short | ナノ


  執行猶予はつきません



綺麗な空に、綺麗な赤が映える。ある夏の日、綺麗な空を背景に立つ彼に、私は許されない罪を犯したのだった。


*

「白澤、お前は今日も補習だぞ」

「ぶ、部活に行かないとなぁ………ね、赤司くん?」
「白澤は部活よりも勉強を優先すべきだ、安心しろ、青峰も黄瀬もいる」

「ひ、酷いー!!」


ほらうだうだ言ってないで行くぞー、と先生に引っ張られる。赤司くんの裏切り者ー!と叫べば、部活で待ってるよ。なんてクスクス笑わられてしまった。酷いじゃないか、ばかやろう。一番のばかやろうは私なのだけれど………。


「あーーー………」

「いーーー………」

「うーーー………」

「えー……って、いてっ!!酷いっすよ先生ー!!」

私の隣に座り、勉強をする黄瀬くん。私とふざけていたら、教科書でぺちっと叩かれてしまったらしい。ごめんよ…。微かな罪悪感を覚えながらも、左隣を見てみると、既に青峰くんが机で死んでいた。というか、既に諦めていた。

先生、気付いてないのかな…。と思いつつも自分の机へと目線を戻す。うん、さっぱりわからない。式を立てて、答えを求めろ?はぁ?何言ってんの……?まず、何故に点Pは動くのだろうか。まずそこから教えて下さい先生。とりあえず、固すぎる頭で考えてみる。全くもって閃きは浮かばな………いや、きたよこれ!!!不思議と出した答えは合っていて、今日のノルマは達成。やったね。

「やったぁああぁああ部活行ける!では!私は一足先に部活に行ってくるよ!」

どや顔で荷物をまとめ、教室を去ろうとした時、青峰くんに鞄を掴まれた。

「ん?」

「裏切ったな!!!」

「裏切ってないもん!死んでた青峰くんが悪い!じゃあね〜」

青峰くんの手を払い除け 、部室へと向かう。その途中、綺麗な赤が見えて、私は声をかけた。

「赤司くん?」

「ああ、ちょうど終わった頃かな?今から迎えに行こうと思っていたんだよ」

「ワ〜ウレシイナァ〜」

「全然嬉しそうには見えないが?」

「バレたか」


わかりやすいんだよ、とクスクス笑われてしまった。畜生。1年からの付き合いだけど、最近やっと赤司くんがどんな人かわかってきた気がする。Sだ、ドS。いつも私の失敗を笑うのだ。おこです。おこ。

「まあ、少なくとも俺は、白澤が早く部活に来てくれて嬉しいよ」

「なっ………」

「さあ、部活へ戻ろうか」

真っ赤になる私を見て、クスクスと笑いながら横を歩く赤司くん。私がこの人を、傷つける事になるなんて思わなかった。


*


「あっつーい………」

ミーンミンミンミン。蝉が五月蝿く鳴く中、クーラーの切られた教室にいた。理由は一つだけ、勉強だ。もうすぐ大会で、マネージャーの私も頑張らなきゃいけないのに、勉強を疎かにする訳にもいかず、赤司くんに教えてもらっていた。

「ほら、後一つで終わりだよ」

「うん」

私と向かい合わせに座って勉強を教えてくれる赤司くん。夏休みで、今日は数少ない部活が午後からの日なのに…。何だかとても申し訳ない気持になるのと同時に、少しだけ嬉しかった。
それにしても……目の前でそんな格好されては勉強に集中できるわけ無い。ただえさえ綺麗な赤司くんは、暑いからか、スラッとした長い足を伸ばし、上を向いている。伏せられた瞼には長い睫毛がかかり、流れる汗は陽の光で輝き、水を欲する口からは舌が見え……。何かもう、存在がえっちだと思う。女の私でもドキドキしてしまう程だ。

「できたよ…」

「ああ……正解だね」

「やっと終わったぁ〜赤司くん、本当にありがとう…!今度お礼させて下さい!」

そう言えば、うん、そうだな…と何やら一人で考え出した赤司くん。少しの間、何だろうと思い待っていれば、その水をくれないか、と言われ驚いた。

「え?」

「今日は飲み物を忘れてしまってね、買いに行くのも面倒だし、その水をくれないか?」

「けど、飲みかけだよ?」

「白澤だったら別に構わないよ」

「そう?はい、どうぞ」

ありがとう、と微笑む赤司くんに胸がドキドキする。だって、関節ちゅー…だよね?ごくごくと、喉元を通る水。水飲むだけで絵になるとか何なの…。美し過ぎる赤司くん。これは赤司様って呼ばれるのもわかる気がする。

