ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 04-3.死にたくない

「かっ・母さん」

 次の日の朝、ユウはせっせと弁当の支度をする母の背後に声を掛けた。母は切羽詰まっているのかまるで気付いちゃいなかった。

――う……何でだ。全然言葉が出て来ないぞ……昨日あんなにシミュレーションしたのになあ……

 ごくん、と一つ唾を飲み下してユウは頭を掻いた。一つ深呼吸する。

「母さん!」

 さすがに母も気づいたのか、ようやく振り返って見せた。

「あの……昨日は、ごめんなさい」

 聞こえるか聞こえないか程の小さな声でようやくそう言うと、母は全く気にしていないようだった。それよりも弁当の方に気が行って仕方が無いらしい。

「……ああ、いいのよ別に。母さんも悪かったわね。ユウが気にしてる事言っちゃったみたいだしね」
「……」
「さ、もうこれで言いっこなし。早く準備済ませないと遅刻するわよ」
「――う、ん」

 母は最後に一つ笑った後、ユウのどこか猫背気味の背をぽんと軽く叩いた。ユウも準備を終え、玄関へと向かった。紐靴の紐を結んでいると、母がいつものように弁当箱を持って見送りにやってくる。何気ない、ごくごく普通の日常のやりとりだ。なのに今のユウにとっては、何故か凄く特別なやり取りの事の様に思える。
 いつでもそうだった。家族だけじゃ無い、友人と喧嘩した後だってそうだ。普段通りの事なのに、仲直りしてからだと一層その大切さが身に染みる。普通である事の何たる幸せか、ユウは改めて平和な日常に唾ばかり吐いていた自分を恥じるのだった。

「はい、お弁当」
「……ありがとう」

 包まれた弁当箱を受け取るとユウは鞄に詰め込んだ。

「行ってらっしゃい」
「うん……行って来ます!」


 こういう当たり前の幸福が、ずっとそこにあるもんだと思った。

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