うちの近侍の燭台切は私の扱いが雑 | ナノ
 06

 二人で彼らを見送った後、ややあって男性審神者が口を開く。

「近侍が一緒かなあ、と思ったんですが、本当に一緒だとは思いませんでした。ああして並ぶとなんだか面白いですね!」
「ですねー。まあうちの燭台切光忠、結構私に辛辣ですけど……」

 ハハハ、と乾いた笑いをこぼすと、男性審神者は明るく笑った。笑顔が可愛らしい人だ。

「はは、そうなんですか? 実はさっきのやり取り聞こえちゃったんですけど……」

 あれ聞こえてたのかあ、と私は内心頭を抱える。そりゃあこちらもこのふたりの会話が聞こえていたのであちらからも聞こえるだろうとは思っていたが、先程のやり取りをすべて聞かれていたとなるととても恥ずかしい。いたたまれない気持ちになって、私は顔をうつむかせてへへ、と笑った。

「そちらの燭台切は打ち解けてくれている感じがしていいですね」

 意外な一言が飛んできて、私は目を見開く。

「え? そちらの方が優しげに見えますが……!?」
「まあ、彼は優しい刀ですよね。ただ、一線を引かれている感じはすごいというか」

 男性審神者はふぅ、と小さくため息をつくと、先程燭台切光忠に取り替えてもらったケーキを一口食べた。よほど美味しかったのか、彼は頬を緩ませながら口を開く。

「なんていうか……間違いなく、優しくはあるんですよ。ただ、主に対して一歩引いている刀だな、と思うことが多々あるっていうか……心を開いてほしいと思うけれどなかなか難しいんですよね」

 私は彼の言葉を聞きながら同じくケーキを食べる。なるほど、言われてみれば一般的な燭台切光忠はそういう一面がある……のかもしれない。自分の顕現させた燭台切光忠があんな調子なのでうまく納得できなかったが、この審神者さんとしてはそれが悩みの種のようだ。
 彼と「それおいしいですか?」「絶品ですね」「あ、じゃあ後で取ってこよう」というやり取りを挟みつつ、会話を続ける。

「だからびっくりしちゃいましたよ。燭台切光忠って、審神者に対してあんな感じで会話するんだって」
「く、口が悪くてびっくり?」
「それはちょっとありますけど……」
「あるんだ……」

 私の突っ込みに対してすみません! と手を振りつつも否定しない彼は素直な人なんだなと思う。こうも正直に言われてしまうともう笑うしかないな、と私はふっと笑みを浮かべた。

「でもなによりも、燭台切光忠があんな掛け合いみたいな感じで会話するのが意外というか、傍から見るとかなり楽しそうに見えましたよ。ああ、ここの審神者さんと燭台切光忠って仲がいいんだなーって」

「ええ!? 仲良し……なんですかね……?」

 私は光忠くんの姿を脳裏に思い浮かべながら頬を掻く。あれを仲良し認定してもいいのだろうかと甚だ疑問である。

「あれで仲が悪いなんて言われたら困っちゃいますよ。そちらの燭台切はすごくあなたのことを……なんというか、ちゃんと受け入れているんじゃないかなと思いました。あ、おれ個人の感想ですけど!」
「そ、そうなんですかね? そうかなあ……」

 彼の言葉に頷きながら私は考える。確かに距離を置かれていたり、もうどうしようもないと思われていたらここまで会話をしてくれない気がする。
 ――そう考えると、光忠くんと私は仲良しといってもいいのではないか。私だって死ぬほどの鈍感ではないので、彼が時折優しいのは充分承知している。何よりも第三者から見て仲良さげに見えるというのが、こう、たまらなく嬉しい。

「にしても、あなたも話しやすくてよかったです。もっと堅い感じの人だったらどうしようかなあって思ってて――」

 男性審神者が言葉を発した瞬間、遠くから燭台切光忠が二振りこちらに近づいてくるのが見えた。私は「あ」と声を上げて、彼の言葉を遮ってしまう。

「……おっと、すみません」
「いや、大丈夫です。おれたちの燭台切光忠、何を話してたんでしょうね」

 彼はへへ、と幼さが残る笑顔を浮かべた。こちらこそ話しやすい審神者さんでよかった、まあ話していたのはお互いの燭台切光忠の話ばかりですけど、と返そうとしたが、私の隣に光忠くんが戻ってきたのでそのタイミングを見失ってしまった。
 男性審神者が、自分の燭台切光忠に声を掛ける。

「燭台切、どうだった? 有意義な時間は過ごせた?」
「ああ、やっぱり同じ刀同士で話すのは面白いよ。ありがとう、そちらの僕」
「そうだね、ありがとう。また機会があれば、是非話そうね」

 あちらの燭台切光忠に合わせて、光忠くんは微笑んで口を開く。こんなに穏やかに笑う光忠くんは久しぶりに見たので、よほど良い時間を過ごしたのだろう。……こんな笑顔はつい最近見た気もした。

