ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 02-1.5分前までは人間だった


「神よ、どうか我を守り給え……」

 ノラが首から下げている十字架を取り出すと祈るような姿勢を取り一度それに接吻する。重たそうなそのロザリオのネックレスは磔刑にされたキリスト像の後ろに聖ベネディクトのメダルが中央にはめこまれたデザインだ。

 実際にヴァチカンの神父が悪魔払いに利用した十字架と同じデザインらしく、ノラには何度かそれを誇らしげに自慢されたが一同は「へえ」としか言えなかったのをよく覚えている。

「おい……、まだかよ」

 祈りをささげているノラの背後をちらちら見やりながら石丸が呟いた。

 石丸はノラが自宅から、無いよりはマシだと持ってきてくれた特殊警棒を堂に入った格好で構えながら教室の入り口の見張りを続ける。その隣では、こちらは随分とまたへっぴり腰のヤブが今にも倒れ込みそうなほどぷるぷると身体を震わせ、消防斧を構えている。

「早くしてくれよ〜、ずっとこんなとこにいるなんて気が狂いそうだぜ……」

 先程何とか繋がった携帯電話から得た情報によれば――現在、街はこのにわかには信じ難い事態に未曾有のパニックになっている。死んでいた筈の人間がむっくりと蘇り、道行く人々に襲いかかると言うのだからそりゃあもう、大混乱にならないわけがないのだが。

 とりあえず家族や知人の安否が心配だとか家がどうなっているかとか確認したい事は山ほどあるのだが、今はこの地獄と化した学校を出るのがまず何よりも先決だ。だが、入口は完全にゾンビ達によってごった返している。我先にと逃げだそうとした者たちのなれの果てらしかった……生前の記憶に左右されているのか生活指導の先生が不安定な動きでふらふらと定期的に校門の辺りを巡回している。

 あの包囲の中を何の策も持たずに突っ切って行くのは流石に危険だ、馬鹿でも分かる。当然別の道も探すには探したが……結局一番いい具合に手薄で、突破しやすそうなのは正面入り口だった。それにこの教室のベランダから降りればすぐに辿りつけるのも都合がいい。まあ、いずれにせよそのためには邪魔なゾンビを何体か一掃してしまわねばならないのだが。

「おい、ノラ! いつまでやってんだよ〜、それ」

 堪えきれなくなったように石丸が叫ぶと、ノラはようやく満足したのかスプリングフィールドを掴んで立ち上がる。

「よーし。そろそろやるか……」

 やっぱりどこか呑気というか、いまいち危機感に欠けた様な言い草でノラが呟いてからライフルを脇に抱えた。

「で、確認。邪魔なゾンビを避けたらお前の合図に従って逃げればいいんだな?」
「そう、校門めがけてね。どうどう、超簡単だろ?」
「聞いてるだけなら簡単だけど、実際やるのとでは全〜然違うからな」

 石丸がはんっと鼻を鳴らしながら言うとその横で真っ青な顔をしているヤブが絞り出すように呻いた。

「ででで、でも、ぼ、僕、短距離走自信無くて……そう早く走れるかどうか……」
「よし! なら俺が手ェ引いてやるよ、それなら大丈夫だろ?」
「あ、ああ、そうだね……うん、お願いするよ石丸くん」

 そう言うもヤブはやはり不安で仕方が無いのか晴れ切らない表情で頷いた。ノラが45-70ライフル弾をチャンバーに慣れた手つきで装填する。

 普段から素行に謎の多い奴ではあったがこんな事をしているだなんて彼と仲良くしている皆も含めて誰も思いやしなかっただろう……本当に何者なんだ、お前。

「神よ……、あなたを信じます!」

 スコープを覗きこみ、狙いを定めたノラが高らかに叫ぶ。グリップに回された指が引き金を絞る――ヤブが思わず耳を塞ぐ。石丸も思わず反射的に片目を閉じてしまった。

 被弾した弾が一体のゾンビの頭を捉えたらしい、ヤブも石丸もバリケートを守るのを忘れて思わずノラの方へと駆け寄ってくる。

「や、やったのか!?」
「まだ。今のは只の陽動さ、次はあのやってきた厄介そうなゾンビを仕留める。あいつを中心にしてゾンビ達はこの一点に集まって来て群れをなしているんだと思うんだけどねー……俺の予想」

 ノラがそう言って顎でしゃくりあげた先にいるのは例の生活指導の教師だ。生前の記憶を頼りに動き回っているのか教師は竹刀を振り回しながら壊れたおもちゃの様な出鱈目な動きを繰り返している。

 うわ言みたいに何かブツブツ繰り返しながら、ゾンビ教師は一人ヘラヘラと笑っている。教師の首は折れているのか、常に右方向に傾いている。走る度に鼻と口から血液を一杯こぼしながら教師はエヘエヘと気味の悪い笑い方をしながら辺りをぐ〜るぐると行ったり来たりしている。

「つう事はあれを倒せば……集まってる他のゾンビ達が分散される、かも?」
「……だと思うんだけどねぇ。いずれにせよあいつが巡回している限りゾンビ達の目をかいくぐるのは難しい。あいつ、他のに比べて動くのも早いし逃げきるのも難しそうだからさ。早めに手を打っといても損は無いと思うよ」

 言うが早いかノラが再びスプリングフィールドを構える。ヤブが再び目を閉じて耳を塞いだ。

「神よ、我が指に力を与えたまえ……」

 祈りの言葉を口にし、再びノラが狙撃の姿勢に入った途端――ふとノラがその動きを止めた。

「ど、どうした?」
「――問題発生だ」
「え?」

 ノラの視線の先にいるのは生存者の生徒だろうか。一刻も早く学校から脱出するべく出て来てしまったのだろう。こちらに集まりかけていたゾンビ達の視線が一気にそちらに注がれる。

「って、おい、あれユウじゃねえか。おまけに隣にいるのは転校生!? 何じゃありゃ!」

 石丸がいぶかしげに叫んだ。その声につられるようにヤブがこそこそと覗きこむ。

「ホントだ。何故あの二人が一緒に? ミイくんと一緒にいるならまだしも……」
「ハッ、そういやミイは無事なのか……? あいつに限って逃げ遅れて死ぬとかは無いと思うけど」
「――今はそんな事よりもまずあの二人を心配した方がいいよ、あいつらどうする気だ? あの二人が正面突破できるよう援護してやれるほどこっちには余裕無いぞ……」

 ノラが舌打ちしながら苦しげにスコープを覗きこんだ。何か打開策を考えているのか、ノラは神経質そうに引き金にかけた指先をトントンと鳴らした。


prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -