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  また同じ夢を見たんだ



『せんせ、泣かないで、せんせ』

「……千尋!!!!」

バッ

「はぁ、はぁ、はぁ」

ベッドから思い切り半身を起こし、汗まみれの額を拭った。愛する彼女の事を思い出しながら、ゆっくりと自分の掌を見つめる。暫くそうしてぼぅっとしていると、ドアをノックする音が部屋に響いた。

「起きてますか、露伴先生」

「ああ、今起きたところだ」

入りますね、そう言って彼女は中に入ってきた。そして僕の姿を見るなり、目を丸くして、悪い夢でも見ていたんですか、と聞いた。

「…そうだな…昔の、夢を見ていた」

「そう、最近疲れていたからでしょうね、悪夢に魘されてはゆっくり休めないでしょう、何か暖かいものでもお持ちしますね」

そう言ってにっこり微笑んだ彼女の腕を掴んだ。彼女はまた目を丸くして、それからもう一度微笑んだ。
細く白い腕をそのまま引っ張り、自分の胸元へと抱き寄せた。ふわり、とシャンプーの香が仄かに香る。

「……そばにいてくれないか…」

「…はい、勿論…」

「また同じ夢を見たんだ」

「…私の、夢、ですか…?」

「ああ……」

少しの静寂の後、ごめんなさい、と謝る彼女をより強く抱き締めた。
肩に顔を埋めて、彼女の存在を確かめるように、強く、強く。

「ごめんなさい、先生、ごめんなさい、ごめんなさい」

「千尋は何も悪くない…」

「いいえ、私は何も覚えていないもの、露伴先生、貴方はこんなに苦しんでいるのに、私は、私は……」

泣きながら僕の胸に顔を埋める彼女は、酷く弱々しく、儚く思えた。そうして僕は、目を閉じて、彼女の肩に顔を埋めたまま、夢のこと、いや、昔のことを思い出していた。


***

可愛らしいワンピースに身を包み、目の前をウキウキしながら歩くひとりの少女。
その少女……千尋は、僕の彼女である。

暫く閑静な住宅街を歩き、やがて海へと向かうため小路に出る。僕は目の前にいる彼女の手を引き、彼女より少し前を歩いた。

「せーんせっ」

「ん?」

「なんで先を歩くの?」

「さあ、今日はそういう気分なんだよ」

「私せんせの隣がいいのに」

「さっきまで僕の前を歩いてたじゃあないか」

「もしかしてちょっと拗ねてます?」

クスクス、と笑う声が聞こえて、僕はさっきよりも少し早く歩いた。僕より幾分か背が小さい彼女は、僕の歩幅に合わせるように、小走りで付いてきた。その、スピードが悪かった。

海沿いに建つ少し大きめな看板が、潮風にさらされ錆びていたせいか、ギィ、と大きな音を立てていたが、僕は特に気にすることもなく歩き続けた。

しかし、僕がその横を通り過ぎたその時、看板は今日一番の音を立て、こちら側へと倒れるように落ちてきた。僕の予想が正しければ、すぐ後ろにいる千尋に当たる。僕は急いで繋いでいた手を引いたが、間に合わなかった。


「千尋!!!!!」


ガシャーン!!!


大きな音と共に、繋がれていた手は離された。
看板の下敷きになった千尋から、どくどくと見たこともない量の血が溢れ出す。

「千尋…、今助けてやるからな、大丈夫だ、大丈夫、大丈夫」

「せん……せ」

まずは彼女の上にある看板を退かし、止血を試みた。しかし、止まることなく溢れ続ける赤い液体に、僕は涙を流した。辛いのは、痛いのは、千尋の筈なのに。
一刻を争うこの状況に、このままでは彼女は助からないと悟り、スタンドを発動させた。

「ヘブンズ・ドアー!!!!!」

「せんせ……なん…で…」

「ごめんな、千尋、ごめん、ごめんな」

どんどん消えていく彼女のページに必死に文字を綴りながら、謝り続けた。
最後の一字を書き終え、閉じようとしたところで、涙が溢れ、手が止まった。

「せんせ……泣かないで、せんせ」

頬に伸ばされたその手に自分の手を重ね、最後に一言、呟いた。

「愛してるよ、千尋……」


--岸辺露伴なんて知らないし会った事もない、だから岸辺露伴と手を繋いでその後ろを歩くなんて有り得ない--

パタン

***


「ん……私なんでこんなところで……」

「大丈夫か…?」

「え、と、あの……」

「ああ、驚かせたな、君が突然倒れたから、救急車でも呼ぼうかと思ってね」

「ええ……?!その、私は大丈夫です、でも、あ、あの!!」

お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか!!!

顔を真っ赤にして、そう言われた。僕は必死に涙を堪え、こう、答えた。


「僕の名前は岸辺露伴、はじめまして」





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