そして、少しだけ飲まれたペットボトルは返された。結局赤司くんの前で水を飲むのはドキドキして、出来なかったから、残りは家に帰ってから飲んだ。


*


「白澤?」

「赤司くん、時間いいかな?少しお話があるの」


ああ、大丈夫だよ。と言われ、体育館裏へと出た。これじゃ告白みたいだな、と思いつつもギラギラ照りつける太陽の中、溶けてしまいそうな気持ちでそこに立った。


「こんな時期にごめんなさい。私、部活やめるね」

「…………は?」

「部活、やめたいの」

「それは、白澤の意思なのか」

「うん…」

下を向いて、必死に涙を堪えた。赤司くんは怒ってるかもしれない。ただえさえ少ないマネージャーが、こんな大切時期に減ってしまうなんて、と。けど、私はあなたとは違うんです。何でも出来てしまう赤司くんとは違う。何の取り柄もない、ただの女の子。

「そう…か…」

何だか、赤司くんの声が辛そうに聞こえて顔を上げた。そうすれば赤司くんの手が頬へと伸びてきて、ガーゼが貼られている場所へと触れた。

「痛いか」

「えっ…?」

「怪我…してるから」

悲しそうに顔を歪ませる赤司くんに、心がきゅうと締め付けられた。昨日、親に叩かれたのだ。きっと赤司くんにはわかってる。このままじゃ高校も行けないから、部活なんてやめろと親に言われて、逆らう事なんて出来なくて。それも全部、分かってるんだろう。
自分は何でも出来るから、わかんないだろうな。高校だってきっと推薦で。私とは違う。分かってて優しくするなんて、あまりに酷いじゃないか。どうせバカにしてるんだ。自分の好きなことも満足にできないなんて、可哀想な子って。心の中で笑ってるんだ、いつもみたいに。クスクスって。

気付けば私は、赤司くんの手を叩いていた。

「やめてよ!」

「白澤?」

「どうせバカにしてるんでしょう!可哀想な子って!!勉強も出来ない、運動もそこそこ、貴方とは正反対の私に!」

「俺は…そんなことは考えたこともない…!」

「そう?今までだってずっと思ってたんでしょ?」

「違う!そんなことは絶対にない!俺はただ」

「どうせ赤司くんにはわからないだろうね、私の気持ち。何でも出来ちゃうんだもん。何でも出来る人が傍にいるとすぐに比べられる。私は私なのに………赤司くんなんて…大嫌い……」

気付けば涙が溢れていて、私はその場から走り去った。暫く、教室で泣いていた。頭が冷えた頃、自分のしたことに気付いた。ずっと、傍で見てきた。皆が帰っても一生懸命練習をする赤司くんを。家に帰ったら何してるの?と聞いたとき、いつも勉強ばかりだよ、やらないと怒られるからね、と笑って答えた赤司くんを。私が一番知ってたのに。赤司くんがずっと、誰よりも頑張ってたこと。彼は天才なんかじゃなくて、努力家だってことも。

それを知ってる私があんなことを言って、傷付けたんだ。赤司くんの悲しそうな顔が、忘れられなかった。私がそういった時、赤司くんは今まで見たこともないような悲しそうな顔をしていた。それを思い出して、また泣いた。だって、本当は大好きだった。ストレスが溜まってて、それを八つ当たりしてしまっただけ。ごめんなさい、ごめんなさい。もう、赤司くんに合わせる顔すらない。

次の日、私は初めて部活をサボった。



「千尋ちゃん、部活、行かないの?」

「さつきちゃん…うん、部活はね、やめることにする、ごめんね」

「そう…でも、受験生だからしょうがないよね…」

「うん、ありがとう」

「それより、赤司くんと何かあったの?」

え?と思った。今日は赤司くんには会っていない。というか、会わないように避けていた。なんで?と聞き返せば、さつきちゃんは辛そうな顔をして口を開いた。

「昨日、千尋ちゃんと話した後、帰って来ないから、見に行ったの。そしたら、下を向いたまま、ずっと立ち尽くしてた。声を掛けても反応しないし、肩を叩いたの。そしたら、すごく思い詰めたような顔をしてたから…大丈夫って言ってたけど、その日は赤司くんも本調子が出なくて、部活はぐたぐだだったの。だから、千尋ちゃんと何かあったのかなって」

