ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 01-1.天誅、お見舞い申し上げます

「どれだけ脅されようが俺は口を割らない。私の忠誠はジークフリード様の為にある」
 
 自爆テロを起こそうとしものの見事に失敗、挙句捕虜として捕まったその男は依然質問に対して黙秘を続けている。

「もういいよ、コイツ。めんどーだしさぁ腕の一本くらいへし折っちゃおうよ、そしたらピーピー泣きだして話しはじめるよ!」

 まりあが指差し言うとミツヒロが片手を上げて制する。

「駄ー目だ。……無駄な事はすんな、後が面倒だろ」
「だってこんなのずっと続くんじゃ超タルイじゃん、話す気が無いってんなら……」
「あぁッ! ならなら私を殺しますか? 一度は捕虜にしたこの私を!? いいですよ〜、どんどん殺してください! ええっ! どーぞどーぞ! あれだけいい格好しておいて結局はもうゴミのように殺すわけですね、正義の味方さん!」
「何コイツむかつく……」

 まりあが露骨にむかついたような表情を浮かべて見せ、イラきしたように舌打ちを一つする。ミツヒロがしゃがみこみながら縛られた男の前に近づくと静かに口を開いた。

「あんのなぁ〜……。もういいじゃねえか、そんな意地にならなくてもさ。只話せばいいんだよ、あのおかしな奴ぁ今どこにいるんだ? 一体どこに逃げ隠れしてる? そもそも何が目的?」
「それを私が知ってるという確証はどこにあるんですかぁ〜〜〜? べろべろ」

 煽りたてる様な口調と共に舌を出しつつ男が言うと、ミツヒロが明らかにその挑発に乗ったようだった。

「おい、さっきからそのフザけた顔と喋り方やめろ。殺すぞマジで」
「だーめ! だーめだよぅ、暴力良くない」

 すぐキレる若者代表ミツヒロに堪え性などあるわけもなく、すぐさまその胸倉を掴んで頬に一発や二発ほどぶん殴りそうな勢いだ。慌てて、フジナミが背後からそんなミツヒロを取り押さえる。

「うるせぇな! てめえはさっきもらったプリンでも食ってろよ!」
「もう食べた〜」

 いい働きをしたからってフジナミはルーシーから特別にプリンを買い与えてもらってご満悦のようだった。フジナミとミツヒロが揉め合っている中をルーシーがプリン片手によっこいしょ、と尋問中のメンバーの中へと割って入った。

「はいはい、ちょいとすいませんねえ。お二人とも」

 二人の間を跨いで通り抜け、ルーシーはスプーンを咥えたまま男の前にしゃがみこんだ。男が待ってましたと言わんばかりに目を爛々と輝かせると縛られた状態のまま身を乗り出して来た。

「……おおおお! これはこれは正義の味方さんのお出ましだ! 貴方が正義の味方のルーシーさんとやらですか! へええ! 正義の味方が無抵抗の人間を殺すんですか!! へー、へぇえーっ!!!」

 愉快そうに男が笑いながら唾を吐き散らしていると、ルーシーもまたにっこりとほほ笑んで、それから口に咥えていたそのスプーンをプッと男の額に向かって行儀悪く吹き付けた。

「……貴方ねぇ、何か勘違いしてるでしょ」

 それから吐かれたルーシーの言葉に、男が眉根を吊り上げながらルーシーを見つめ返した。男も察知したのだろう、アルカイックに微笑み続けていたルーシーだったけれどその目元に何か殺気めいたものが迸った事。

「僕はねぇ、僕だけの、僕が思う正しいこと――えっとつまり、僕自身の正義に従うだけであってこの世の道徳観に従うつもりは無い。……という事は、ですよ」

 ルーシーが何かのサインかミツヒロとまりあにチラッとそれぞれ目配せすると二人が言われた通りに動き、縛られた男を左右から押さえ込んだ。男は何をされるのか、と両隣の少年少女を交互に忙しなく見つめる。

「僕が、あぁこいつクズだなぁ、と見なした奴には決して容赦しないんですよ、エヘヘ……いひっ」

 言いながらルーシーはズボンのポケットから注射器を取り出した。それにしても後半の方、割りと上品そうな顔立ちにそぐわず何とも下品な笑い方をしたのは気のせいだろうか……いや、多分違う。

