ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 04-4.死にたくない


「お前か、転校生っての」


 気配から察するに相手は少なくても六人はいるな、と思った――振り返ると、いや、それ以上、十は軽くいる。いやはや勘が鈍ったものだ……とヒロシは内心思った。

「お! 女子が騒ぐだけあってオットコ前じゃねえですか。あらま〜背も高いしねー、いいなーいいなー」
「おまけにお金持ってるらしいじゃんかァ。見たぜ〜? 今そこまでけったいなリムジンで運ばれてきたじゃない。噂どーりのお坊ちゃんで……」

 同じ学校の制服――……学年まで同じかどうかは分からないが、奴らはひゅぅっとわざとらしく口笛なんかを吹きながらゾロゾロとヒロシを取り囲むようにして集まってくる。単なるカツアゲにしては、鉄パイプだとか物騒なものをちらつかせている輩もいるし自分の噂を聞きつけて潰そうという目的なのだろうか? ヒロシはため息交じりに周囲を見渡した。見る顔見る顔どれも不愉快な笑顔だ、獲物を追い詰めた肉食動物の顔……とでも言えばいいのか。

 いずれにせよ自分達の方が絶対有利だと思い込んでいるのは違いない――いいぜ、今からその顔全部泣き顔に変えてやるのも悪く無い……ヒロシは一度鞄を降ろすと、どさっとアスファルトの上にそれを置いた。

「お? 素直じゃねえか。優等生くんはもめごとは起こしたくないのかねー! け・ん・め・い」
「そのお綺麗な顔面が変形するくらいにまで殴られてから後悔したって遅いものネ」
「さてさてとォ。そんな金持ち君の財布には一体おいくら入ってるのかな〜〜! さー。みんなで考えよー!」

――やはり金が目的の単なるタカリか……武器なんぞ構えて大袈裟な奴らだ

 ヒロシはわざとらしく溜息をついて見せた。ヒロシの思惑通り、連中はそれを挑発と取って声を荒げ始めた。

「ンだてめえ、すかしやがって。その眼鏡叩き壊すぞ、おら」

 先程から顔が近づく度何とも言えない悪臭が鼻腔をかすめて仕方が無い……何だかおかしなクスリでもやっているに違いない。シンナーのようなきつい刺激臭にまざって、それをかき消すようにふりかけた香水の匂いがつんと漂ってくる……ハッキリ言って最悪の極みである。ずっとここにいると鼻がバカになりそうだ、ヒロシはさっさとこのくだらないやり取りを終わらせようと思い一手を進めようと思った。

「えっと財布はど・こ・か……え。……何だ、これ」

 それまでワクワク気分でヒロシの学生鞄を漁っていた生徒が不審そうな声を上げた。その声につられたように周囲が興味深そうな顔でワラワラと集まって行くのが分かった。

「――しゅ、手榴弾? えっとこれは……一体……そのォ、ナンデスカ」

 それまで下卑た笑顔で囃し立てていた筈の連中の顔からさーっと血の気が失せる。鞄の中身に戦慄しただけではない、連中の視線はすぐに別の場所へと移っていた。

「誰が触っていいと許可しました? 僕の私物に気安く触れるんじゃない、その妙な悪臭がうつるじゃないですか」

 直前までヒロシに絡んでいた男が突然の様に黙り込んだのにはわけがあった。

「う……うひゅ、ひぐ」

 男は口の中にコルトガバメントの銃口を突っ込まれている。男は引き金に回されたヒロシの指を見つめながら、何とかそこから逃れようと齷齪しているのが分かる。ヒロシのもう片方の手には愛用のジェリコ941が握られており、鞄を漁っている男の後頭部にしっかりポイントされていた。

「なななな、なーにそれ? 撮影用か何か? それともあれ、あれか? 運動会で鳴らすピストル? へ、へへ、かっこいいなぁ」
「……なんなら本物かどうか一発撃って試してみましょうか。もっとも脳漿ブチ撒けてからでは思考が働きませんけど」

