ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 01-3.悪夢が街にやってくる


「おいおいおいおい。これはちとヤベーんじゃねえのか」

 石丸にはまだ余裕が残されているのか口元にはかろうじて笑顔の様なものを浮かべている。ヤブは苦手とする血液を目の当たりにして、もはや気絶しない事に必死だ。ヤブは込み上げて来る吐き気を嚥下しようと必死に目を白黒させている。

「おいおいおいおいおいヤブ、何で死んだ人間が動いてるんだ? 医者の息子なら分かるだろ? 死後硬直ってやつか? それとも何だ、あれか、脊髄反射でもしてるのか?」

 知ったかニワカ知識をぶつけてくる石丸にヤブは大いに顔をしかめさせて叫んだ。

「そ、それは脳死の場合では……って、医者の息子だって知らないよ、そんな事はぁっ! 死んだ後の人間に関する事は僕らの仕事じゃないもの! ううっ、グロエップ」
「とにかく最低最悪のヤバイ状況ってのには違いねえのかー!」

 動く死体たちからの襲撃を受けて、たちまちに阿鼻叫喚の地獄絵図と化した教室。命からがら逃げ出した生徒達もいたが、その後を何体かのゾンビ達が立ち上がり追いかけて行った。彼らは無事逃げ切れたのだろうか……いや、そんな心配よりもまずは自分たちだ。

 残された石丸とヤブを襲うのは僅か二体ばかしのゾンビだったが、もう正直数の問題では無かった。こんな突然現れた、未知の化け物相手にどう戦えばいいんだ? 石丸は喧嘩にばかりあけくれていた時の事を思い出す……。

――そうだ。確か一年前、俺は南校の連中相手にたった一人で戦ったじゃないか。あれは確か人の居ない港の倉庫で、向こうはボクサーの卵なんかまで引き連れて、大体二、三十人はいた。それでも俺は一人で戦った、勿論多勢に無勢で決闘なんかじゃなく後はもう只の嬲り殺しに近かった気がするけど、まぁ……。

――それでも俺は最後まで、気を失う事無く戦ったじゃないか!? 今にも失神しそうなほどの激痛の中でも俺は戦い抜いた。勝負に負けて、試合に勝ったのさ――思い出せ、感覚を!

 石丸は張り詰める空気の中、一呼吸置いてから鞄の中に手を伸ばした。

「い、石丸くん? 何か武器でもあるの? あれはゾンビだよ、セオリー通りに行くとなると只切ったり殴るだけじゃ死なない、頭ぼかーんってしないと! ぼかーんって!!」
「ゾンビだぁ? そんな時代遅れの化け物、現代兵器で返り討ちだぜ!」

 高らかに叫びながら石丸はスプレー缶と愛用のジッポライターを取り出した。

「燃え尽きやがれノロマ野郎……っ!」

 火気厳禁、本品を火の傍に置いてはいけません――という事でこれまで頑なに守り続けて来た警告を、生まれて初めて破ってしまった。石丸の即席・火炎放射が赤い炎を放出する、思っていた以上に火力があり手前側にいるゾンビの服に燃え移ったかと思うとそのまま燃え広がって行く。

 残る一体にまで、スプレーは持たないだろう。石丸が舌打ちすると背後でゲロしかけていたヤブが彼の手に誰のものか分からない制汗スプレーを手渡した。土壇場へ来てヤブも何かに覚醒したらしい、ナイスなフォローに感謝する思いだ。

「かかかか勝手に鞄開けて持って来ちゃったけどこの際別にいいよね!? 女子の鞄勝手に開いちゃったよ僕!……あ、何だろうこのイケナイ背徳めいた感じ……!」
「ああ、俺が許可するぜこん畜生!」