「きっと今後はいくらでも話せるんじゃないか? ……あ、そろそろ時間だな。おれたち、今日は別の用事もあるから帰らないと」

 男性審神者は腕時計を見て残念そうに呟く。こんな短い時間しか話せないのかと驚愕するが、私達はお互いの刀とやり取りしてばかりでなかなか話に入れなかったせいで貴重な時間を食いつぶしてしまったのだろう。やってしまった、と内心頭を抱えた。
 それは気にしていないのか、男性審神者はにかっと笑って挨拶をしてくれる。

「じゃあ審神者さん、また今度会いましょうね。名前はその時にでも」
「え? あ、はい、今日はありがとうございました。また今度……?」

 私は彼に言われるがままに同じような言葉を口にして頭を下げる。光忠くんは隣で少し目を細めながら私を見ていたが、あちらの燭台切光忠は微笑を浮かべて一礼するだけだった。
 彼らの背中を見送って、今の言葉の真意が読めないまま、私は戻ってきた光忠くんに向かって口を開いた。

「み、光忠くん、私達他の審神者さんから見たら仲良しに見えるらしいよ! やったね!」
「そうなんだね、よかった」
「いやそっけなさすぎじゃない? 絶対よかったと思ってない言い方だよそれ」

 よかった、とは。私は少し残念な気持ちで残ったケーキを口にしながら彼の顔を横目に見やり――そして、少しだけ光忠くんの顔が赤いことに気づいて、硬直してしまう。
 もしかして、照れているのかもしれない。そうか、普段こういうことを言われることがないから……?
 私はそれを口にしそうになったが、すんでのところでなんとか口を噤む。ここでからかったらこの短期間で積み上げた打ち解けゲージがゼロになるに違いないので、このままにしておこう。
 私が黙ったままケーキを食べていると思ってくれたのか、光忠くんはこともなげに口を開いた。

「それにしても主、今の審神者の彼、ちょっと気になることを言っていたよね。僕がいない間にまた会う約束でもしたのかい」

 光忠くんは少し怖い顔をしてそう言うが、全く身に覚えのない私はぶんぶんと首を横に振って否定をする。

「いや誓ってそんなことはないよ。ただ、あれ絶対に近々また会おうぜって感じだったよね……なんでだろう?」

 私が首を傾げていると、光忠くんもそうなんだ、と小さく首を傾げて考え込む素振りを見せた。それから少し間を置いて、光忠くんは私に向き直る。

「……主、この前のメール、ちゃんと全文読んだかい?」
「え? 多分読んだ……と思うけど、そう言われると読んでいない気がしてきます……」
「確認してみよう、今すぐ」

 自信のなさから思わず敬語になってしまう。光忠くんは何かに気づいたのか、私を急かしてきた。私は端末を操作しつつ、もしやすでに第二回交流会の予定が書いてあったのか、それは今回の演練相手とサシでご飯でも行くのか? と考える。それだとしたら確かに二回目に会うのが約束されているが、そんな大事なことを見落とすなどあるのだろうか? ……この前は光忠くんと一緒にメッセージを読んでいたので、見落とした可能性も大いにある、というのは否定できない。
 メッセージを開き、私達は会場の隅っこに寄ってそれを読んでいく。

「えーっと……交流会……についてはやっぱりもう読んでるでしょ。今やってるこの集まりで……あれ、このメッセージ省略されてる!」

 私は小さく叫ぶ。それなりに長い文面だったからか、メッセージの下部に省略されている旨が記述されていた。なんてこった、やってしまった。隣の光忠くんも呆れ返った様子で大きくため息を吐いている。うう、完全に私のミスである。

「大方、その省略部分に二回目のことだとか、他にも会う機会があるって書いてあるんじゃないかな。僕の主って本当にうっかりさんだよね……」
「ご、ごめんて! 逆に考えよう、今気づいてよかったんだって考えよう、スルーするよりよっぽどマシだよ!」

 慌てて省略部分のメッセージを受信し、私は続く本文を読んでいく。続きの部分はそこまで長い文面ではなく、十秒あれば全文読める程度のものだった。
 ――しかし、そこにはとんでもない衝撃的なイベントについて書かれていた。

「えーっと、『政府は近年、審神者同士の結婚を推奨しています。つきましては、第一回交流会の相手の審神者とはお見合いも予定していますのでお楽しみに』……え?」
「は?」

 読み上げて、私は光忠くんと顔を合わせる。それから数十秒の間があって、私は光忠くんに端末を手渡した。彼は無言でそれを読み上げ、そして私に端末を返して、再び顔を見合わせる。

「「お見合い!?」」

 会場の一角に、間抜けな審神者とそれに振り回される哀れな近侍の声が響いた直後、本日の交流会の終了時刻であることを伝えるアナウンスが流れた。


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