うちの近侍の燭台切は私の扱いが雑 | ナノ
 03

 その後すぐに夕餉の席に滑り込み、燭台切の絶品豆腐ハンバーグはなんとか食べることができ――いつもと変わらない一日を今日も終えようとしている。
 明日からも頑張るぞ、燭台切は厳しいけど、と意気込みつつ、私は寝る前にタブレット端末を手に取る。もしかしたら何か連絡が来ているかもしれない。

「あれ、なんだろうこれ」

 その予想は当たったようで、思わず独り言をこぼす。メールボックスには政府から“審神者だより 八月号”という、どうもゆるい件名のメールが届いていた。……件名からして緊急の連絡ではないだろうが、一応届いた当日に読んでおくか、と私は件名をタップする。
 件名のとおり親しみを感じるようなゆるい雰囲気から始まるこの審神者だよりは、就任半年程度までの審神者に届くメッセージだ。今までに何度も受け取っているが、審神者としてどう過ごすべきだだとか、審神者になった後に悩みがちなことをまとめたりしているいわゆるメールマガジンのようなものである。
 今回は、審神者と刀剣の仲について、というテーマのようだ。

「えー……審神者と刀剣男士……気安い仲になりすぎていませんか? 恋人同士になるなどの関係性については制限していませんが、それでも彼らは一柱の神です……」

 私は内容を口に出しながら読んでいく。就任前の研修で大先輩に言われたなあ、などと思い出しながら、メールの内容を追っていく。その後は、主だからとはいえどんどん距離を詰めようとせず、節度を守り彼らとの関係を築いていきましょう! という文章が続いていた。
 ……そう言われても、逆にこっちに対してどんどん雑になってきているように感じる場合はどうしたら良いのだろうか。ガンガン距離を詰められている気がする、あまりよろしくない方向で。
 最後に、メールはこう締めくくられていた。どうやら、就任後半年が経過した審神者向けのメールということで、このような内容が付け足されているらしい。
 ――審神者になってから半年が経過し、そろそろ執務にも慣れてきた頃かと思います。逆に、刀剣と距離が開きすぎていませんか? 自分の戦績のことばかりを気にしたり、本丸全体ばかりを見ていてはうまくいかないことが多いです。遡行軍を絶対に滅ぼすためにも、彼らとコミュニケーションをとりましょう!

「なんかある程度矛盾を感じるメールだなあ。というか書き方がちょっと物騒だな、いやそのとおりだけどさ……」

 距離を詰めるべきか適度に距離を置くべきかどっちかはっきりしてほしい。……と思ったが、要はそのへんのバランスはうまく考えろよ、ということなのだろう。当たり前のことだが、刀剣の付喪神相手なので今一度考えてみようということを言いたいのだろうな、と当たりをつけて、私はメールを閉じた。
 いまいち中身がないな、と思いつつ読んでいたメールの主題が私の頭の中でどんどん存在感を増していき、一つの悩みの種として成長する。
 私と燭台切の距離は、近いのだろうか、遠いのだろうか。今はある意味で近くないか? と思うが(なんやかんやおまんじゅうもくれるし)、燭台切からしたらやはりあの態度は突き放したくてやっているのかもしれない。いやしかし近侍としての仕事はちゃんとこなしてくれるし、ある程度の雑談には応じてくれる。いくら私のことを怠惰だなんだと罵ってくることがあっても、無視したり反抗的な態度を取ることはほとんどなく、主と刀として険悪な仲とは言えないだろうし――。

「ううん、わからん」

 一度考え出すと沼にはまってしまい、私はぼすん、と布団に倒れ込んだ。
 私も燭台切に言い返すことはあるし、それなりに気安く接しやすい仲であると信じたいが、彼からしたらそれはやめてほしいと思っているのかもしれない。あの態度からは彼の真意を推し量ることができず、私はおでこをこつん、と叩いた。
 そう考えて、私は一つの案を思いつく。こうも悩むくらいなら、彼ともっと打ち解けられるように努力し、本刃と話し合ってみればいいのではないか? 大体どうして燭台切が私に対してあんなに当たりが強めなのかちゃんとわかっていないので、そのあたりを確認しつつ、今後どう接するべきかをちゃんと考えていくのがいいに違いない。
 ここでうまくいったら、彼からの態度がやわらかくなるかもしれない。そうなったら色々とやりやすくなる。いや、決して現状に強い不満があるわけではないが、私だってたまには近侍から甘やかされて仕事をしたい。私の性格上甘やかされすぎると一瞬でダメ人間になることはわかりきっているが、それでも厳しいばかりでは審神者は務まらないのだ!