男がルーシーの顔を見つめると、そこには心底楽しそうな顔をしてニタニタ笑うルーシーの顔があった。

「ハ……、な、何だ何だ。えぇ〜、自白剤か? それ。……知ってるか? 自白剤って言うのはなあ、意識が朦朧とするだけで別に秘密をぺらぺらと喋り出す魔法のお薬じゃあないんだぞ。あとなあ、私に薬での拷問は無意味だ! 何故なら薬物訓練を受けているからな、ハハハ! まあお陰さまで麻酔も効きにくい身体になってしまって歯医者さんなんかじゃちと不利だが……」
「はー? 何言ってるんです? 只の水ですけど」

 ルーシーが注射器を見つめながら、今度はお上品に一つばかり微笑むと針に被さっているキャップを噛んで外した。

「み、水?」

 ルーシーがフッとキャップを吹いて捨てると、ええ、と小さく笑った。

「――お前、あの時死んどいた方が良かったかもな。こいつ否定してるがドのつくサディストだぞ。拷問マニアで相手が苦しむ事しか考えてないからな?」

 ミツヒロが耳打ちしながら囁いた。

「あ、ちょっとミツヒロくん。人聞きの悪い事は言わないで欲しいなぁ、僕が天誅を下すのは、僕がこいつは反吐にも劣ると認定した人間に限ってですよ。そんな誰もかれもを無差別にイジメ倒したいわけが無いじゃないですか。ねえ? そーーーんな異常者の変態じゃあるまいし」
「みみみ、水で一体何しようってんだぁ、このド悪魔!」
「……ん? 大したこと無いですよ。背中にちょーっと、このお水を注射させてもらうだけですから。いい水ですよ〜、フランス産の天然水ですって」
「ななななっ、何のために! よせ! やめろ!」

 ミツヒロに上着を捲られながら男が千切れんばかりの声で絶叫する。ルーシーが構わず注射器片手に身を乗り出した。

「ああ、どうなるかって言いますとね。それで、寝転ぶと物凄い激痛が走るのですよ。訓練された大の男でもギャーギャーと泣いてそれこそ悲鳴上げるくらいのね、下手したら痛みのあまり精神がおかしくなっちゃうんじゃないんですか。……本来でしたら覚醒剤を与えて三日三晩眠らせないで散々体力を消耗させておいてからの方がより効果的なんですけど……」

 ルーシーが手の平で、ペン回しよろしく注射器をくるんと一回転させる。

「やめろ! いくらなんでも非道すぎるだろ、そういう毒状態にしてHPを徐々に減らしていくような倒し方やめろ! 殺すんならひと思いに殺せ! 俺はもうあの時死ぬ覚悟は出来て……」
「生憎僕は聖人君子ではありませんから……残念でしたねー、相手がこの僕で。ガンジーやダライ・ラマは、それはそれは素晴らしいお方だと僕は思いますし、彼らに関する文献や映像も多数見て感銘を受けたのは事実ですけどまあ別に僕が見習う必要はありませんしね」
「があああ! 分かった! 分かった! 教えます、教えますからぁあ〜!!」

 注射針が刺さる直前になり男は泣き喚き始めた。ついさっき自爆覚悟で突っ込んできたとは思い難いまでの崩れ様だ。それもそうか、ひと思いに痛みも分からないうちにあっさりと死ねるのと延々苦痛を与えられるのとではワケが違う……。

「あら? まだ刺してもないのにそんなに早いの。えぇ、つまらないなあー」

 ルーシーはそう言って本当に残念そうに男を見下ろしている。

「じっ、ジークフリード様の目的はぁ、私にもよく分かりませんが何やら本? を手にする事らしいですよぉ! そんで、そのためには今街で暴れまわってるあのガキんちょを捕獲するとかっ」
「ああ、あの変な格好の」

 周囲にいる誰もがお前がそれを言うのかと思ったが口には出せずにいた……。

「そして本当なら処刑する筈だったあの眼鏡のガキもゆくゆくは始末するつもりでいたみたいですよ! 何か個人的な恨みか、どんな事情か知りませんけど……」
「なら、今の目的はあの魔王とか名乗ってるガキに絞られたか」