 早口に言ってのけてから石丸は奥側のゾンビにスプレーをロックオンする。

「あばよ、死体は死体らしく寝てやがれってんだ!」

 ふっ、決まった……スプレーからは勢いよく炎が燃え広がった。呻き声を上げてもう一体もその身体を激しく燃え上がらせた。

「は……は」

 石丸はそこでようやく自分の手が情けないくらいに震えているのに気が付いた。自然と、達成感にも似た笑いが腹の底から零れてきた。

「……い、石丸くん凄いよ! 大成功! 映画かドラマみたいだった!」
「いや、お前の支援もナイスだったぜ……ヤブ、ほい!」

 手を差し出してくるのはつまりハイタッチを求めているのだろうか。ヤブが一回石丸の手を叩くと石丸も叩き返してくる。ハイタッチの後二人は固く握手をし、互いの手の震えを共有し合った。お互い汗がぐっしょりと滲んでいるが気にならなかった。

「しかし、お陰でもうジッポのオイルが空に近い」
「それにしても現代兵器って言うからまさか拳銃でも持ち出したのかと思ったのに、期待したよ、ぼかぁ……」

 その後二人は抱擁し、生き残った喜びを分かち合うのだった。だがのほほんとしていたのも束の間、先に倒れた筈のゾンビが、ゆっくりと立ち上がった。

 低い唸り声に気が付いて抱き合って喜びあっていた二人は一斉に視線を注ぐ。その顔といったらまあ、何と情けない事だろう。

「え? え? あるぇ〜?」
「い、生きて……んの?」

 言い終えるか終えないかのうちにゾンビが立ち上がる。炎に包まれたままで。

「グ……グゴボォッ」
「ひ、ひええええ〜っ、生きてるよ石丸くん! どうするの〜〜〜」
「な、何で死なないんだよ、燃やされて死なないとかおかしいだろ!? 何パーセント火傷したら死ぬんだよ普通はよ! おい、医者の卵!」
「な、七十%と言われてはいるけどコレは医学的に根拠のある数字じゃないよ。えーと、あと、火傷の死因っていうのは必要な酸素の動きを阻害されてしまうからとか様々な合併症を引き起こしているのが主な原因だったような」
ヤブが何故か冷静に語るのでつい相槌を打ちかけたが石丸は慌てて首を横に振った。
「……って、今は知りたくねえよ、そんな情報! 俺が知りたいのはアイツが何で生きてるのかって事だ! 何でアイツ死なないんだよ! ていうか俺ら抱き合ってる場合じゃないぞおいィッ!!」

 炎に包まれたまま突っ込んできたゾンビを避けるべく二人はそれぞれ左右に避けて何とかそれをかわした。

――ど、どうする? こっからどうする!?

 あたふたしながら石丸は燃やしても死なない化け物相手に次なる攻撃の術を必死に考えた。必死に必死に必死に考えた。まず、ここには適切な武器もない。殴りかかる? 燃えた相手に殴りかかるなんて自滅もいいところだろ……いや、駄目だ。思い浮かばない。


「そりゃ〜もう死んでるんだぜ、そいつ。殺せるわけがないってなもんでしょー」


 パニックに陥った自分の思想に入り込むどこか呑気そうな口調――ヤブの声では無かった。無論、自分の声でも無い。次いで風切り音が響いたかと思うと、ゾンビの頭部が……ものの見事に抉り取られていた。

 そのままゾンビは壁に激突してひくひくと痙攣した後、ぴくりとも動かなくなった。石丸ががばっと身を起こして、その惨状に目を丸くしながら叫んだ。

「や、ヤブがやったの!? すっげえなお前ー!」
「そそそそんな訳無いでしょうが!!」

 とにかく一度目のピンチは凌いだに違いは無い、だが今の自分達に迫る危機はこの一体だけじゃない。残るもう一体は――と二人が顔を上げた矢先にパンッ、と乾いた音がした。同時にもう一体いたゾンビの、右脳を含めた頭部のほとんどがはじけ飛んだ。

「ウヒィッ……」

 ヤブの精神力はもうとっくにその限界を突破していたに違いない。ここまでよく吐かなかったものだ――とりあえずこの場だけは助かったのだと知り、二人揃って脱力したようにその場にへたり込んでしまった。