「…………わ…わたっ……」

ぽたぽたぽた、と涙が溢れた。目から溢れる涙は止まらなくて、さつきちゃんはとても慌てていた。私は、さつきちゃんに全部話した。

するとさつきちゃんは、仲直りしなきゃダメだよ、じゃないと怒るよ?と呆れながら笑った。そうだ。けど、私にそんな資格なんてあるだろうか。


*

赤司くんへ

この前はごめんなさい。感情が高ぶって、つい心にも無いことを言ってしまいました。
呆れましたよね。できないのは私の方なのに。赤司くんは誰よりも頑張ってたのに。
それを知ってる私がそんなことを言って本当にごめんなさい。
今まで仲良くしてくれてありがとう。本当は大好きでした。さようなら。

白澤 千尋より。


*

赤司くんの靴箱に手紙を入れておいた。合わせる顔が無いなんて言い訳をして、本当にずるいなって思う。好きだったから、もっと一緒にいたかったな。涙が止まらなかった。誰もいない昇降口で泣いた。

そしたら、誰かの足音がして急いで隠れた。誰なのか気になって、影から覗いてみるとそこには赤司くんがいた。靴箱を開け、手紙を手に取り、それを読んだ赤司くん。何かを思い立ったように手紙を握り締め、辺りを見回してから、走り出した。バレるんじゃないか、と思って、再び隠れた。そして、その場にしゃがみ込むと、足音が聞こえた。
驚いて、顔を上げれば、そこには赤司くんが。

「白澤…」

「……………」

ただ、真剣な顔をして私の名前を呼ぶ赤司くん。私は再び顔を膝に埋めた。すると赤司くんも、私の前にしゃがんだ。

「顔をあげてくれないか…?」

「っ………… 」

「気付けなくて、すまない」

「ち、ちがう…赤司くんは何も悪くないの…」

「だって、俺は好きな人が悩んでいる事にすら気付けなかったんだよ」

「え………?」

驚いて、再び顔を上げた。そうすれば、いつものように優しく微笑む赤司くんがいて、また、涙が溢れた。彼はその涙を拭って、私を抱き締めた。

「好きだよ、白澤」

「っっ………ぁ…かし…くん…ごめん、なさ…い」

こちらこそ。と笑う赤司くんに、何だか安心して、私はたくさん泣いた。よしよし、と慰めてくれる赤司くんが優し過ぎて、それにまた泣いた。そして、悩みも全部話した。勉強の為に塾に通うから、部活に行けなくなったこと。赤司くんと同じ高校に行きたくてもいけないこと。高校は、親に勝手に決められてしまったこと。

話したら、何だか急に楽になって、赤司くんに本当に本当に申し訳なくなった。けど、赤司くんはいつものように微笑んで、言った。

「塾の代わりに、俺が勉強を見るよ、二人でやれば捗るだろう?それと、高校は、君の力ではどうにもならそうだから――」

「お嬢さんを僕にください、って少し早いけど直談判しに行こうかな」

「え、えっ、ああぁああかしくん??!?!」

「そうすれば、俺と同じ高校に行けるだろう?大丈夫、白澤ならできるよ。その代わり、死ぬほど勉強を頑張ってもらわないと駄目だけど」

苦笑いする赤司くんに、もう何回目かわからない涙が頬を伝った。結局、赤司くんはその日私の家に来て、本当にあの言葉を言ったのだった。
お母さんは、うちの娘でよければ是非是非貰ってやってね…!!お母さん、嬉しいわ、こんなしっかりした子が千尋の彼氏で…!と泣いて喜んでいた。
そんな感じで、親も簡単に説得してしまい、部活をやめることもなく、高校も同じところに行けることになった。ああ、本当にすごいんだ、赤司くん。

私も、負けてられないな。頑張らなきゃ。君の隣にいられるように、頑張るんだ。

夏の大会、受験に向けて、私は思いを馳せるのだった。


彼に犯した罪を、忘れないように。彼以上に、努力をしよう、と。



*


春、受験も終わり、私達は京都へ来ていた。日本でも有名な私立高校に、何とか合格し、入学式へ。
夏の大会だって、全中3連覇を成し遂げた。隣に並ぶ彼は、少し変わってしまったけど、私はずっと離れない。


だってそれが、私ができるせめての罪滅ぼしだから。






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