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  あまくてにがい



珈琲は嫌いだ。何年経ったって、あんな苦いもの、飲める気がしない。どんなに甘いお砂糖を入れたって、まろやかなミルクを入れたって、最後に来る苦味は消えはしないのだ。
そんな珈琲を毎日飲むなんて、考えられない。

「こんな苦いものよく飲めますね」

「全く君はいつまで経ってもお子様だな、珈琲の一つも飲めやしないんだもんな」

「別に、飲みたくないのは苦いからってだけじゃあないですよ」

それを聞くと彼は唇の端を吊り上げて、如何にも面白そうと言った表情で笑った。

「じゃあ、なんで飲まないのか教えろよ」

じゃあ、説明してあげますよ、そう言って1つコホンと咳払いをした。

私が珈琲を好まないのは、理由がある。プリンの苦い部分はまだ知りたくない、それと同じで、珈琲のほろ苦さだって好きにはなれない。
甘いものだけで、まだ生きていたいのかもしれない。それにあのほろ苦さはなんだか少し不安になってしまう。なんでかはわからない、でも何故か不安になってしまうのだ。

そう、説明すると、彼はクスクスと笑った。

「やっぱり君はお子さまだな」

「なっ、そんなことないもん!」

「いつもあの甘ったるい飲み物を飲んでいるくらいだしな」

「イチゴ牛乳のこと?いいでしょ、あまくて」

僕には理解できない味だね、なんて言われて、その言葉、そっくりそのままお返しします、とあっかんべーをした。
すると彼はお砂糖もミルクも入っていない珈琲の入ったマグカップを差し出し、飲んでみろよ、と言って笑った。

「……」

「ほら、飲めよ」

マグカップを手に受け取り、中の黒い液体を見つめる。ちょうど反射して自分の顔が映るが、その顔は引きつっている。

「じゃあ、せんせはそれ飲んで?」

「オイオイ、なんで僕がこんな甘ったるいものを飲まなきゃいけないんだよ」

なんてわがままなんだろう、この人は。人には飲めというくせに、自分は飲まないなんて。しかし、そんな私の思いを察してか、彼は桃色の液体が注がれたマグカップを手に取った。

せーの、で飲みましょう、と言って、マグカップを口へと持っていく。

せーの、、、


コホッコホ

ゲホゲホ

飲み物を飲んだ瞬間、むせたせいか、咳の音が室内に響いた。

「せんせ、これ、にっがい」

「あま……ったるい……なんなんだよこれは」

そうしてお互いに顔を見合わせて、あまりにひどいその表情に、笑った。

「やっぱり私はそっちがいいです」

「僕もそう思う」

マグカップを交換しようとしたところで、彼はそれを机に置いたから、私もマグカップを机に置いた。それからゆっくりと顔が近づいてきて、優しく唇が重なった。

「あまい……」

「にがいな……」

「いつもこんな甘ったるい唇にキスしてるんですね」

「千尋こそこんな苦い唇にキスをしてるんだな」

これからはお互いに少し控えましょうか、と笑って、再び唇を重ねた。


あまくて、にがい、キスの味がした。

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