うちの近侍の燭台切は私の扱いが雑 | ナノ
 05

 それから数日経った、ある日のことである。
 この数日間、私は自分が懸念していたとおりどうにもぎこちない「光忠くん」呼びをしていたが、やはり人間すぐに慣れてくるもので、今や最初からこの呼び名でした、というくらい自然にその名を口にすることができるようになっていた。
 今日も光忠くんに近侍を任せていた私は、夕餉後に政府から何か連絡が来ていないかをチェックしていた。光忠くんは私の隣で、私が仕上げた書類やデータに不備がないか見てくれている。大体こういうときには二つくらい小さなミスをやらかしていて、それを把握している彼がきっちりと見つけだしてくれるので、もう私は光忠くん以外に近侍を任せられないかもしれない。

「……あ、光忠くん、ちょっとこれ読んで」
「うん? 何かあった?」

 書類に何やら付箋を貼っていた光忠くんが私の声に反応して向き直る。……付箋には『計算ミス』という赤ペンの文字が踊っていた。どうしてこうも間違えるんだろう、私は。
 それは後で見るとして、私はあるメッセージを開いたまま彼に端末を向ける。件名には、他本丸との交流会+α、と表記されていた。
 プラスアルファとは一体なんだろう、と思いつつメッセージを開き、私は光忠くんとともに本文を読んでいく。

「どうやら交流会っていうのをやるみたいでさ。ほら、これ……」
「他の審神者との交流、ということかな。今までみたいに、演練をやるだけじゃなくて……かい?」
「うん、みたいだね。交流会といっても演練をした後にちょっと話す時間を設けましょうってぐらいの、あまり堅苦しくないものみたい。いつもは演練後に挨拶を交わすぐらいだから、その後に話しましょうって感じなのかな?」

 どうもこの交流会では、演練場の付近で少し広いホールを貸し切って、審神者と話すことができるようだ。ちょっとした料理なんかも出るらしい。
 他の本丸ではどのように出陣しているかだとか、刀剣達とどのような付き合いをしているかだとか――そういった各本丸ごとのあれこれの意見交換や話し合いを目的として、この交流会は開かれるようだ。就任してから半年以上が経過し審神者業に慣れてきたので、そろそろこういった交流も考えていこう、ということらしい。
 私は概要に目を通しながら、光忠くんに向かって口を開く。

「それでね、これ一週間後ぐらいに第一回があるみたいなんだけど……近侍一振りを必ず同伴させるんだってさ。なので、光忠くんにお願いした――」
「ああ、それはもちろんいいよ。僕以外だと君が急に倒れても支えられないかもしれないもんね」
「もしかして私が交流会の途中で突然寝ると思ってるのか?」

 ちょっと食い気味に了承してくれたと思ったらド失礼な刀である。というか話している途中で突如気を失う審神者、怖すぎる。流石に他本丸の審神者がいるところで急に寝たりはしない。

「冗談だよ。行くからには、近侍として恥ずかしくない振る舞いをするから任せてくれ」
「頼もしい限りだけど、他の審神者さんの前で私のことディスったりしないでね」
「はは、流石にそれは………………しないよ」
「今かなり不安になる間があったけど大丈夫? ……え? 流石に主の悪口言ったりしないよね? な、なんで目を合わせてくれないの!?」

 露骨に目をそらす光忠くんをこちらに向かせようと奮闘するも結局生暖かい視線を寄越されるだけだったので、私は諦めて端末に向き直る。

「じゃあ来週、演練の後についてきてもらうということで。最初は演練相手の審神者さんと一対一で話すみたい……これ、演練でどっちかがボコボコにされたら双方気まずいやつだね!」

 せっかくの交流会なのに、さっきはボコボコにしてしまって……みたいな挨拶から入りかねない。それはあまりにも気まずすぎる。

「演練でも負けないようにしようね。じゃあ、皆にも伝えておくよ」
「うん、よろしくね。楽しみだなあ、他の審神者さんと話したことってないからさ」
「主のちょっと残念なところが出ないといいね」
「そうだね! ……すごい笑顔で言われるとなんだか切ないよ!」

