うちの近侍の燭台切は私の扱いが雑 | ナノ
 01<注意書き含む>

☆注意点

・『幼なじみの光忠くんは私の扱いが雑』の前世版を想定していますが、あまり繋がりはないのでどちらから読んでいただいても問題はありません。

・名前変換なし
・燭台切光忠から雑な扱いを受ける女審神者
・審神者に対して厳しいし扱いが雑な燭台切光忠
・やや口が悪い燭台切光忠/なかなかに口が悪い女審神者
・格好良くない燭台切光忠

以上の要素が全て大丈夫な方のみお読みください。よろしくお願いいたします。



――――――――――






 審神者たる職業についているからには部下である刀剣男士に威厳を示さねばならない。彼らは元は人につくられた存在かもしれないが、審神者よりも格上の存在であり、この戦いにおいても協力してもらっているにすぎない。だからこそ審神者としてふさわしい態度があり、彼らにはそれ相応の態度で接するべきなのだ、と教えられたのも、もう数年前のことだ。
 ――決して侮られぬように、私達が相手にしているのが人外の存在であることを忘れず、自らも誇り高くあるべきだ。それを常に自覚して審神者としてかくあるべし。
 講師を務めていた、私達よりもずっと先輩の審神者がそう言っていたのをよく覚えている。彼らに気安く接するな、友達、まして恋人関係になるなど烏滸がましいことだ。繰り返すが、彼らはまがりなりにも神である。そのことをゆめゆめ忘れるな、と。
 新人審神者の頃はずいぶんとその言葉に怯え、そして困惑していたものだ。私はとても真面目で厳格な性格とは言えず、堅苦しすぎる関係性をもつことが大変苦手だった。そのため、できれば彼らとは仲間として打ち解けて戦っていきたい――そう考えていた矢先に、あの講習があったからである。しかし、大先輩の言う事ならば、と私は覚悟を決める他なかった。
 いざ審神者として本丸に着任した際は、初期刀にかしこまりすぎて逆にぎこちない関係になったり、初めて鍛刀した短刀のかみさま――今や君付けで呼ぶほど気安い仲になってしまった――には「もっと砕けて接してくれ」と言われてしまったこともあった。大先輩の審神者と刀剣男士、どちらの言葉に従うべきか混乱したが、結局は現場にいる者が全てなのだし、これから関係を作っていくべき刀剣の意見を尊重すべきだ――という考えに至った私は、混乱しながらも段々と敬語や堅苦しい振る舞いを崩していった。
 それからはちゃんと自分の考えを言えるようになり、初期刀とも無事打ち解けることができた。
 本丸という隔離された地でのいわば住み込みの仕事だ、同居人たちとのコミュニケーションは何よりも大事なのである。引退した大先輩の意見は古いんだよ、今は新たな時代が来てるんだぜ、と脳内で砂かけをしながら、私は刀剣の皆とほどほどに打ち解ける努力をしていた。先達の意見を大事にしない後進でごめんなさいという気持ちは常にちょっぴり持っているので許してほしかった。
 とはいえ、もちろん彼らに対する敬意は忘れない。尊敬、というと少し違う気もするし、どうにも形容し難い感情を持っているが、彼らのことを下に見ている気は一切ない。初めて顕現させる刀剣男士には畏まった挨拶をするし、もしこういう態度が嫌だったら言ってくれ、私なりにちゃんとするから、と言ってある。まだ就任したばかりの新人の本丸なのでほんの数振りしか顕現させていないが、今の所皆私の態度に嫌悪感を示さず、それなりにコミュニケーションをとってくれているので、この方向性で間違っていないと思いたかった。
 ――そう、今まではうまくやってきていたのに、なぜこの刀の目の前ではこんなことを言ってしまったのだろう?

「――僕は、燭台切光忠。青銅の燭台だって……」
「うわっ顔面ホストじゃん……かっこよっ」
「は?」

 この本丸初めての太刀、燭台切光忠は腹が立つほど綺麗でかっこいい顔を崩してぽかんと口を開け、困惑する表情を見せた。
 この本丸に来てから、刀剣男士にあんな顔をされたのは初めてだった。



 書類仕事に一段落がついて、私は顔を上げた。単調な作業に飽きてきて、脳内ではなんとなく数年前のとある刀を顕現させたときのことを思い出しながら進めていたが、いつの間にか終わってしまったらしい。書き間違いがないか、紙の上に視線を滑らせてチェックしていく。
 感情もなにも感じられないような数字の文字列にはきっと睡眠に誘う効果があるに違いない。私は一通りのチェックを終えると書類を机の端に避けて、ふああ、と大きなあくびを漏らして机に突っ伏した。
 執務室の中で目を閉じて微睡んでいるこの時間は至福だ。いっそこのまま眠ってしまおうか。しかしまだ全てが片付いたわけではない、そろそろ起き上がらなくては、ああ、でもあまりに眠い。ちょっとくらいならばいいか、そう悪魔が囁いている。
 ――大体、そんな甘言を囁かれる時は、そのとおりにいかないものだけども。
 意識が消えたり戻ったり、というふわふわとした時間を過ごしていると、私の背中に小さな衝撃が伝わった。その音が体内に反響して、ゆっくりと意識が引き戻される。