 ミツヒロがルーシーに言うとルーシーが目配せして頷いた。

「ですね。ノラくん達はその事を知ってるんでしょうか……」
「たいちょー、まさか私達も助けに向かうんです?」
「そりゃそうでしょう、まりあちゃん。それに君のお兄さんが狙われているのだとしたら君自身も危ないかもしれないよ」

 その言葉にまりあは納得したように頷いた。

「この大量の捕虜たちは?」

 そう言ってミツヒロが見渡すと、かつてはジークフリード(厳密に言えば田所が金で雇ったに過ぎない兵隊だが)の部下であった連中がずらっと戦意喪失した表情のまま縛られ転がされている。

「そこは自衛隊や警察の皆様に任せるしかないでしょう。どう処分するかは僕達が決める事じゃないです」
「それもそうだが……」

 ルーシーが再び男の前にしゃがむと尋ねかける。

「じゃあ、次の質問ね。例の教祖様とやらは今どこに?」
「し、知りませんなぁ〜、さすがにそこまでは……」
「ここは景気良くブスっと二本いっときましょうか」

 ルーシーがニコっと笑って更にもう一本注射器を取り出して見せた。ルーシーは二本の注射器を両手に、そして楽しげにそれをシャカシャカと振っている。中身が怪しげに泡立っている……本当にその中身は水、なんだろうか。

「ほほっ、ほんとに詳しくは知らないんですよー! 只あの眼鏡のガキとは面識があるみたいでっ、あ、いやあの眼鏡のガキの親とだったかな!? それくらいしか、ですからホントやめてください、何かそういうジワジワと追い詰めてくるようなのは本当に本当に……」
「う〜ん……じゃあ今頃はきっとまりあちゃんのお兄様の家にけしかけようとしてるところでしょうかね」
「それはもうとっくに済んでると……あっ・しまった」

 口を滑らせたと言わんばかりに男が慌てた様子を見せるとルーシーはちらと男を見下ろした。ミツヒロに至ってはもう、真性の馬鹿を見るような呆れた目つきを向けている。

「はぁ……今のうち知ってる事全てゲロしちゃいなさいな。僕もいちいち構ってやれるほど暇じゃないんで」
「で、ですからもう既に襲撃済みじゃないかなーと思っただけでして、その、はい」

 まりあがひくんと眉根を吊り上げたのが分かった。

「ミツヒロくん、たった今思いついたのですが空っぽの注射器で目ん玉に空気を注入したらどうなりますかね。やっぱり内部からの圧迫で眼球破裂しますかね〜? ちょーっと試してみたいのですけど」
「わー! わー!! なな、何でもあの眼鏡の親父とぉっ、ジークフリード様は、か、かつて仲間だったそうですよ! そんで思想の違いだとか何だとかでジークフリード様は破門になったんだとか!」
「それで襲撃云々っていうのは?」
「け、計画してるのを小耳に挟んだんですーっ! 留守を守っているのがジジイ一人だから今のうちだって! その本に関する資料を奪い取ってくるって……」
「アーサーがやられるわけないわっ!」

 すかさずまりあが口を挟むと、もはや半べそをかいている男めがけて掴みかかった。

「うっ、うっ……わ、私にだってよくわかりませんよぉ、ていうか知らないヨォオ! 只その本を手に入れたら約束の地で私は神になるとか仰ってましたけど……あ、約束の地っていうのは我々の本部のことなんですけど。週に一度ね、集会があるんですよ。ちなみにサバトっていう儀式なんですけどね! そこに生贄を捧げる事で我々は新たなエネルギーを得ることが……」
「ふーん……その生贄がきっとまりあちゃんのお兄さんになる筈だったんでしょうね」

 ルーシーが半分は理解したがもうあと半分は理解する気も起らない、といったふうに呟くとすっくと立ち上がった。

「どこに?」
「ノラくん達のお手伝いですよ。その本部がどこにあるのかちょっと聞いておいてくれる? 白状しないならまた僕に言ってね」

 ルーシーが立ち上がると怠惰そうに歩き出した。どこへ行こうと言うのか、すぐ戻るとだけ告げてルーシーはその場を後にした。


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