4 もうやめてください
「梓」
どうして貴方がここに?そんなことを聞く前に、体が行動を起こした。そっか、試合相手は洛山だったんだ。そして、体育館へ入ろうとした足をそのまま返し、全力で走った。きっと大丈夫。足の速さにだけは自信があるから。これでも一応、足の速さだけは赤司くんと同じくらいなのだから。
ギラギラと太陽が照りつける中、必死に走って、水道の裏に隠れた。大丈夫、赤司くんはまだ来てない。
「はぁ…はぁ…梓…」
大丈夫、このまま息を潜めてればバレない。
「僕はもう一度」
息を切らしながら言葉を紡ぐ赤司くんの声がどんどん近付いてくる。それに比例して、私の心臓も大きく鳴り出した。
「君と話がしたい」
その時、既に赤司くんは目の前にいて。逃げ出そうとしたけど、勢いよく腕を引かれてしまって、簡単に彼の腕の中に収まってしまった。私はまだ覚えてる、この匂いは間違いなく彼のもので、その感触だってそうだ。前より少し大人びた彼の声は、少し低くなっていたような気がした。
「梓…」
「………っ…離して」
「僕はずっと会いたかった、もう一度君と話がしたかった」
「話すことなんて、何もない」
「嘘だ」
「なんで…!!!」
「だって声が、震えてる」
抱きしめられているため、耳元で彼の声がして、走ったせいで少し荒い吐息が聞こえて。全てが耳障りだった。止まったはずの時間は動き出したけど、離れていた時間はあまりにも長過ぎて。
その声を聞いただけで、今にも心臓が壊れてしまいそうだった。
「嫌い…嫌い………もうその声も、姿も、何も見たくない……」
「僕は好きだよ」
「私は大嫌いよ………離し、てっ……」
一瞬緩んだ彼の腕の拘束から逃れるため、思い切り胸を押し返した。彼は驚くでもなく、怒るでもなく、唯々真剣な顔で、何でも見透かしている様な目で、私を見つめた。
「僕達が離れていた時は余りにも長過ぎた、でも、まだそんなになってしまう程梓は僕のことが好きか、それならお互い、依存しているな」
「………………」
「君は携帯も持っていないし、家の電話だって変えたのか知らないけど繋がらないし」
「………………」
「僕は夏休みの間、暫くこっちに居る。これは僕の電話番号。もしまだ君にその気があるのならば、僕はいつまでも待ち続けるよ。じゃあね。」
「……………もうやめて……」
去りゆく彼の背中を見つめながら、とてもとても小さな声で呟いた。しかしそれは彼に聞こえたのか。彼は一瞬だけこちらを振り向いて、去っていった。
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