うちの近侍の燭台切は私の扱いが雑 | ナノ
 07

 それから数日後、私は執務をこなしながら、例のお見合いについての案内を読んでいた。
 ――審神者同士でのお見合い。審神者という職業はなかなか結婚することもできないという悩みを多く聞く。ならばいっそもう審神者同士で結婚してしまえばいいんだ! それで問題解決! ……という、あまりにも安易な考えからこの企画は組まれたらしい。だからといっていきなりお見合いというのはどうなんだろう。せめて顔写真を送ってプロフィールを知ってから受けるかどうか決めるだとか、もっとちゃんと手順を踏んでほしいものだ。
 ……あれ? 政府としては、一応この前の交流会で一回は会っているし、一回顔を見て話す機会を設けたんだから二回目にお見合いをするなら別にいいよね、ということなんだろうか。そう言われると、意外とちゃんとした手順を……?

「いや、踏んではないな……」
「主、どうしたんだい、虚空を見つめて呟いたりして。見えないものでも見えた?」
「うん、何も見えてはいないけど音もなく入室してきて突然突っ込んでくる光忠くんに対しては心底ビビってるんだけどわかる?」

 私は驚いて飛び上がったせいで投げてしまった端末を拾い直して、光忠くんに向き直った。彼はさもさっきからいました、という風に話しかけてきているが、絶対に今何も言わずに入ってきたのでちょっとした恐怖体験をした気分だった。声を掛けろよ、声を。

「ごめんね、急に入ってきたりして」

 それは自覚しているのか、光忠くんは素直に謝ったので、私はいいよ、と短く返す。
 ……どうも、彼はこの数日少し様子がおかしい。いつもならいくら私が寝ていることを察知しても絶対に一声掛けてから入室するのに(うたた寝しているとそれをきっかけに起きることもある)、今のようにうっかり無言で入ってきてしまったりだとか、畑当番を忘れかけたりだとか――そういううっかりミスがちょいちょいあるのだ。出陣のときにはミスらしいミスもなく怪我もほとんど無いからまだいいが、いつもは完璧に近い光忠くんからは考えられない。
 それはもしかしたら、私がお見合いすることに起因しているのではないか――そう考えたりもしているが、私が結婚しようがしまいが光忠くんはきっとちょっとした小言くらいしか言わない。……そう思っていたが、この様子を見るにもしかしたらそうでもないのかもしれない、とうぬぼれていたりする。
 光忠くんは無言で私の隣に近づいてきて、湯呑に入ったお茶とお菓子を机の上に置いて私の手元を覗き込んできた。私の好きなおやつだった。こういう気遣いは、ここ数日間も完璧だ。ありがたい。

「……それで、何を見ていたんだい」
「うん、この前のお見合いうんぬんの正式な案内が来てたからさ、それをね」

 私が端末を指差すと、光忠くんはすん、と真顔を作る。何を考えているかはよくわからないその顔は、ここ数日よく見るようになった表情だった。

「来週の末にとりあえずお食事、という流れになるらしいんだけどさ……」
「行くのかい?」

 光忠くんは少し食い気味に問いかけてくる。私はそれに面食らいつつ返事をした。

「いやー、行かないつもりだったんだけど……これ、一応政府の命令みたいなものだし、あの人も悪い人じゃなさそうだったから、一回食事くらいはしておこうかなあって。縁談が具体的に決まったらどうしようかな、とは思うけど……」
「行くんだね」

 彼はそっけなく言葉を返してくる。いつものことか、いやいつもならもっと何か言うか、と考えつつ私は小さく息を吐いて、そのへんにあったやりかけの仕事の書類を見ながら話を続けた。

「でもあの審神者さん、まだ若いのにお見合いさせられるのがかわいそうだから、私から早めに断るべきなのかなと思ってるんだよ。万が一私なんかと結婚するの、あまりにもかわいそうだしさ……」
「ほんとにね」
「おいそこは否定しろ」

 私がいつもの調子で反撃すると、光忠くんは数秒間を置いて返事をした。

「……冗談だよ」

 それを聞いて私は手を止める。いつもの光忠くんなら息をするようにすぐに悪態をついてくるというのに、今の間はなんだろう。流石に主がお見合いするかも、となると彼なりに思うところがあるのだろうが、それにしたってこんなに様子がおかしくなるものなのか?
 少し考えて、私は思ったことをそのまま口にする。

「……光忠くんさ、ちょっと怒ってる?」
「怒っ……てはいない、けど、」

 私は口を噤み、内心驚愕する。いつもならもっとずけずけと物を言ってくるというのに、彼がこんな言い淀むのも珍しい。彼に悪いと思いつつ、少し楽しくなってきてそのまま続けた。

「でも、ここ数日の光忠くん、ちょっと大人しくない? いや、いつもがちょっとガンガン来すぎだったのかもしれないけどさ。逆に心配になるよ」

 光忠くんは依然として何も言ってこない。どうも私に対して怒っているというわけではなさそうだ。私はいよいよ焦って、よくわからないことを口走る。

「ほ、ほら、ダメ審神者の私になら何言ってもいいよ、元気出して……」

 ここで励ますのはどう考えても違うのではないかと思いつつ、口が動くのを止められない。光忠くんは私を一瞥すると、はあ、と非常に重たいため息をついた。それはどういう意図のため息なのだろう。
 光忠くんは初めて見るような物憂げな表情で私を見つめて口を開いた。

