず目の前の光景を見守ってしまった。作り物でも演技でも無い、本物なのだ……これは……。ユウは固唾を飲んで一体、また一体と着実にヘッドショットを決められて倒れて行くゾンビを眺めた。そりゃあ残酷だし、気持ちのいいものじゃないのだが――ユウはその光景に、というか鮮やかに拳銃を操るヒロシに目を奪われたようにしばらくその姿を見つめていた。

 ヒロシはコルトガバメントのリリースボタンを押し素早くマガジンを入れ直し次弾を装填している。慣れたものなのかはらはらする間もなくリロードを終え、再び銃声が辺りに響き渡る。



「お〜いおい。やるねぇ、あの眼鏡クン。何者かなぁー一体?」

 遠くから二人を見守っていたノラ一向が発した第一声であった。

「んじゃ、俺もひと仕事しようじゃない。――援護射撃、と行きますか」



 ヒロシの撃つものとはまた別の銃声にユウもヒロシもほぼ同時に気が付いた。

「えっ、い、今のはっ……!?」
「……恐らく味方がいるのでしょうね。――ふっ、随分腕のいい狙撃手だ、僕としちゃあ手助けなんかいらないんですけど弾の消費が減るのはいい事ですよ」
「す、スナイパーって何でそんなゴルゴみたいのがうちの学校に……っ!?」
「知りませんよ、いるものは仕方ないでしょう」

 余裕を見せつつのコッキングから、ヒロシは残るゾンビを一掃してゆく。辺りが落ち着きを見せた頃、ヒロシが構えていた銃口を降ろしたのだった。火薬の匂いと血の匂いが立ち込めているのが分かり、ユウはうっと息を詰まらせた。

「……さ、もう大丈夫でしょうかね」

 事もなげにヒロシが制服の埃を払うと、ふうっと一つため息をついた。ユウもユウですっかり脱力し、肩の力が一気に抜けるのが分かった。

「おい!」

 そんな二人の元へと――ユウにとっては聞き慣れた声がし、駆け寄ってくるのは三人の男子生徒だった。そして彼らを確認するなりに、たちまちユウの目がぱあっと明るく輝いた。

「……ノラ! 石丸! ヤブぅう〜〜〜!!」

 嬉々としてユウが絶叫する。子どものように喜び、三人へと駆け寄った。

「生きてたんだな! 良かった」

 ユウが石丸と抱擁をかわしていると、ノラがやはりミイの姿が無いのを確認して呟から呟いた。

「あっれー……えぇとミイは?」

 途端、ユウの顔から表情が消失する。ユウは一旦石丸から離れると申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「……ここにはいない」
「ん、まだ会って無いのか?」

 ノラの素朴な問いかけに、ユウは首をぶんぶんと横に振った。

「ち・違う。一度は会ったんだ……けど――」
「?」

 言い辛そうに顔を伏せるユウに代わり、ヒロシが話し始めた。

「僕の事を随分嫌がりましてね、彼。僕と行動を共にするくらいなら孤立無援を築いた方がマシだと言って離れてさっさと行きましたよ」
「……お、おい。ユウじゃあお前……っ!」

 石丸がユウの肩を揺さぶる。

「み、ミイを見捨てたってのかよ……」

 何もかもが決定的すぎるその言葉に、ユウの両目にじわっと涙が浮かぶのが分かる。

「馬鹿野郎、てめえ、一体何考えてやがんだよォ!」

 石丸がユウの胸倉を乱暴に掴む。それをヤブが必死に止める。

「石丸、やめろ。ユウくんの気持ちだって考えてやれよ」

 いつになくノラが冷静にそう言うと、石丸も唇を噛み締めながらその手を緩めた。石丸は舌打ちしながら髪の毛を掻き毟り、それから吐き捨てるように言った。

「――とにかくミイはまだ中にいるって事か」
「多分……」
「あいつの運動神経をもってすればそう簡単にくたばる事は無いと思うけど、剣道部はながーい武器を持たなきゃ素人も同然って言うよなァ」
「うぅんと……ミイくんのやりそうな事って言ったら生存者を捜して一緒に脱出とかだろうけど」
「あの」

 四人のやり取りを少し離れて見つめていたヒロシが口を挟む。

「僕はもう行っていいんでしょうか?」
「えっ、ちょっと待てよ。つかお前は一体何なんだ? あ、そうだ、何でここにいんの?」

 いっぺんこに石丸が問いただすと、ヒロシはその態度が気に食わないのかあまりいい顔はせずに見つめ返す。

「何、とはまた漠然としていて答えづらいですね。そちらのユウくんと学校の脱出という目的が一致したからここまで来ただけですよ。……これ以上君らの茶番と付き合うのも疲れましたので出来れば早々にここを去りたいのですけど」
「ンだこいつ、敬語のくせしてむかつく事言いやがるな」