 周りで見ていた連中もこれでは手が出せず、只うろたえるばかりだった。

「わ、分かった……分かった、冗談です。見逃してや……」
「え、『見逃してやる』?」
「あわっ、わ、私達が悪かったですのでどうか止めてくださいお願いしま……っ」

 直後、やや手荒に解放された二人は地面に突っ伏してヒイヒイと荒い呼吸を繰り返すのだった。

「――賢い選択ですよ。双方にもいい結果で終わって良かったです。僕も弾を無駄遣いしたくなかったのでね……」

 ヒロシがそれはそれは慈悲深い、聖人の様な笑顔を浮かべながらその二丁を学ランの下、シャツに装着された物々しいショルダーホルスターと腰に巻かれたガンベルトにしまわれる。おいおい、学ランの下になんて物を隠してるんだ。あんた。ていうか邪魔にならないのか。そんなご大層な装備なんざ。というかそんな高校生聞いた事無いぞ……、気にも留めずに、ヒロシは腰を抜かしている連中の横を通り過ぎると鞄をさっと拾い上げた。

「じゃ、みなさん御機嫌よう。みなさんも早く行かなきゃ遅刻ですよ?」

 ニッコリ、その顔にまたもや聖人君子スマイルが浮かび。それまでヒロシを取り囲んでいた筈の包囲はもうすっかり解かれていてそれどころかモーゼの十戒が如く人の波が割れ、綺麗な通り道が出来た。ヒロシはそこを悠々と通り過ぎて行くのだった……。

「面白くないぜ……」

 それまで口の中に銃を突っ込まれてへなっていた山科が、ようやくムックリと起き上がった。

「見た目はあんなにヒョロそうな単なる眼鏡モヤシじゃねえか! あんなショッボいしょーもねーオタク系なよなよヒヨッコ野郎にたかだかモデルガンつきつけられて……何ビビってやがる!」
「そ、それは山科だって一緒じゃねえーか!」
「あ……あれはあいつの油断を誘う演技だよ。クソが!」
「ていうかさ……俺、思い出しちゃったんだけどォ……」

 一人がひきつった笑顔のままにそんな入りだしで話し始めた。

「九十九ヒロシ君、だっけ。さっきのあのコ。……な〜んかどっかで聞いた事あんなぁって思って、さっきまでアンタらが口に拳銃突っ込まれてる間ぢゅう、うんうんと頭を捻っててボク、分かったの。あいつ確か、極真空手の大会で小学校の時優勝しまくってた子だわ。昔、こっちに住んでたよアイツ」
「はっ!?」
「やー、俺もさぁ、ガキの間だけ空手習ってたんだけど先生が怖くてやめちまってー……って何? その顔。怖いんだけど」
「それを早く言えよカスッ!」

 まるでどこかの芸人のようにスパーンと殴られるその姿はいっそ爽快ですらあった。人間、見た目で判断してはならないのだ。中身も性癖も、深く付き合ってみなくちゃ分からないもんだ。

 山科がチィッ、と盛大な舌打ちを一つさせた。

「気に入らねえな、あの野郎。いつか、絶ッッ対ェエエ〜〜に潰す」

 それはまさに負け犬の遠吠え、と言ったところか……。ヒロシの気配がすっかり無くなった辺りで、皆恐怖から解き放たれた様に口々に何かを伝えあう。

 そんな中、『一応』ボス格の山科は爪を噛みながら苛立ちまじりにもう一度舌打ちをした。軽い屈辱感と敗北感、あらゆる悪感情の入り混じった声と表情をさせながら。

「こういう時はやっぱりエロスいじめに限るな。よし、今日はあいつの弁当にゴキブリでも突っ込んでやるか」

 皆、やはり恐ろしかったのが本音だろう。わざとらしく見えるくらいにはしゃぎたてながら一同が歓声を上げる――、自分より弱い立場のアイツになら、俺達は負けないのだから。



性癖って言葉は
性的嗜好って意味に使われがちだけど
そうじゃなくて性格・性質全てを
指すんであって何もプレイにおいての
事柄だけではないんだね。
というよく分からない豆知識。


prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -