▼染井吉野書店





「いらっしゃいませ。店主の紬です。」

染井吉野書店と書かれた看板のお店へ入れば柔和な笑みを浮かべた男性が出迎えてくれる。
黒の髪にに合う落ち着いた色合いの着流し。
それを着崩す事なく綺麗に着こなしている。

「何をお探しですか?」
「あの・・・。」
「おっと、書名は私ではなく兄にお願いします。」

客人の唇に人差し指を当て、口を開こうとするのを止めた。
紬はにこりと笑うと唇に当てていた指を外し、そのまま奥を指す。
色々な本が入れられた本棚が所狭しとある。
沢山の本棚があり、しかも本棚全てが天井に届きそうなぐらい高い。
驚いた客人が首が痛くなりそうな格好で本棚を見上げ、その姿に紬は小さく笑う。
そして、一行に動こうとしない客人の背を押した。

「本の旅へといってらっしゃいませ。」

彼へ背を押され、慌てるようにして奥へと入る。
気の遠くなりそうな程膨大な本の数にただ呆気に取られるばかりだ。
不思議な雰囲気に押されて、息をする音ですら大きく感じられてしまう。
思わず息をするのをやめたくなる。
奥へ。奥へと進む。
されど本が途切れる事はない。
長い間歩いたのか、はたまたさほど長くないのかはわからないが、暫く行くと人影が見えた。

「いらっしゃい。管理人の巫だよ。」

紬と同じ髪色、同じ顔、同じ声色の別人。
紬よりも髪は短く、服は洋服、そして眼鏡をかけている。
穏やかな雰囲気を纏った彼とは違い、目の前にいる巫は少々意地悪そうな笑顔を浮かべた。

「探し物は何だい?」

客人はふと思った。
ー膨大な書籍から探し物を見つけるなんて不可能じゃないか。
しかし、客人とは裏腹に彼は自信満々な笑みを浮かべているのであった。

「あの・・・、“女神記”ってありますか?」
「あー・・・、あるよ。」

暫く記憶を手繰り寄せるように考えていたが、返事は肯定。
確かに“女神記”は2009年に角川文庫から発売され、紫式部文学賞をとったまだ真新しい小説だ。
だからといって、調べる素ぶりも無く肯定を出した彼は一体何者だろうか。

「“女神記”は、南にあり、外からは隔離されたように海に浮かぶ小さな島。そこには巫女が存在し、その家系に生まれた姉妹カミクゥとナミマを取り巻く性と死の神話を現代に編み直した話だったね。」

眼鏡のズレを直し、巫は言う。
客人は読んだことこそ無い物の、友達に言われ大まかなストーリーは知っていた。
彼の言ったストーリーは正しい。
先程の自信満々な笑みを思い出す。
何だか彼の余裕を崩したくなり、また注文をしてみる。
しかし、その注文ですら余裕で答えてしまう。
また注文をする。
直ぐに答えられてしまう。
その繰り返し。
それを暫く2人はしていた。

「ねぇ、そろそろ僕の実力がわかった?君は僕を信用してないようだけど、僕が嘘をついていないのはわかるだろう?」

彼は全て正解を言っている。
ぐうの音も出ないとはまさにこの事だ。
反論をしたいのに何も出てこない。
これは大人しく降参するのが得策だろう。

「負けました・・・。」
「僕に勝とう何て一光年速いよ。」

自信満々で余裕しか漂ってこない巫の笑みを見ると、凄く馬鹿げた事をしていたような気になる。
客人が落ち込んだように項垂れていると、頭を何か尖った物で叩かれる。
それは尖っているはずなのに、中々面積が広く頭とぶつかるといい音を立てた。

「っ!?」
「希望の品だよ。支払いは弟の紬へ払ってくれ。」

そうとう強く叩かれたのか、じんじんと痛む頭を抑えて上を向けば小さな文庫本が目に入る。
タイトルは“女神記”。
客人が所望していた本だ。
一体、何時の間に持ってきたのだろうか。
この書店には気が遠くなるような数の本が置いてある。
場所を知っていたとしても移動するのに時間がかかるだろう。
巫には不思議ばかりが募る。

「またのお越しをお待ちしております。」

急に敬語になった彼に驚きつつ、礼を言って紬の元へと戻る為に巫に背を向ける。
来た道を戻るが、相変わらずそこは背の高い本棚ばかり。
来た時と何も変わっていない。

「そういえば、どうしてここに辿り着いたんだろう・・・。」

本を探してふらふらと本屋を巡っていたのは覚えていた。
けれど、探すのが苦手なのとコミュ症なのとで発見出来なかった。
そこまでは覚えている。
けれど、ここへどうして入ったのかわからない。
覚えていない。

「お探しの物は見つかったようですね。」

紬の声で巡っていた思考が中断された。
何時の間にか入口の方まで来ていたらしい。
相変わらず穏やかな笑みを浮かべた彼がそこにいた。
会計を済ませ、紬から本を受け取るとドアへ手を伸ばす。

「また起こしくださいませ。私達は何時でも貴方のお側にありますから。」

最後に一目彼を見ると、やはり微笑んでいた。
染井吉野書店。
そこはどんな本でも手に入れる事が出来ると言われる本屋。
しかし、何処にあるかは誰もわからない。
本を買った人は言う。
『何時の間にか辿り着いた。』
この本屋は本を欲しがる人の前にしか現れない。
愛想のいい優しい店主、紬と少々性格に難ありだが仕事は正確な巫。
二人が切り盛りする本屋、染井吉野書店。
本を探しているなら思えばいい。
そうすればこの本屋が探してくれる。





「いらっしゃいませ。染井吉野書店へようこそ。」







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