「……主」
「な、なんですか?」

 どもる私から視線を逸らさないまま、光忠くんはゆっくりと言葉を発する。

「もし相手の審神者が承諾したら、本当にお見合いするのかい?」

 その言葉になぜだか心臓を刺されたような衝撃を受けて、私は数秒硬直してしまう。
 それから彼の態度に動揺したまま、焦って立ち上がり無意味にタブレット端末を何度もタップする。お見合い相手の――この前話したばかりの男性審神者の写真を開き、口が勝手に動くままにつらつらと言葉を発した。

「そ、そうだね。私って情けない審神者だし、審神者同士の結婚ってお互いの本丸を持ったまま結婚できるっていうし、この前いい感じの人だったし、受けようかなあ、とは思ってるよ。結婚したら流石の私も落ち着くかもしれないし?」

 半分以上思ってもいないことを言ってから、私は光忠くんに下手くそな笑顔を作った。お見合いなど断る気でいるのに、私は一体何を言っているんだろう。流石に動揺しすぎている。光忠くんがこんなに元気がないせいだ、と人のせいにしながら彼の表情を窺うと、光忠くんは眉間に皺を寄せて、くしゃりと顔を歪めていた。――え?

「み、つただ、くん……?」
「……っ、」

 彼は一度口を開きかけたが、その唇が言葉を紡ぐことはなかった。何も言わない光忠くんを見て、私は不安になり声を掛ける。

「ど、どうしたの? 本当にちょっとおかしいよ、いつもみたいに軽口叩いてよ……あんな感じの光忠くんじゃないと、どう接したらいいかわからなくなるからさ……」

 私がおろおろと言うと、光忠くんがぽつりと呟く。

「……あんな、」

 彼は私から目を逸らして、耳を澄ませないと聞き取れないようなごく小さな声で言った。

「……あんな態度を取るのは、君にだけだよ」
「へ」

 突然の告白に、私は何度目かの硬直をする。なんだこの展開は。私は思わぬ言葉に動揺し後ずさり、机に足をぶつける。じんわりとした軽い痛みが広がり、背後では彼が持ってきてくれた湯呑がガタン、と音を立てた。
 彼は再び私と視線を合わせると、はっきりとした口調で言い放った。

「主。お見合いは、やめてほしいな。断ってほしい」
「……はい?」
「というか、絶対に結婚しないでほしいんだ」

 私は彼の言葉にぽかんと口を開け、今しがた言われた言葉を脳内で何度も反芻する。結婚、しないでほしい。私に。他の審神者と?

「……あの審神者さんと?」

 私の言葉に、彼は首をわずかに横に振った後に付け足した。

「……他の男性と、結婚しないでほしい」
「ということは女性相手ならいいの……?」
「言い直すね。他の、人と」

 私が重たい空気に耐えかねてアホな発言をしても、光忠くんは至極真面目な様子で訂正をしてくる。
 ……私に結婚してほしくない、それはつまり、いや、どういうことなんだ? 私の頭の中では都合の良い想像が広がっていくが、単に光忠くんはまだ私が結婚するには人間として早いぞ、と言いたいだけかもしれないじゃないか。
 私は頬に少しだけ熱が集まるのを感じながらも、その真意をはっきりさせたくて叫んだ。

「わ、私が死ぬまで独身でいろっていうこと!?」
「ああもう違うよ僕がいるじゃないか!」
「えっ」
「えっ? ……あっ」

 しまった、言ってしまった――そう言わんばかりの光忠くんの焦り顔を見て、私の脳内にはいつもの数倍の速さで思考が駆け巡る。
 ――この刀でも、そんな安易なツンデレみたいなことを言うのか。というか今の言葉、どう考えても嫉妬というか――いや嫉妬とは違うか、完全に横取りされたくない刀の思考で間違いなかった気がする。隣にいるのは自分がいい、そういう意味の言葉だったではないか。まさか光忠くんがそんなことを思っていたなんて、誰が想像できただろう。
 まさか今までの態度は、愛情の裏返しだったとでも言うのか? 私のこと、あんなに雑に扱っていたくせに?

「え、えーっと……」
 何か言おうと思っても、顔に更に熱が集まっていく気がした。でもそれよりも、目の前の光忠くんのほうが見ていられないくらい顔を真っ赤にしている。それが言葉にせずとも今の言葉の意味の答えを現しているような気がして、私は口に手を当てて少し考えてから口を開く。

「み、光忠くん………………結婚する?」
「しないよ!!」
「あーッ! 打撃73のビンターーーー!!!!!」

 ――頬に与えられた衝撃で私は吹っ飛び、それからすぐに光忠くんの声が脳内に反響している気がした。ごめんね主違うんだ、つい恥ずかしくて、などという言い訳が聞こえた気がしたが、初めて彼から食らう物理攻撃はそれなりにダメージが大きく――それでも本気でビンタされていたら私の首は吹っ飛んでいたかもしれないので、彼はきっとかなり加減していた――私はそのまま気を失ってしまったのだった。


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