 それはともかく、こういう新しいイベントはどきどきする。私は光忠くんが見つけたミスを修正しながら、まだ見ぬ審神者仲間との交流会に思いを馳せるのだった。

 ◆

 その日はあっという間に訪れて、本日は例の交流会の日である。この日のために何か特別な準備をした――ということはなく、結局は演練の後に長めに話をすることができるぞ、軽い立食パーティーがあるぞ、というくらいなので、普段よりも身だしなみに気をつけて、ちょっとお腹を空かせているくらいだった。料理も一つの楽しみなのは間違いない。
 演練自体はつつがなく終了し――ちなみにこちらの辛勝だった――いよいよ、相手の審神者さんと対面をするところだ。今日も今日とて変わらぬ近侍の光忠くんを連れて、私は交流会が行われるホールへと向かう。
 道すがら、私は心臓のあたりを抑えながら光忠くんに話しかける。

「はあ、なんだかどきどきするね。光忠くん、私がとんでもない噛み方だとか言い間違いをしたらビンタしてね」
「この場でするのは躊躇われるから、本丸に帰還したあとでね」
「そこは『主にそんなことできるわけないじゃないか』って否定してほしかったな……」

 私がそう言うと「自分から振ってきたんだから覚悟はしなよ」と光忠くんが小さく突っ込んだので、私は肩を竦める動作をしてホールの扉を開けた。
 ――中では、今日の演練に参加していた審神者たちが近侍を連れて歓談している。指定されたテーブルの方へ向かおうとすると、先程戦った本丸の審神者さんの姿が見えて、私は確認のため目を凝らす。
 視線の先には、少し細身の私よりも少し背が高いくらいの青年の審神者さんと、その傍にはおそらく近侍であろう燭台切光忠がいる。それを見て私は隣の光忠くんに声を掛けた。

「あっちの近侍も燭台切光忠なんだね。奇しくも同じ刀だ」
「みたいだね」

 光忠くんは頷き、短く言葉を返してくる。私達はそのまま彼らに近づいて声を掛けようとするが、なにやら話しているようでタイミングを見失ってしまい、そのまま少し離れたところから彼らの会話を聞いた。

「うおっ、しまった。このケーキ、あのナッツが入ってるな……うーん、どうしよ……」
「ああ、主、確かそのナッツが苦手だよね。僕のと取り替えようか。ほら」

 どうやらあちらの審神者さんは好き嫌いがあるようで、うっかりそれが使われたケーキをお皿にとってしまったようだ。そして、それをあちらの燭台切光忠が取り替えてくれようとしているらしい。私はその会話を聞いて目を見開く。なんて優しいんだ、あの燭台切光忠。多分光忠くんだったら自分で取ったんだからちゃんと食べないとダメだよ、と言うに違いない。まあそれはそれで間違いではないけど、こんな優しさを持って接してはしてくれないだろう。
 私は引き続き彼らの会話に耳を傾ける。

「あー、悪いけどお願いしてもいいかな。ちゃんと確認してなくて悪い……というか、この歳になって好き嫌いなんてよくないよなあ。はあ……」
「そういうこともあるよね。大丈夫、好き嫌いだって時間をかけて克服していけばいいんだよ」

 なんだと。やはりあちらの燭台切光忠、優しさの塊なのか? 繰り返すが光忠くんだったら絶対にもっと冷たい反応をする。克服できるいい機会じゃないか、このまま食べてみたらいいんじゃないかな、と言う。絶対に言う。

「そうかなー。あ、燭台切が替えてくれたケーキうまい。食べる?」
「いや、それはもう君のものだしね。気持ちだけで十分だよ」
「そっか、にしても美味しいな。こんな食べすぎると本丸に帰ってからご飯食べられなくなりそうだ」
「せっかく来たんだから、たくさん食べていくといいんじゃないかな」
「そう? まあ燭台切が言うならそうしようかな」

 演練相手の審神者さんと燭台切光忠は、終始和やかな雰囲気で会話をしていた。一連の会話を聞いてから、私は思わず光忠くんを二度見する。私があまりにも変な表情をしていたのか、光忠くんは「みっともない顔はしないでおこうね」と小言を言ってきた。なんだこの向こうの燭台切光忠との違いは。

「聞いてたかな光忠くん、あっちの審神者さんと燭台切さんの会話を」
「どうして倒置で言ったのかわからないけど、聞いていたよ。僕らよりも仲がよさそうだね」

 確かにそんな感じがするが実際に口に出されると自覚があるんだなと実感してしまい少し悲しくなった。多分私が同じような状況になったら最終的に「ちゃんと確認しないからそうなるんだよ」という視線を寄越してくるに違いない。
 私はさらりと言う光忠くんに詰め寄って口を開く。