「ヤ、ヤブ……俺達助けられたみたい、だな?」
「で、でも誰が……」

 そんな二人の疑問に、すぐに答えは返って来た。

「あのなあ、お前らゾンビは基本的に燃やしちゃいけないのがゾンビ映画から学ぶ鉄則だろー? あいつら火ダルマんなっても脳が燃えきるまで活動続けるんだぜ。こんな狭い場所でそれは危険なのー、やるんならもうちょっと広い余裕のある場所でやるこった。燃えた状態でそのまま突進されたらお前らも炎上……っと、スマンスマン、家にちょっとスプリングフィールド取りに帰ってたら助けに行くの遅れたみたいで!」

 ちょっとコンビニにでも寄って来たから約束の時間に遅れた、と大差が無い様な言い草で現れたのはノラだった。ノラはにこっと微笑むと、ピースサインで応じてきた。それはまあ何とも気の抜ける笑顔だったが……ノラの手には物騒な事に彼の手には余る金属製の筒――が握られている。

 それはいわゆるスナイパーライフルと呼ばれる代物で、そんなもん銃禁止社会の日本では映像媒体以外ではお目にかかった事なんてあるわけがない。

「は!? お、お前一体それ……」
「ン? あぁ、これ? 免許取るのに色々苦労したんだよね〜。ほらっ、何たって俺まだ二十歳じゃないしぃ……」
「いやいや違うよ! ん、違う?……違わないか、あ、それもそうなんだけど、全部が全部!……ああもう、いっぺんに色々起こりすぎて訳が分からねえ〜」

 石丸は叫んで頭を掻きむしった。

「あの、今僕らを助けてくれたのってノラくんなの……?」

 おずおずとヤブが問い掛ける。ノラはそこではっと何かを思い出したように教室の中へと駆け込んできた。かと思うと突然教室内に膝を突き、銃を床に置いて祈るような姿勢を取り始めた。

「神よ、私は今貴方の教えに背きました……お許しください、お許しください、恥多き私を罪からお救い下さい……」

 何やらブツブツ言いながらノラはいつも首から下げている十字架を取り出してそれに二、三度接吻を落とし、何度も何度も頭を下げた……。はっきり言って異様だが、石丸達にとってはその姿はいつものノラと全く変わりが無いので安堵してしまった。

「な、なあノラ? これって一体何がどういう事なわけ?」
「いんや、そりゃ俺にだって分からないよ〜。とりあえず死者が動き回って生きている人間の肉を齧るために襲いかかる。んで、噛み付かれた奴もゾンビになる。それが今の現状かな? ほら、映画にもあるでしょー。ロメロ先生の大傑作、ナイト・オブ・ザ・リビングデッドが本物になったわけ。この物語にタイトルをつけるとしたらさながら高校・オブ・ザ・デッドってところかなぁ、和訳すっと死者達の高校か……うーん何かすっげぇクソっぽいね! うっはー、ワゴンセール直行だな〜」

 よく分からない事をぼやきながらノラがよっこいせ、とその場から立ち上がった。

「いやいや。それにしたって何で俺達の学校にゾンビがいるんだよ……?」

 石丸が独り言のように呟いて、また頭を掻いた。落ち着きが無いようにうろうろうろうろとする石丸に対し、ノラはどこかヘラヘラとしていて逆に不気味でさえあった。

「そりゃ、校内に死者が出たからじゃねえかな。そいつが何らかの原因で立ち上がり徘徊を始めて、んで今の状態になってると……どうしたヤブ?」

 やはり冷静というか、むしろ楽しんでいるのじゃないかと疑いそうになる程にあっけらかんとして答えるノラ。ライフルのボルトを操作して、薬莢を排出、次弾を装填させていた。その手つきもいやに慣れているようで、さながらFPSゲームや戦争映画で見るような狙撃手並みの手際の良さだ。

「いや、テレビつかないかなって思って……。あー……やっぱしダメだ」
「そ、そうか! でかしたぜヤブ、まずはメディアを知る事が大事!……なら、俺の携帯使おう」

 そう言って石丸がぼろぼろのガラケーを取り出した。周りからはいい加減に何とかしろよそれ、と突っ込まれるが愛着があるんだから仕方ない……そして三人がそれを中心にして集まって来るのだった。



ゾンビ・オブ・ザ・デッドっていう
マイナーな映画もありますね。
直訳したら死者たちの死者……

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