 直情的な石丸はヒロシの態度に黙っていられないらしい、今度はヒロシに掴みかかろうとするのをやっぱり止めるのはヤブだった。

「まーまーまー、ちょっと双方落ち着こうや。ファンシーさがないよ、ファンシーさが!」

 その間に割って入るのがこれまた随分飄々とした態度のノラだ。彼は時々この『ファンシー』という単語をやたらめったらに使いたがるのだが、果たして意味を分かってて用いるのかどうかは謎である。

「えーっと眼鏡のお兄さん――、何とお呼びすれば?」
「……九十九ヒロシですが」
「あ、そーうそうヒロシちゃん! あんたほどの腕前の人が一人でこんな悪夢みたいな街を駆け抜けようと簡単に死ぬ事は無いと思うんだが……ああっと、そうだね。身勝手に一人で行動してる奴は大概死亡するぜ、どのホラー映画見てても大体ね?」

 ノラがへらへらしながら言うがヒロシは至って冷静な表情でいる。

「どうせここまで来ちゃったんだし〜、なら一緒に行かない? だめ?」
「ノラ! てめえまでそいつに媚びんじゃねえよ! アホンダラ!」

 石丸が口を挟む。

「……僕に仲間はいらない」

 ヒロシがそう言って歩き出そうとする前にノラが走って正面へと周りこむ。

「まったまたぁ。さっき俺の援護射撃が無かったらアンタ死んでたぜ?」

 ノラがにっと笑いながら人差し指でヒロシの胸元をぐりぐりとしてから、今度はつんと押した。

「何……?」

 ヒロシが眉根を持ち上げながら問い掛ける。

「ほら、そこの木の根元で倒れてる奴見ろよ」

 言われるままヒロシが視線を動かした。どうやら木陰で隠れていたゾンビが一体いたようだ、同じ学校の制服姿で倒れるゾンビの傍に手作りと思われるボウガンが転がっている。

「生前からそういう願望があったのかなー、こいつ。ゾンビになった事であれこれ抑制してたリミッターが外れちまったみたいだ」
「ふん――、そいつは確かに僕の注意不足だったみたいだな」
「でしょっ?」
「……で、何だ? 僕にその借りを返せと?」
「いやいや全然全然……、只ね。こういう事もある訳だし遠距離専門の保険くらいは掛けておいても問題は無いと思うけどなーって? ヒロシちゃんほどの経験者だったら俺の腕前が間違って仲間の頭ブチ抜く様なへっぽこじゃない事くらいはさっきの戦いみてたらもう分かってるよね?」

 ヒロシの制服をまたもやつんつんと指の先でつつきながらノラが言う。

「それにこいつらも壁としちゃ使えると思うぜ? うん。悪くない」
「ノラぁあっ! てんめえ〜……っ」
「ふん。……別に貴方の助力なんかひとーーーーーーつもいりませんが貴方の様な何でもない一般の市民に借りを作ったと勘違いされるのは僕としても胸糞が悪い。一回だけ言う事を聞いてやるからそれで貸し借り無しにしておく……。どうでしょう、これでいいですか?」

 敬語の入り乱れた、やや荒っぽい言葉遣いでヒロシが言い返す。ヒロシは神経質そうに前髪を掻き上げながら一つ咳払いをした。

「おーおー。ま、それでいいんじゃね? よし、じゃっ、交渉成立ね」
「ノラァアアッ! ちっきしょー俺はお前には落胆したぜ! 平気でそう言う事が言えるような奴に俺はお前をしつけた覚えは……」
「んじゃ、早速学校に引き返してミイくん探ししましょうか〜」

 ノラが喚く石丸をずいっと押しのけてヒロシに言う。

「分かりましたよ。けど彼が死んでた場合は知りませんからね。さっさと彼を見つけてこの茶番もお終いだ」
「あいよーっ」

 やっぱりノラが呑気な口調で返すと、その様子を不安げに見守っていたユウの肩に腕を廻して飛びついたのだった。

「どうせミイと喧嘩したまんま別れたんだろ」
「――えっ?」

 どこかイタズラっぽくノラが笑って見せると、ユウがおずおずとその目を持ち上げた。

「それじゃあ後味悪いもんね〜、俺も喧嘩別れでユーミーコンビが見れなくなるのは寂しいしさ。ミイだって馬鹿じゃないよ、絶対に話せば分かってくれる奴だし」
「……ノラ……」
「と、言う事でさっさと行こう。ほらっ!」

 そう言ってノラがユウの背中をとん、と軽い調子で押した。

「ノラくん、まったく人が悪いよ。心臓が持たないや」

 ヤブが呟いたが、その顔にははっきりと笑みが浮かんでいるのだった。ノラもどこかすまなそうに一度笑い、軽く片手を持ち上げた。

「アハッ。めんごめんご〜。石丸もごめんねー、壁とか言っちゃって。まだ怒ってる〜?」
「あ、当たり前だ! ほんとにお前って奴はよォオ!」

 ぶつくさ言いながらも石丸はノラの頭を軽い調子で小突いてそれで終いにしておいたらしい。そんな彼らの様子を見つめながら、完全に部外者のヒロシはやや複雑そうにしつつ一線を引くようにして歩き出すのだった。

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