うちの近侍の燭台切は私の扱いが雑 | ナノ
 04

 燭台切を探してまず厨へ行くと、案の定彼はそこにいた。今日燭台切は非番なので、今はもしかしたら部屋にいるかもしれないと心配だったが、それはどうやら杞憂だったようだ。

「燭台切ーーー!!!!」
「どうして姿が見える屋内の至近距離で叫んだんだい……? 僕たち今、五歩分くらいしか離れていないよね?」
「それは燭台切の足の長さ基準だったらそうかもしれないけど私からしたら八歩分の距離だよ、無意識に煽るのやめてよ」
「なんにせよ近いよね。皆の迷惑になるからやめようか」
「うん……ごめん……すぐ見つかったからテンション上がっちゃって……」

 ド正論に私は片手を上げて頭を軽く下げ、謝罪のポーズをとりつつ燭台切に近づく。
 彼は何か作っているらしく、私は近づきながら作業台の上を見やる。彼はどうやら何かの料理、もしくはおやつを作っていたようだが、作業を始めたばかりなのか何を作っているかはよくわからなかった。つまり何もわからない。なんとなく甘い香りがした気がしたので、おやつやデザートの仕込みなのかもしれない。
 私は顔を上げて口を開こうとするが、燭台切は私が何か言うよりも前に言葉を被せてきた。

「それで、そんなに慌ててどうしたんだい。もしかしてお腹が空いたから何か欲しかったのかな?」
「いや一時間前に朝ごはん食べたし流石にそれはないですけど? 燭台切は私のこと何だと思ってるの? カー●ィ?」

 この刀、私がおやつをもらいに来たと思っていたのか。流石にそこまで食い意地が張っては……いない、とは言い切れないのが悲しかった。
 私のやや喧嘩腰な言葉も意に介さず、燭台切は真顔でさらりと言う。

「よく寝てよく食べる子だな、と思うよ。元気でいいよね」
「言葉にされると別に悪口でもなんでもなかったわ……ごめんね……」

 なんとなく嫌味な気がしなくもなかったが、ただの事実なので悪意があったとしても反論はできなかった。
 気を取り直して、私はひとつわざとらしい咳払いをして場の空気を変えようとする。

「それでね、燭台切。ちょっと……いやとても? まあまあ大事な用事があるので、私の部屋に来てください」
「わかったよ。あと六時間後くらいに行くね」
「いや今来いよ、今呼び出してるんだよ」

 その耳は飾りなのか? と心の中で悪態をつきつつ、私は燭台切に顔を近づけて言い直す。

「い、今! 今から来て! 忙しくなければでいいから!」
「忙しくはないけど、非番に主の部屋に行くのはちょっと……」
「そんな真顔で言う!? や、やだ、露骨に態度に出すのはやめてよ! 傷つくよ!」

 燭台切が真顔で否定をしてくるので、私は焦って彼に近づき肩を揺さぶる。
 やはり私は燭台切にどうしようもなく嫌われているのではないか、と考えて、先程の鶴丸と鶯丸の微妙な表情が脳裏に浮かぶ。あれは何をわかりきったことを、ということを言いたかったのではないか――そう考えてしまい、胸が少しだけ苦しくなった。そんなことはない、と思いたいが、やっぱりこの刀、態度が刺々しいではないか!
 必死に燭台切の肩に腕を伸ばして――体幹がしっかりしているからかほぼ動かない――身体を頑張って揺さぶっていると、燭台切は諦めたようにため息をついた。

「しょ、燭台切……!」
「ああもう、わかったから……そんなに頑張って揺さぶらなくても……」
「と、とりあえず来てね、その作業が一段落してからでいいから。よろしく!」

 先に部屋に戻るから、と私が声を掛けると、燭台切は頬をぽりぽりと掻いた後に本当に小さく笑って、「わかったよ、後でね」と口にした。



 その十分後、燭台切はちゃんと執務室までやってきた。こんなにすぐに来れるくせに一度否定されたのはなんだったんだろう。……やっぱり本当に顔を合わせたくなかったのかもしれない。

「それで主、まあまあ大事な用事ってなんだい?」
 
 先程までの態度はなんだったのか今度は素直に訊いてくるので、私は鷹揚に頷きながら口を開く。

「よくぞ聞いてくれた。結論から先に言うと、私は燭台切の呼び方を変えようと思う」
「えっ……?」

 どういうことだ、と言わんばかりの彼の態度に、そりゃあそうなるわな、と口の中で呟いて、私は理由を説明することにした。

「いや、私と燭台切ってもしかして結構心の距離が開いているんじゃない? と思って。ほら、いつも燭台切! って苗字を呼び捨てにしてる感覚だし、人間的には」
「僕らからしたらそれは少し違うけどね。というか、急に呼び出されて何かと思ったらそんなことだったんだね……」

 はあ、と燭台切が大きなため息をついて目元を覆ってうつむくので、私は慌てて言う。
 どうも彼は乗り気ではないらしい。というか言っていることに間違いはないので、私はヤケになって彼に小さく叫んだ。