「よし、燭台切と仲良くなってもっと優しくしてもらおう大作戦、決行だ……!」

 できれば、週に二回ほど晩ごはんのリクエストを聞いてもらえるくらいの仲になりたい。今は週に一回聞いてもらえるかもらえないかくらいだし。
 私は明日からどうしようか、どう仲良くなろうか――今日は昼に少し寝てしまったからすぐに寝られるだろうか、などと考えながら、ゆっくりと瞬きを繰り返す。
 ――その後意識を手放すまで、おそらく五分もかからなかった。

 ◆

 天気に恵まれた翌日の朝、出陣部隊と遠征部隊の見送りを終えた私は、二振りの刀と洗濯物を干しながら昨晩考えていたことを相談することにした。

「……というわけで燭台切と仲良くなりたい作戦を実行したいわけなんだよ」
「どういうわけだ?」
「ううん、かくかくしかじかでは伝わらないかぁ」
「それはそうだろう、漫画じゃあるまいし」

 口元にゆるい笑みを浮かべた鶯丸が首を傾げ、布団のシーツと同化しているかのような色をした鶴丸国永が苦笑を浮かべて口を開く。
 私は、実はね、と一つ言葉を挟み、改めて彼らに説明をする。

「うん、突然なんだけど……私、燭台切ともうちょっと距離を縮めたいんだよね。まずはもう少し親しみを込めた呼び方をしてみるのはどうかなと思うんだけど、二振りはどう思う?」
「何故それを俺たちに話しに来るんだ?」
「ちょうどここを通りがかったので!」
「きみは相変わらず適当だな」
「主は気ままに生きているからな」

 鶴丸さんの問いに、私は無駄に元気よく答え、それに鶯丸さんがのんびりと相槌を打った。――本当にたまたま洗濯物係として作業をしていた二人に声を掛けただけだったのだが、よく考えるとこの刃選で大丈夫か不安になってきた。こちらから声を掛けておいて大変申し訳無いが、彼らが相談役として適切かと言われると少し微妙な気がしてならない。二振りともやるときはやる根は真面目な刀――だと思っている――ではあるが、今がその真面目モードなのかはわからないからだ。とはいえ、彼らは燭台切と関わりの深い刀でもある。私は縁側――鶯丸さんの隣に正座をして、改めて口を開いた。

「まあ本当に偶然ここを通りがかったのは本当なんだけど、鶯丸さんは燭台切さんの祖? みたいな関係性だし、鶴丸さんは伊達の馴染みの刀なので相談しやすいなあ……と、声を掛けてから気づいた次第です」
「ああ、なるほどな」
「納得するところか? というか声を掛けてから気づくのはどうなんだ?」

 流石の鶴丸さんも私の残念な行動には突っ込まざるを得ないようで、真顔で言葉を発した。それから彼はんん、と軽く唸ると、「まあ、そうだな」と続ける。

「鶯丸も俺も、光坊と親しい方だとは思うがなあ。あいつのことできみが相談してくるとなると、うまく助言できる気はしないな」

 鶯丸さんが頷き、鶴丸さんはそれに対して何度目かの苦笑を漏らした。

「ええ? それどういうこと」
「いやあ、まあなんでもないさ。それで、あいつの呼び方を変えてみたい、だったか?」

 鶴丸さんは笑ってはぐらかし、話を本題に戻す。鶯丸さんは持参していた湯呑を傾け、マイペースにお茶を飲んでいた。……この刀、話を聞いているのだろうか。鶯丸さんがこんな感じなのはいつものことなので別にいいけど。

「ああ、うん。ふたりは燭台切のこと、なんて呼んでるんだっけ? あ、鶴丸さんはまさに今聞いたけど……」
「まあ俺は一応昔なじみだからな、光坊だ」

 頷く鶴丸さんに続いて、鶯丸さんが口を開く。

「俺は光忠、だな」
「そ、それか!」

 私は鶯丸さんの呼び名を聞いてハッと気付き、思わずその場に勢いよく立ち上がる。勢いがありすぎて縁側から落ちそうになったが、咄嗟に鶯丸さんが支えてくれたので事なきを得た。あまりに間抜けすぎて少し死にたくなったが、咳払いを一つしてから口を開く。