「……るじ」

 誰かの声も聞こえる。この聞き覚えのある心地の良い、しかしほんの少し棘を感じる低音の声は――。
 私は、ぱちり、と目を開けた。

「あ……あれ!?」

 ばっ、と身体を起こして、周りの状況を確認する。それから、先程までは執務室にいなかった誰かが私を起こしに来たのだ、と気がついて、私は視線を動かしてその声の主を探した。――しかしその姿は見つからない。もしや幻聴だったのか、と私は大きなあくびをこぼして、それから横になろうとした。

「リアルな夢だな……」
「二度寝しない」
「いった!」

 しかし次の瞬間、呆れ返った声が頭上から振って来たと思うと、私の身体は後ろから両腕を引っ張られて無理矢理に引き起こされた。な、何だ!?

「い、痛い! 背中や首が痛い! 筋がなんか変な風に引っ張られてる気がする!」
「多分それは君が変な体勢で寝ていたからだよ、むしろ身体がほぐれていいんじゃないかな?」
「あっそれはそうかも! ……いややっぱり痛いんですけど!?」

 私は思い切り首を後ろに向けながら、ストレッチなのか組技なのか判断し難いラインで仕掛けてきている相手に向き直った。

「も、もっと普通に起こしてよ、燭台切!」
「よかった、起きたんだね」
「えっなぜ微笑みを浮かべ……? 今微笑むタイミングじゃなかったよね……? 怖……」

 口元に笑みを浮かべたのちに私を解放した燭台切は、一瞬ですんとした表情に戻って私の目の前に立つと、こちらを見下ろしてきた。なんだこの威圧感。純粋な恐怖を感じる。……ただ、彼がおそらく少し怒っていて、その理由もなんとなく想像がつくので、私は自然と正座してしまった。
 無表情のまま、燭台切が口を開く。

「主、寝ていたよね?」
「はい……」

 申し開きのしようもございません、と私は縮こまった。私はあろうことか、執務室の中で昼寝をしていたのだ。
 素直に返事をした私に向かって燭台切は続ける。

「しかも座って寝ていたのにも関わらず今度は横になって二度寝しようとしたよね」
「はい……燭台切が起こしてくれたのは夢かな? と思って今度はちゃんとした体勢で惰眠を貪ろうとしました……」
「素直でよろしい」

 燭台切は膝を折ると、私の目の前に座り込み、机の上の書類を確認しはじめた。順番がぐちゃぐちゃになっていた書類たちが、燭台切の手によって正しいものに直されていく様を見ながら、私は彼の言葉を待つ。

「お仕事はあらかた終わっているみたいだけど、この時間にお昼寝するのはどうかと思うよ。今から遠征部隊の皆の出迎えもあるよね?」
「う、ごめん……ちょっと疲れちゃって、ほんの少し微睡んでただけだから大丈夫!」

 私がこの期に及んで必死に言い訳を口にすると、燭台切は私に向かってため息をついてくる。それは非常に重く、私に対する失望が感じ取れるやや刺々しいものだった。しかも何も大丈夫じゃないよ、と言いたげなこの表情。……まさか、と私は恐る恐る壁時計に視線をやる。

「もう夕方だよ」
「そ……そんな寝てた!? そんな! さっきまでは午後二時だったのに!」

 私は慌てて自分の腕時計と壁時計を見比べるが、二つの時計の針は間違いなく先程から二時間程度経っている時間を示していた。な、なんてこった、最低な言い訳をしている場合じゃない!

「で、出迎え、出迎え行かないと!」
「そうだね、でもそんなよだれがついた顔でみんなを迎えるのは失礼だと思うよ」
「嘘!? か、髪、髪もやばい、ぼさぼさだ!」

 私があたふたと慌てていると、燭台切が私に櫛を差し出してくるので、それを「ありがと!」と受け取り、雑な手付きでざかざかと髪を梳き口元をぽんぽんと拭う。

「よし! これでいけるな!」
「……主、一度鏡くらいは見ようよ」

 燭台切からの冷たいツッコミを受けて、私は無言で鏡を手に取りささっと顔をチェックする。

「……よし! これでいけるな!」
「それは言い直さなくてもいいよ。じゃあ行こうか」

 燭台切はそう言うと足早に執務室を後にした。こいつ私のことを待とうという気はないのか? と思いつつ、慌てて彼の姿を追いかける。

「待って置いて行かないで……うわ速ッ! も、もう姿が見えない!」

 一瞬で廊下の先まで進んだのか、もうすでに遠くに見える燭台切を見て思わず叫ぶ。彼は私よりも遥かに足が長い上に容赦なく私を置いていくのでこの距離感は当然と言えた。……当然か? 主のことは待つべきではないだろうか? しかし居眠りしていた私が悪いから何も文句を言えない。

「く、くそ、脚が長いからって……! ま、待って、燭台切ーッ!!」

 叫びながら燭台切を追いかけると、彼が一度立ち止まって私を振り返り、それからすぐに歩き始めてしまう姿が見えた。……一度止まったんなら、そのまま待っててくれてもいいのに。



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