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  ロクでもない世界


「千尋は、赤司が好きなのか?」

「そんな……私はずっと修ちゃんのことが好きだよ、けど、赤司くんは一人ぼっちなんだ」

「その傷も、全部、全部………千尋……」



思えば、俺は弱虫だったのかもしれない。小さな、今にも壊れてしまいそうな体をしているのに、俺よりもずっとずっと強い千尋は、もういない。



*

「おはよう、赤司くん」

「おはようございます、千尋さん、虹村さん」

「おはよう」

まだ幼さが残る可愛らしい笑顔を向けて、挨拶をした少年の名は赤司征十郎。バスケ部の一年で、かなりのその中でもバスケセンスを持つ。他の事にも長けていて、非の打ち所がない完璧な少年だった。
しかし、俺は知らなかった。赤司征十郎は悪魔のような男だということを。

赤司が入部してから暫く経ち、季節は秋になっていた。その頃にはすっかり部活離れし、俺達も受験勉強へと励んでいた。
元々幼馴染みだった千尋も、バスケ部のマネージャーをやっていたが、今年はさつきちゃんが入ってくれたおかげで安心して任せられるなぁ、と呟いていた。それもそうだ、今年の一年は本当にすごい。赤司にしても、他のメンバーにしても。1年で1軍へと昇格したメンバーも多く。俺も安心して部活を任せた。


「修ちゃん」

「なんだよ」

「心の痛みと身体の痛みって、どっちの方が痛いのかな」

「突然そんなこと聞くなんて、どうしたんだよ」

「ちょっと、気になったの」

「まあ、千尋の相談なら俺が乗ってやらないこともない………」

「ありがとう、修ちゃん。相変わらず照れ屋さんだね〜」

くすくすと笑いながら俺の頭に手を伸ばす千尋。あれ?また身長伸びた?と少し背伸びをしているところがまた可愛い。仕方無く頭を下げて、千尋が撫でやすいようにした。俺が異変に気づいたのは、その時だった。開いたシャツの隙間から見えた痣。白い肌に赤紫のそれは目立っていた。怪我したのか?それ、と聞けば、この前本棚から本が落ちてきてね、と笑った。しかし、その時は、彼女がそういうならばそうだろう、と大して疑うこともなかった。

それから数日が経ち、俺達は久々に部活へと顔を出していた。

「さつきちゃん、頑張ってね、さつきちゃんは本当に頼りになるから、安心して任せられるよ」

「はい…!頑張ります、私もいつか千尋先輩のようになりたいです…あ、それと、受験が落ち着いたらまた部活にも顔だして下さいね、みんな待ってますよ」

「うん、ありがとう、さつきちゃん」


あっちもあっちで話の区切り目もついただろう、と思い千尋の方へと歩を進める。すると先程まで話していた赤司が千尋の方へとかけていった。


「千尋さん……」

「!……赤司くん、どうしたの?」

「あの、体調は大丈夫ですか?何かあれば病院に来てくださいね」

「うん…ありがとうね…」

「いえ、では」

赤司が心配するのもわかる。千尋は元々体が弱く、入院をすることも少なくは無かった。それに、赤司の家は有名な病院で、千尋も子供の頃からそこに通院していた。
そろそろ冷えてきたし、帰らないとなぁ、と千尋に声を掛け、帰路へとついた。


「千尋」

「修ちゃんどうしたの?」

「…………」

人気の少ない道で、千尋の方に向き直した。距離は近く、それはほぼ0に近かった。

「し、修ちゃん………」

「……いや?…」

そう聞けば、首をふるふると横に振り、潤んだ瞳で見つめられた。当然歯止めが聞くわけもなく、千尋を引き寄せてキスをしようとした。

「!!!…」

しかし、腕を掴んだその瞬間、綺麗な顔を歪め、小さく呻いた。千尋の瞳には涙が浮かべられ、その雫は千尋の頬を伝っていった。

「千尋…?」

「………大……丈夫」

腕をもう一度軽く握れば、また、さっきと同じように涙を浮かべた。まさか、と思い嫌がる彼女を無視し、ブレザーごと捲りあげた。

そして、俺が見たのは、真っ白な綺麗な腕についた無数の傷跡と痣だった。

「い、いや…………」

「千尋……これは誰にやられたんだ?」

「転んだ……の…」

「こんなに?」

こくこくと頷く彼女は涙を流していた。下を向いたまま、目を合わせようとはしない。俺はそんな千尋に痺れを切らし、思い切り抱きしめた。

力が強すぎたのか、うっ…と小さな呻きが聞こえた。少しだけ力を緩め、優しく抱きしめ直した。

「修……ちゃん……」

「大丈夫、俺が助けてやるから…これは誰にやられたんだ?」

「あ………あ……」

「あ…?」

「あか……し……くん」

その名前を聞いた時、頭の中が真っ白になった。そもそも、俺がいない間に千尋を傷付けられる?殆ど一緒にいるのだから、それは不可能に近いだろう。部活以外でも関わりはないはず………………!!病院か…病院ならば俺がいない時に千尋を傷付けることが出来る。けど、それならば赤司の親が気づくんじゃ……。

「赤司くんを……怒らないで………」

「彼は………独りぼっちなの…」


力なく、俺の胸に体を預け、しくしくと泣く千尋。

そして、その次の日千尋は倒れた。


「千尋…赤司のことは」

「内緒にしておいて欲しいの」

「それじゃお前が…!」

「それで赤司くんの心の痛みが減るのなら私は別に構わないから」

「駄目だ!」

「どうして?赤司くんは独りぼっちなんだよ。赤司くんは誰にも悩みを言えない。でも、私が大人しくしてれば赤司くんは楽になれるの。彼はね、いつも泣くんだよ。私を殴ったあと、ごめんなさい、ごめんなさいって泣きながら謝るの。そんな可哀想な後輩を……放っておけるわけ…ないじゃない」

窓の方を向いていたが、涙がシーツに落ちた。止まらない涙は誰のために流されたものなのか。自分のためか、赤司のためか、それとも俺のためなのか。
今となってはもう、確かめることすらできない。



*

「千尋さん」

「赤司くん」

「俺はどうすればいいんでしょうか」

「赤司くんの好きなようにすればいいと思うよ」

「そうですか、千尋さんはいつもそう言いますよね」

「だってそうでしょう」

「そうでしょうか」

「うん」

「だって俺のせいで千尋さんは…………」

「私はいいの」

「でも」

「でも、じゃない」

「僕は………僕はどうすれば僕を守れるんだ!!どうすればいいんだ!!千尋、教えてくれよ、僕に、僕に」

「いいよ、教えてあげる」



ぽたっ


ぽたぽたっ


「赤司くん………?」

「俺は…僕は………」

「赤司くん、大丈夫だよ、落ち着いて?」

「千尋…………」

「うん、私はここにいるよ」


そうして傷だらけの女神様は優しく、小さな罪人を抱きしめました。暖かい腕の中で、唯々小さな罪人は涙を流し続けました。


*

「赤司、少し話がある」

「虹村さん…」

「千尋の傷について何かしらないか」

「!……傷……」

「何か知ってるか?」

「いえ…………」

「そうか」


じゃあな、そう告げて立ち去った。その時気付ければよかったのだろう。


しかし、気づいた時には既に遅し。俺の携帯が鳴った。


「修ちゃん…………修ちゃん助け………いっ………あ………赤司く……落ち……ついて!!まって!!あか」


ツーツーと無機質な音が鳴り響いた。俺は急いで病院へと走った。


病院の廊下を走り、突き当たりの千尋のいる病室へと向かう。途中、誰かにぶつかったり、注意もされたが、千尋は、千尋は!!


ガチャッ


「千尋!!!」

「修………ちゃ…」

暗闇の中、顔をぐちゃぐちゃにして泣く千尋の姿が見えた。急いで駆け寄って、抱き締めた。近くに見えたのは、綺麗な赤。


「修……修ちゃん………」

「大丈夫……………」

少しの間抱きしめて、落ち着かせた。そして自分の着ていたブレザーを千尋に掛けると、赤司の元へと歩いた。

「赤司」

しかし、返事は返ってこない。様子が変だと思い、起こしてみると、目を瞑っていた。しかし、赤司からは少し血が出ていた。俺は何が起きたのか分からないまま、周りの大人を呼んだ。




*



「もう終わりにしなきゃね、修ちゃん、赤司くんさようなら。」



そして彼女は空を飛んだ。その小さな傷だらけの羽で。幸い、一命は取り留め、意識も回復した。しかし、そこにもう千尋はいなかった。別人のようになった千尋は、毎日毎日、外だけを眺めていた。



思い返せばロクでもない。最悪のバッドエンド。





君は強くて、俺は弱かった。ただ、それだけだった。









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