「わかってんじゃねえかよ……ほら見てよ、あっちの審神者さんめちゃくちゃ優しくされてるよ! 光忠くんだったら私が食べすぎてたら無言で凍てつくような眼差しを向けてくるというのに……世の中の燭台切光忠はあんな感じなんだよ、光忠くんもさ、もっと私に甘い感じにならない? できれば夜食解禁とかお願いしたいんだけどさ……」
「でもほら、主は甘やかすと一瞬でだめになっちゃうから」
「くそっ否定できない!」

 自分の怠惰っぷりはよくわかっている。むしろこうして私に厳しめに接するのは光忠くんの優しさなのではないかとすら思うほどに、私はだらけることが得意だった。それでもせめて、月に一回くらい夜に焼きそばを食べるくらいは許してほしい。
 私が頭を抱えて仰け反っていると、光忠くんは少しだけむっとした様子で言葉を発した。

「……他の燭台切光忠がどうだっていいじゃないか、僕は僕だよ」

 その言葉に私ははっとする。確かに、こうして比べて何になるというのだ。うちの光忠くんは光忠くん、よその燭台切は燭台切だ。

「そ、それもそう……ごめん、決して個刃の個性や性格を否定するつもりはないんだよ! でも優しくしてほしさがあって! ごめん!」
「主は本当に素直に謝るよね、そういうところが好きだよ」
「うんありがとう……うん?」

 またも恥ずかしいことを言われた気がしたが、もしかしたら「優しくしてほしい」のリクエストに即答えてくれたのかもしれない。そう考えると、なんやかんや光忠くんは私に甘くなりつつあるような気がした。
 やっぱり私の燭台切光忠も厳しいだけじゃないな……と納得しながらケーキを手に取ろうとした瞬間、私はどこからか視線を感じてぴくりと動きを止める。もしや今の優しさはフェイントで、光忠くんが早速凍てつく眼差しを食らわせてきたのか? 今しがたの言葉はなんだったんだ? と思い彼の顔を見るが、光忠くんは目で違うよ、と訴えかけてきた後に、視線を動かして私を誘導する。――その先では、演練相手の審神者さと燭台切光忠が私達を見ていた。
 会話が終わっていたことに気づかずまず食べ物を取ろうとしている卑しい姿を目撃されたことがあまりに恥ずかしく、私は誤魔化すような笑いを浮かべて唇を動かした。

「あ、こんにちは……」

 そう言ってぺこり、と小さく頭を下げると、若い男性の審神者は人好きのする笑顔を浮かべながら私に近づいてきて口を開いた。

「こんにちは! 今日はありがとうございました。いやあ、負けちゃって悔しいです」

 ――感じのいい人だ、と私は声に出さずに心の中で呟く。先程も姿を見ていたので雰囲気はわかっていたが、こうして対面して話すとまた違う感覚だ。
 彼は私がケーキを手にしたことも気にしていないらしく、明るい空気を纏わせている。その後、あちらの燭台切光忠もこちらへ近づいてきて、一礼して口を開く。

「今日はありがとう。そちらの燭台切光忠とはいい勝負をしたと思うんだけど、負けてしまって悔しいよ。次は勝ちたいな」
「こちらこそありがとう。君はとても手強くて、打ち合えて嬉しかったよ。いい経験になった」

 燭台切同士の会話になって、私は少し不思議な感覚に襲われる。並んだ彼らを見やりながら、こうして並ぶと見た目だけでは自分の本丸の燭台切光忠を見分けるのは難しいな、などと考える。もし燭台切光忠同士の入れ替わりが起きたりしたら、自分の本丸の燭台切光忠はこっちだ、と即答できる自信がない。

「僕の主が卑しいところを見せてしまってごめんね」
「人前で流れるように悪口を言わないでくれる?」

 まあ口を開けば一瞬でわかるのだが。私は光忠くんの腰のあたりを小突いて、男性審神者に向き直る。

「そ、その……今はお取り込み中かな? と思ったので、先に食べて待っていようかと思ったんです。あとあなたの持っているケーキが美味しそうだったので……」
「こういう主なんだ、申し訳無いね……」
「否定はできないけどすかさず合いの手入れてくるのやめてくれるか?」

 私がそう言うと、光忠くんは「ごめんね」と気持ちのこもっていない謝罪をして、あちらの燭台切と視線を合わせる。

「審神者同士で話したいこともあるよね。僕らは少し離れたところにいようか」
「そうだね。じゃあ主、何かあったら遠慮なく呼んでね、すぐに駆けつけるから」
「おー、ありがとう、燭台切と、そちらの燭台切くん。……ややこしいなあ」

 男性審神者が苦笑を浮かべると、それを合図に二振りの燭台切光忠は離れていった。私はそれを、手を振って見送った。


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