「やっぱりそれだ!」
「どうした主、突然立ち上がったりして。湯呑は二つあるぞ、茶を飲むか?」
「今何もなかったかのような態度な上にこのタイミングでお茶を進めてくる鶯丸さんのこと好きだよ。そう、やっぱり私の呼び方が問題なんじゃないのかな?」

 急須ごと持参していたらしい鶯丸さんがもう一つの湯呑に私の分のお茶を淹れてくれたので、ありがたく受け取って一気飲みする。湯呑を傾けてからもし熱かったらどうしようかと不安になったが、意外とぬるかったので問題はなかった。次からは確認してから飲もう。

「なあ主、それは俺の湯呑だぞ」
「えっごめん渡されたからつい飲んじゃった」
「それで、何が『それ』なんだ?」
「おい鶯丸、流すんじゃない」

 あくまでも自分のペースを崩さずに話しかけてくる鶯丸さんに向き直り、私は口を開いた。鶴丸さんの湯呑は後で持ってくることにしよう。

「ほら、私、『燭台切』ってぶっきらぼうな感じで呼び捨てにしてるからさ。なんとなく冷たく聞こえるし、これのせいで嫌われているのでは……? って考えたんだけど……」

 私の言葉を聞いて、その場は一瞬なんとも言えない空気に包まれる。無言の二振りの視線が私に向けられるが、それはなんとも形容し難い感情を孕んでいる気がして思わずたじろいだ。な、なんだっていうんだ?
 それから十秒ほどの時間を置いて、ふぅ、と鶯丸さんがため息をついてから言葉を発した。

「……主は光忠に嫌われていると思っているのか、そうか」
「そ、そこから? だって私にかなり厳しいし……そもそも第一印象最悪だと思うし……」

 私が動揺しながらごにょごにょと答えると、いつの間にか隣に経っていた鶴丸さんがにやついた表情を浮かべてこちらを覗き込んでくる。なんだその顔ムカつくな。

「……鶴丸さん、何か言いたいことでも?」
「いーや、なんでもないさ。それで?」

 鶴丸さんがにやにやしながら続きを促してくるので、私は渋々口を開く。

「うん……よく考えたら私って、一部の刀剣の皆以外は『さん』や『くん』を付けて呼ぶんだよね。でも燭台切だけはそのまま『燭台切』呼びになっちゃってるなあ、と昨日気づいて……」
「言われてみればそうだな。まあ、山姥切は違うかもしれないが」
「まんばくんは初期刀だからまた違うかな……何故か燭台切だけ呼び捨てなんだよねぇ」

 我が本丸の初期刀である山姥切国広に対しては呼び方が安定しないのでここだけは例外だ。
 私の言葉に、鶴丸さんは顎下に手を当てて考える素振りを見せて口を開く。

「きみのことが嫌いかどうか、は置いておいて、光坊がきみに対して厳しめなのは事実といえば事実だからな」
「なんでそんな曖昧な感じで言うの?」
「いや、だってなあ……」

 鶴丸さんは鶯丸さんと視線を合わせると、目を細めてふっと笑い頷いた。鶯丸さんもうん、と一つ納得したように頷く。私を仲間はずれにしてテレパシーで会話するのはやめてほしい。
 少し間があってから、鶴丸さんが再び口を開く。

「まあそれはともかく……そう言われると、光坊のきみに対するあたりの強さは、それが原因かもしれないと思わせるものではあるな」
「でしょ? だから『燭台切』という呼び捨てスタイルから『燭台切くん』にチェンジしてみるのはどうかと思うんだよ。……よし! 本人に提案してこよう!」

 私は立ち上がり、「ありがとう鶴丸さん鶯丸さん!」と声を掛けて廊下を駆けだした。これだと相談したというよりも一人で吐き出すだけ吐き出して勝手に決めてしまっただけなので、後で二振りには謝ったほうが良い気がする。しかしまずは燭台切本刃を見つけなければ、と私は足を進めた。それから一つのことに気づいて、ぽつりと言葉を漏らす。

「……あ、後で湯呑持っていかなきゃ」

「相談というか一人で決めていったな、主は」
「まあ、あれはそういう人間だからな。楽しそうでいいんじゃないか?」
「ところできみも洗濯係なのになんで優雅に茶を飲んでるんだ、手伝えよ」



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