「そっそんなことってなんだよ! 大事だよコミュニケーション!」
「それはそうかもしれないけど、どうも唐突というか……」

 燭台切はそう言った後に、ぽつりと小さな声で付け足す。

「……別に、どう呼んでくれてもいいよ。君から呼ばれる名前に文句はないから」
「えっ……? それってどういう……」

 その言葉の真意が読めず、私は思わず問い返す。しかし彼はその後何も言わず、少し間を置いてから口を開いた。

「それで、君は僕のことをどういう風に呼びたいんだい?」
「あ、えーっと、……」

 なんてこった、呼び方を変えたいと言いつつそもそもその案を考えていなかった。そもそもこんなにあっさりと了承されると思わず、もう少し説得もしくは言いくるめる時間が必要だと思っていたので――彼は簡単には言いくるめられてくれないだろうが――その間に考えよう、と思っていたのだ。私はアホである。
 じゃあ、と一呼吸置いてから、私は恐る恐る案を口にした。

「しょ……燭台切くん、とか」

 数秒後、燭台切は微妙そうな表情で返事をした。

「……なんだか、逆に距離が遠のいている気がしないでもないよ……」
「そっそうかな!? なんでだろう!?」

 鶯丸さんたちを呼ぶように『燭台切さん』よりは近いと思って言ってみたのだが、彼としてはあまりお気に召さなかったようだ。というか一分前にどう呼んでくれてもいいと言っておきながら結局意見を出してくるのはどういうことなんだ。
 まあでも、距離を縮めたいと言っているのに逆効果になりそうだと感じる、という感想を本刃からもらったとなると流石に採用することはできない。じゃあなんと呼べば良いんだ、と私は頭を抱えた。ここでめちゃくちゃ距離が近いあだ名なんてつけようものなら斬られかねないだろう。彼を燭台切から審神者切にさせてはいけない。……まあ流石にしないと信じたいが。し、しないよね?
 そこで私は、ふと思いつく。そうか、それならあえて『燭台切』ではなくて――。

「じゃ、じゃあ……光忠くん?」

 私が自信なさげに言うと、燭台切は一瞬ぴくりと反応した後に、すぐにフリーズしてしまった。
 その様子を見た私は、顔から血の気が引いていく感覚に襲われる。やはり流石にこれは気安い呼び方すぎたのだろうか。あれ、でも、刀の皆にとって刀工の名前になるほうで呼ばれるのってどういう感じになるんだろう。むしろこちらのほうが苗字で呼ばれる感覚に近かったりするのか――そんなことを考えながら、じっと燭台切の返事を待つ。しかし十秒ほど経っても彼の反応はない。

 やはり失敗したか、と思っていると、燭台切が首をわずかに動かして反応する。もしかしたら怒りから呆然としてしまったのでは、と私が身構えると、彼はなんと、少しはにかんで口を開いた。――笑ってる?

「……それで、いいかな」

 予想外の反応に、私は思わず口をぽかんと開ける。い、いいのか、これで。てっきり
「流石にその呼び方はどうかと思うよ」と言われるのを予想していたのに。

 私は何故か慌てて、今の言葉を否定するようなことを口にする。

「で、でも、もしかしたら今後、他の“光忠”の刀が来るかもしれないんだよね。長船派の刀ってすごく多いって聞くし……そうなるとちょっとややこしいかなあ、って今提案してから思ったんだけど……ど、どうだろう?」

 しどろもどろになりながら言葉を紡ぐ私に、燭台切はいつもの真顔に戻る。やはり先程の笑みは幻覚だったのかもしれない、と私が考えていると、彼は今まで見たことも無いような穏やかな雰囲気を纏わせて口を開いた。

「いいよ、君にとっての“光忠”は、僕だけってことになるじゃないか」

 笑っているような笑っていないような形容し難い表情で、燭台切は言う。私は彼の言葉に納得して、頷きながら返事をした。

「ああそうか、他の刀が来たら、その刀の方を別の呼び方にすればいいんだもんね……うん?」

 なんだか今、サラッと恥ずかしいことを言われた気がする。私は燭台切の表情を再度窺うが、彼はいつもどおりの表情に戻して私に視線を寄越した。

「用事はこれで済んだかな。じゃあ僕は自室に戻るね。今日の仕事も頑張ってね、主」
「あ、う、うん、ごめんねこんなことで呼び出して。えーっと……」

 私が言い淀んでいると、燭台切はじっと私の顔を見つめてくる。いつもとは違う雰囲気の視線に何か意味が込められている気がして、私は気恥ずかしくなりながらもその名を口にした。

「み、光忠くん。今日の私のぶんの晩ごはん、ちゃんと残しておいてね」
「……君はもっと雰囲気を大事にしたほうがいいよ」
「なにそれどういうこと!? と、とにかく、今日はゆっくり休んでね! じゃあまた後で!」

 半ば強引に燭台切――ではなく、光忠くんを部屋から追い出して、私はその場にへたり込んだ。

「こ、これで……よかったのかなあ……?」

 なんだかやっぱり別の呼び方のほうが良かった気がする。それにしてもあの燭台切……ではなく、光忠くんの表情はなんだろう。あんな穏やかで優しげな表情の彼を見たのは、もしかしたら顕現以降初めてかもしれない。
 ――――ポジティブに捉えるなら、私に光忠くん、と呼ばれたのがしっくりきただとか、嬉しかった……だとか、そういうことなのだろう。そう思っても、いいのだろうか?
 なんだかとてもいたたまれない気持ちになって、私は畳の上に転がる。明日からちゃんと『光忠くん』と呼べるかどうかが不安だ。……自分で決めたからには、ちゃんと呼ぶけれども。しかしなんだろう、この胸がふわふわする感覚は。
 自分でもうまく説明の出来ない感情に襲われながら、私は遠征部隊の出迎えの準備をするのだった。


prev / next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -