うちの近侍の燭台切は私の扱いが雑 | ナノ
 02

 二時間後、無事に遠征部隊の出迎えを終えた私は執務室の中で再びぐったりと机に突っ伏していた。

「おお、うう……疲れた……」
「自業自得な疲れ方だね、主。お疲れ様」
「そうだね私が中途半端な時間に昼寝をしたせいです反省しています……」

 辛辣な燭台切の言葉を聞き、私は一瞬で土下座の姿勢をとった。確かに自業自得なので何も言い返すことができない。燭台切は真顔でうん、と頷くと、明日からの予定を確認しはじめた。
 出迎えが終わり、今日はもう出陣中の部隊や遠征部隊はもういないため、これで仕事は一段落ついたといったところだ。今日の報告書を書いてしまおう、と私は上半身を起こして姿勢を正す。今は夕餉の一時間ほど前なので、これくらい時間があれば仕上げてしまえるだろう。いつもは寝る直前に書くことが多いが、こういう時は早めに片付けておけば後が楽になる。普段は燭台切に叱られることが多いので自尊心がぐにゃんぐにゃんにへたりがちだが、こうして空いている時間を活用していく姿勢の私はえらいぞ、天才だな、と自画自賛していると立ち直れる気がした。今のうちに書き終えて夜はだらだら過ごそう、と意気込んで、私はペンを握り直す。

 ――しかし、やる気に反してどうも筆が進まない。書くべきことはもう脳内でまとめたのにこうもうまく手が動かないのは、燭台切が一緒に部屋にいて、背後から彼に仕事っぷりを観察――いや、監視されている気がするからかもしれない。というかなぜ私の後ろに座っているんだこの刀? もう用事は済んだはずなのに、一向に退室する気配がない。もしや私の寝首をかこうとしているのだろうか。あまりに頼りない審神者だから下剋上を狙っているのかもしれない。……この例えはちょっと違う気がする。
 私の手が止まっているのに気づいたのか、背後では燭台切が動いた衣擦れの音がした。考え込んでいたせいで彼が少し動いただけのかすかな音にも身体が大げさに反応してしまい、びくん、と肩を震わせる。私のその反応に気づいたのか気づいていないのか、燭台切はいつもの調子で淡々と声を掛けてきた。

「主、さっきから硬直しているけどどうしたんだい? 意識はある?」
「あ、あるよ、ただちょっと書き方を悩んでただけで。というか少し動きを止めただけで寝落ちを疑うのはどうかと思う」
「あ……そうだね、ごめんね、主」

 燭台切は珍しく私に対して素直に謝ったかと思うと、私の視界に入る位置――机の角を挟んだ斜め前だ――に座り直して、慈愛に満ちた微笑みを浮かべ口を開く。

「逆にいつも寝ているくらいで接したほうがいいよね、ごめん」
「常時スリープモードで審神者が務まってたまるかよ……」

 この近侍煽りよる。私は思わず燭台切の手の甲にペンのノック部分を突き立てようとしたが、彼はそれを予想していたのか華麗に私の攻撃を避け、ペンは虚しく机の天板を叩いただけだった。それどころか、ちょうどペンの芯が出てくるところに置かれていた私の親指の腹に鋭い痛みが走る。さ、刺さった!

「あっちょっ……いったッ! じ、自爆した! ちくしょう!」
「ちょ、ちょっと主、何やってるんだい。血は出てない?」
「シャーペンじゃないからまだ軽傷だけど……いや……こんなことある……?」

 少し慌てた様子の燭台切に手を取られ、されるがままに親指を観察される。どうやら出血はしていなかったようで、インクが付着しただけで済んだようだ。しかし心のほうはもうズタボロである。親指の痛みと己の愚かさに涙が滲んできた。ああ、なぜ私はこんなに馬鹿なんだろう……?

「大丈夫……みたいだね。君はもう少し、いろいろなことに気をつけたほうがいいよ」
「はい……そうですね……おっしゃるとおりで……」

 私が目に見えてへこんでいると流石に追撃する気にはなれなかったのか、燭台切は広げたままの私の手のひらの上にそっとおまんじゅうを乗せてきた。食べ物で元気になると思われているのもちょっとどうかと思うが、心と身体の回復のために素直に受け取り、口にする。

「おいしい?」
「いろんな意味で心に沁みるよ……おいしいよ……」
「そっか、よかった」

 彼の突然のやさしさに困惑しつつも、私はおまんじゅうを三口ほどで食べ終えて用意されていたお茶で流し込んだ。憐れまれているようで余計惨めな気持ちになりかけたが、おまんじゅうの甘さでなんとか自我を保つ。私は単純な人間なのである。
 それから一呼吸ほど置いて、燭台切は先程確認していたであろう明日からの出陣予定を机の上に広げ、再び口を開く。

「それで、明日からの予定なんだけど……しばらくは戦力強化に徹する、ということでいいんだね?」

 どうやら真面目な話のようだ、と私は居住まいを正す。こういうときの燭台切の切り替えはすごいな、と思いつつ、私も真剣な表情を作って彼に答えた。

「ああ……最近は遡行軍も手強くなってきたしね、そうしたいかなあ。敵をたくさん倒すのも大事だけど、万が一みんなが折れたらいけないし、本丸全体の底上げをしないといずれ行き詰まりそうだからさ。今うちは、夜戦に対応できる戦力がやや手薄だしね」
「うんうん、そうだね。それで良いと思うよ。検非違使の対処はどうしようか?」

 燭台切は私の言葉に首肯しつつ意見を挟みながら話を続ける。

「検非違使ね……出現するようになった時代への出陣はちょっと怖いけど、今までのデータからすると高練度組なら問題なく対応できるから、慎重に行きつつあまり気にしない方向で行きたいな。何にせよ、出陣はしないといけないもんね」
「そうだね、状況によっては僕も出るよ」
「ああうん、燭台切なら安心して任せられるもんね。そのときはよろしく」

 私が笑うと、燭台切は少し間を置いて「僕は練度が高いからね」と短く答えた。
 それから会話が途切れたので私がお茶を口にしていると、彼が私の方に向き直って言葉を発した。

「君も、僕たちの主として立派になってきたね」

 突然の褒め言葉に思わず目を見開く。燭台切は基本、私にやや厳しいのでこのように面と向かって褒めてくることなど滅多に無い。一体どうしたというのだろう? 何か裏があるのか? 買ってほしいものがあるとか? などと考えてしまう自分が悲しかったが、褒められて悪い気はしないものだ。私は思わず頬を緩めて口を開く。

「えっ、へへ……そ、そうかな? まあ就任してもう半年くらい経つし、なんやかんや慣れてきたかも!」
「これで一日に五回くらいある寝落ちさえなければよかったのにね……」
「なんでこの流れで蒸し返すの? どうして上げて落とすの?」

 今までこんな真面目な会話をしてきたのに? と私が思わず真顔になると、燭台切はふぅ、と小さく息を吐いて続ける。

「君は起きている時間のほうが短いくらいだからね、どうしても気になるんだよ」
「辛辣すぎない? 流石にそこまで寝てな…………いと思いますけど………………」

 そんなことはない、と自信をもって言い返せない自分のだらけっぷりに悲しくなった。言葉の最後の方が大変弱々しい声色になったのを聞いてか、燭台切は腹が立つくらい綺麗に笑いながら口を開く。

「そこで言い切れないあたり君は本当に怠惰な審神者だなあと思うよ」
「うっうるせーーー!! ごめんね怠惰で!?」

 私の逆ギレに対し一切動じることなく、燭台切は自分のぶんのお茶を一口飲み、真面目な声色に切り替え真顔で言葉を発した。

「さっきも言ったけど、君、目を離すとすぐ意識を飛ばしている気がするんだ……本当に大丈夫かい?」
「それはもう怠惰とかいうレベルを越して危険だよ……そ、そこまでかな、私」

 悪口なのか心配しているのか絶妙にわかりにくい声色に、私は考え込む。確かに最近はよく寝てしまう気がするが、これはもしや病気だったりするのだろうか? だとしたら真面目に医療機関に行くことを検討しなくてはならない。ただこれで特になんともなかったら私の怠惰っぷりが証明されてしまうので、正直本当に行く勇気は出ないというのが本音である。
 真剣に悩み始めた私に、燭台切が再度声を掛けてくる。

「でも君がすぐに寝てしまうのはやっぱり自己管理の甘さな気がするよ。昨日も遅くまで本を読んでいたことを知っているからね、僕は」
「えっなんでバレてるの!? 怖!」

 何故私の夜更しの理由を知っているのだ、と思わず身体を抱える。いくら近侍とはいえ寝ずの番を任せているわけではないし、昨晩燭台切と最後に会ったのは夕餉の時間のはずだ。この刀もしやエスパーか?

「そこに積んである二十冊くらいの本が見えないと思っているのかな」
「あっすみません片付けます」
「そうだね、自室とはいえ散らかしておくのは良くないよ」
「はい……」

 ただ私が間抜けで片付けられない審神者なだけだった。私は肩を落としながら、本棚に出しっぱなしだった本を収めていく。
 ――審神者である私に厳しめのこんな彼は、巷ではホストっぽい見た目に反して優しく穏やかなお兄さん刀として有名な燭台切光忠と同一刃物である。
 なぜうちの燭台切はこんな感じなのかというと、それはおそらく私自身が原因だったりする。私は数年前、彼を顕現させたときのことを思い出す。

 ――この本丸の近侍、というか私の補佐である彼は燭台切光忠、長船派の太刀だ。我が本丸では最初に顕現した古参の太刀で、何が何だかわからないまま審神者として突っ走っていた私と、戦力がまともに揃っていない初期の本丸を共に支えてくれた功労者、いや功労刀である。
 私が審神者になる前も燭台切光忠に関する噂はよく聞いていて、どうやら見た目に反して一人称は僕だし俺様系ではなくて優しげで結構穏やかだとか、だが決してそればかりではなく戦においては武人然としたその振る舞いがなかなかにかっこいいと評判だ、だとか、いろいろな話を聞いたものだった。
 その噂通り、他本丸では審神者をよく支えてくれる優しい刀と聞くことが多いが、この本丸、というか私の顕現させた燭台切光忠は――

「多分寝落ちしてしまったせいで片付けられなかったんだよね? やっぱり本当に寝すぎじゃないかな、君がしっかり覚醒しているのをほとんど見たことがないよ、僕」
「流石にそこまでは寝てないよ失礼な」

 ――と、私に対してずけずけと物を言うし、扱いは結構適当というか雑だし、まあまあ厳しい。
 その原因も、なんとなくわかっているような、いないような――という微妙なところだ。私は彼の顕現時に思わず「顔面がホスト」などという見た目の批評コメントを出してしまったので、第一印象はそれなりに悪かったに違いない。私が部下だったら、初対面でいきなり顔について何か言ってくる上司なんてめちゃくちゃに嫌である。なので、彼からの刺々しい態度や扱いの雑さは仕方がないな、と考えていたりする。
 そんな出会いだったせいでそこからちゃんと畏まって接しようとしても微妙な空気になるし、そもそも私がポンコツ審神者だったため、刃数(にんずう)が少なかった初期の本丸では流石に誰かが口を出さざるを得なくなってしまい、燭台切が私の近侍となることが増え――そこから、彼本来の性質が狂わされてしまったのでは……と、当たりをつけている。こんな主だったせいでかっこよくて優しい燭台切光忠として顕現できず申し訳ないな、と常に申し訳無さを感じているところだ。……それにしてはちょっと言い過ぎじゃない? と思うことも多々あれど、自分のせいでもあるのでもう半分諦めている。
 しかしながら、と私は時折考える。確かに彼らのほうが高位の存在なので下に見られるのは覚悟していた、というか当然かもしれないとは思っていた。が、最近はなんというか、ただの人間目線で人として下に見られている気がするので、私は大変複雑な気持ちを抱えていた。とはいえ原因は私自身にあるのでほとんど反論はできない。いやでも私、一応この刀の主で上司なのに……? こんなに言われることがあるのか……?
 出ていた本を全て本棚にしまい終えて燭台切のほうに向き直ると、彼は自分のお茶を飲みながら私の悪口を再開した。

「でも君、毎朝寝ながら朝餉食べてるじゃないか」
「いや目開けて食べてるだろ起きてるよ! 確かにたまにこぼしてるけど!」

 あまりに眠い日は時折こぼしてしまうこともあるのである。やだ、私みっともなさすぎ……?

「幼子じゃないんだからちゃんと食べてね。ああ、こんな主だなんて本当に恥ずかしいよ……君はきっと生まれ変わってもよく寝る子になるんだろうなあ」
「わ、悪かったなこんな主で!」

 この短い会話の中で二回も悪口を言われたので流石に心が折れそうである。なにも来世まで心配しなくてもいいではないか。余計なお世話である。……にしてももしかして私、朝もがっつり寝てるのかな……? と、私が真面目に考え込む素振りを見せると、燭台切は「それで」と言いながら、湯呑を机の上に置いた。

「……主、何か言うことはないのかな?」
「あっ……えーっと……」

 燭台切が微笑む。多分これは私が何かを忘れているんだ、と頭を必死に回転させて、はっと気づく。そういえばあれを言っていなかった気がした。

「で……出迎え前に起こしてくれてありがとうございます」
「どういたしまして」

 起こしてもらったのは事実なので仕方がない、と私はきっちり頭を下げて燭台切に礼を言った。
 それで終わるかと思いきや、燭台切は更に私に追撃をしてくる。

「少し衣服が乱れているし、変な体勢で寝ていたせいか顔と頭が大惨事になっていたときはどうしようかと思ったよ」
「人の顔に大惨事とか言うか普通? ……いや、燭台切が言うくらいだからヤバイんだろうけど……はい……すみません……」

 私は微妙な顔をしながら頬をなでた。夕方からロクに直せていない現在、化粧崩れが限界に達している気がした。

「もう一日が終わるとはいえ、流石にその格好で皆の前に出るのはちょっとね。夕餉前に、少し整えてきたらどうかな?」
「はい……」

 もう何も言えなくなり、私はしょんぼりと短い返事をした。確かに彼の言う通り、夕餉は本丸中の刀が集まるので、あまりだらしない格好を見せるわけにもいかない。いくら親しみやすさが売りの審神者だからといって(?)、主としての振る舞いは忘れるべきではないことには違いないのである。
 身支度を整えてくるためにのそり……と立ち上がると、少し間を置いて燭台切が話しかけてきた。

「……今日の夕餉は君が好きな豆腐ハンバーグがあるから、早く来るんだよ」
「えっ本当に! ありがとう流石燭台切くん!」

 一瞬で元気になって私がぱっと顔を上げると、燭台切は湯呑を二つ回収して同時に立ち上がり、部屋を出ていくために襖を引いた。

「早く来ないと僕が全部食べるからね。今日のは我ながら自信作なんだ」
「あっアメが来たと思ったらムチだったこのやろう! は、早く準備するからそれだけはやめて!」
「そうだね、早くおいで。じゃあ、また後でね」

 そう言って、燭台切は頭を下げると私の部屋から退室した。私に対して色々言うことはあっても、こういう礼儀は忘れない刀なので憎めない。
 私は手早く顔を直しながらぽつりと呟く。

「……というか、晩ごはん前におまんじゅうをくれたのは優しさだったのかなあ」

 普段は「あまり間食するのはどうかと思うよ」くらいは言うのに。
 燭台切の厳しさがよくわからなくなって、私は急いで部屋を出た。



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