うちの近侍の燭台切は私の扱いが雑 | ナノ
 修行編:5

 晩ごはんを食べ終えた私は部屋に戻り、入浴準備をしながら悶々と考える。
 先程広間から出るとき、まだ光忠くんは食べ終わっていないようだったので声を掛けるのは控えた。もしかしたら私のほうを一瞬見てくれたりしないだろうかと視線を送ってみたものの一回も目は合わなかったし、今から探しに行こうにも、もうすぐ光忠くんの入浴の時間になってしまうだろう。今から行くとなるともしかしたら脱衣所で出会ってしまうかもしれないし。それはあまりにもタイミングが悪すぎる、と私は一つ嘆息を零して諦めた。
 しかし、この本丸に就任して以来こんなに避けられたことはあっただろうか。いや、多分ない気がする。最初はまだよそよそしい場面もあったが、それは打ち解けられていなかっただけだった。今の状況とはかなり違う。

「ああ〜早く謝らないとなのに……」

 私は畳の上でごろごろと転がる。そうこうしている間に自分も入浴しなければまずいという時間になり、私はのっそりと立ち上がって渋々風呂場へと向かった。
 ――それから、約一時間が経過した。入浴を終えてから眠る準備をした後、私は自室を抜け出して冷え込む廊下をやや早歩きで進んでいく。
 流石に光忠くんももう自室にいるだろうと部屋を尋ねてみるが、部屋の中からは返事がない。まさか返事もしてもらえないほど怒っているのかと青ざめたが、厨で会ったときの様子からして一応こちらに返事はしてくれる気はする。意を決して襖を少しずらして中を覗いてみると、光忠くんはおらず部屋はもぬけの殻だった。

「あれ」

 まさかいないとは思わなかったので拍子抜けして、私は近くの刀の部屋に行ってみることにした。もしかしたら仲の良い刀の部屋に行っているのかもしれない。
 しかし結果から言うと、光忠くんはどこにもいなかった。大倶利伽羅くんや貞ちゃん、鶴丸さんの部屋を尋ねてみても全てハズレだったのだ。
 最後に尋ねた鶴丸さんにも「うん? しばらく光坊のことは見かけてないぜ」と答えられ、私は思わず鶴丸さんの部屋の中で膝から崩れ落ちた。

「さ、避けられてる……!!」
「なんだ主、やっぱり光坊と喧嘩でもしたのか?」

 鶴丸さんは困ったように笑いながら言った。私はそのまま畳の上に座り込み、鶴丸さんに問いかける。

「『やっぱり?』ってことは、私ってそんなにわかりやすく落ち込んでる……?」
「……まあ、きみがというよりは……」

 鶴丸さんは含みのある笑みを見せたあと、わざとらしく明るく笑ってから言った。

「とりあえず早く仲直りしてくれよ、きみたちが気まずい雰囲気だとみんな気まずくなるぜ!」
「そんなに本丸の空気を握っちゃってるのか私達って……会う刀みんなに言われるんだけど」
「そりゃあそうだ。まあ、とりあえず今日はやめておくといい、明日以降だな!」

 さあ眠った眠った、と鶴丸さんに部屋に帰るように促され、私は肩を落としながらとぼとぼと自室へ帰る。もしかしたらこの間に偶然出会えたりしないだろうかとかすかな期待を抱いてみたものの、そんな小さな奇跡は怒らなかった。
 あっという間に自室に到着し、私は緩慢な動作で布団に入りゆっくりと横たわる。目を閉じてみたものの、しばらくは眠気が来る様子はなく、天井をぼーっと眺めながら今日のことを考えていた。
 ……そういえば、一日が終わる前におやすみの挨拶をしないのも久しぶりだったような気がする。
 明日に持ち越したくなかったのに持ち越してしまった、明日はちゃんと謝れるだろうか――という不安に襲われながらも、段々と意識は遠のいていった。


 まぶた越しに眩しい光が伝わって来て、私はゆっくりと目を開けた。こういう起き方をするのは久しぶりな気がする、と考えながらうんと伸びをして、やや来崩れていたパジャマを直してから枕元の目覚まし時計の方を見やった。……そういえば、昨日セットしてから寝ただろうか、というか鳴ってなくないか? と嫌な予感に襲われつつ、私は時計の針が指す数字を恐る恐る確認した。

「……は? うわーーーッッッ!?」

 短針はまさかの十時あたりを指していた。そんなことがあるか? あってしまった。大寝坊である。一瞬理解できなくて時計に向かってメンチを切ってしまったがそんなことをしている場合じゃない!
 私は大慌てで起き上がっり洗面所に向かう。そのまま俊敏な動きで顔を洗い化粧水を顔に叩き込みながら脳内で己をビンタし続けていた。勢い余って現実でも自分の顔に勢いよく張り手をかましてしまったがもうそんなことはどうでもいい。
 今日は休日でもないのにとんでもない寝坊だ、いつもならもう朝食もとっくに終えて今日の指示を出して出陣中の彼らを見守っているくらいの時間なのに! しかもよりによって何故今日寝坊してしまったんだ、一刻も早く光忠くんに謝らないといけないのに――と考えて、私ははっとして一瞬動きを止める。そうか、光忠くんが起こしに来なかったからこんなにも豪快な寝坊をかましてしまったのだ。
 私が寝坊したことは確実に察しているだろうに、この間に光忠くんは部屋に来る様子がなかった。やっぱりまだ怒ってるんだなあと痛感しながら、私は大急ぎで身支度を終えて自室を出た。
 ――廊下を小走りで移動しながら、昨日光忠くんに言われたことを思い出す。
 何が仕事は一応ちゃんとこなす審神者だ、光忠くんに支えてもらわないと朝ちゃんと起きることもできないダメ人間なのに、彼のその評価すらも昨日の今日で裏切ってしまうなんて。光忠くんに成長してほしくないなどとほざいておいて、審神者としても人間としても成長できてないのは私のほうだった。この大馬鹿審神者が……!
 一度執務室に駆け込むと、今日の遠征部隊は予定通りに出発しており、出陣は待機命令が出ているままだった。そういえば今日は夜に出陣予定を組んでいたんだった、と一瞬ほっとしてしまう。となれば、と私は踵を返して執務室を出た。早く謝ろう、私の真意を伝えよう!
 私は最早走っているのに近い速度で早歩きをしながら道場へ向かう。今日の光忠くんは手合わせをしているはずだから、流石にここにいるはずだ。
 道場のそれなりに重い戸を勢いよく横に引く。今ばかりは重さも気にならなかった。

「ごめんね寝坊した!!!!」
「主は声が大きいな」
「なんだ!? 道場破りのような勢いで来て寝坊宣言とはどうしたんだ!?」

 近くで手合わせをしていたらしい鶯丸さんと大包平さんが各々の反応を見せた。確かに突然道場破りの勢いでやってきて寝坊しましたとは一体何事かと思うだろう。
 私が来たことに気づいたらしい――というか気づかないほうがびっくりだ――まんばくんがこちらに駆け寄ってきて、汗を拭いながら声を掛けてきた。

「主、大丈夫か?」
「私の情緒が? 大丈夫じゃないけど……」
「それは見たらわかる。というか寝坊だったのか? 燭台切からはあんたの体調が優れないから、午前中は代理で指示をすると聞いていたが」
「あ……え?」

 そうなんだ、と私は思わず呆然とする。そのまま遅れて道場内を見渡してみると、光忠くんの姿はなかった。私の代わりにどこかで指示を出してくれているのかもしれないと考えて、心臓あたりが痛みだす。もう何をやっても迷惑しか掛ける気がしない!
 私が情けなさから頭を抱えていると、手合わせの手を止めてこちらの様子を窺っていた鶯丸さんと大包平さんも会話に加わった。

「まあ実際、主は昨日の夜元気がなさそうだったからな。てっきり体調を崩したんだと思っていたが」
「それは燭台切と喧嘩したからじゃないのか?」
「そう、喧嘩っていうか私が怒らせちゃって……謝りたくて」

 昨日の夜から何度もした説明を口にすると、私の背後に誰かの気配がした。ざり、と靴裏と土が擦れる音が響いてきて、私は思わず振り返った。

「――主?」

 そこには昨日の夜から探し回っていた刀が佇んでいた。光忠くんは軽く目を見開いて、少し驚いたようにこちらを見つめている。昨日のすんとした表情とは違って、いつもどおりの光忠くんに見えた。まるでもう怒っていないみたいに見えて、私は一瞬呆けてしまったが、やっと探し刀を見つけたのだ。まずは謝らねば、と背筋をしゃんと伸ばして彼に向かって声を掛けようとする。――が、先に光忠くんのほうが私に向かって口を開いた。

「……具合はどう?」
「ごめんね、ただ起きられなかっただけだから、気遣いありがとう……あと、指示も……」

 そこまで言ってから私の背後には刀が何振りも集っていることに気がついて、はっと一瞬振り返った。
 まんばくんが無言で頷いてからそこを離れ、古備前の二振りも何気なく戻っていって「手合わせに戻るか」「俺は休憩をしたいが」「鶯丸お前はまだ汗すら掻いていないだろう!」という会話を交わしていた。皆の気遣いが身に染みる。
 私はもう一度光忠くんの方を見やって、「場所変えてもいいかな」と道場裏を指差すと、彼はああ、と頷いて移動をすることになった。
 ――道場裏に人気はなく、ただ道場内から手合わせ中のみんなの声が時折響いてくるくらいだった。私は恐る恐る光忠くんの顔を覗き込む。やはり昨日よりも前と同じいつもと変わりのない表情に見えて、私は少し安堵しながら口を開いた。流石にここまで来たら、心はある程度落ち着いていた。

「私の顔見たくなかったかもだけど、ごめん……」
「そんなことは、ないけど」

 光忠くんは少し話しにくそうに返事をすると、少しだけ目をそらしてから言った。

「……君こそそうじゃないのかい?」
「ええ? そんなことないよ、昨日光忠くんの部屋まで行ったらいなかったから、避けられてるのかと思って」

 私の返答を聞いて、光忠くんはこちらに視線を戻した後に数回瞬きをしてから答えた。

「そう、なんだ? ……じゃあ、君が昨日自室にいなかったのって」
「……ん?」

 あれ、もしかしてすれ違ってたりしたんじゃ――と私が昨晩のことを聞き返そうとすると、光忠くんは気にしてくれるなと言うように一つ咳払いをした。深追いはしないほうが良さげだな、と思って、私は口を噤む。でも、光忠くんが私を尋ねてこようとしてすれ違っていたんだとしたら少しだけ嬉しかった。少なくともあからさまに避けられていたわけではないようで、ほっと胸をなでおろす。

「それで、どうしたんだい?」
「あ、それで、えっと!」

 そうだ、謝るために来たのに。私は光忠くんに頭を下げながら、昨日ちゃんと言えなかった言葉を口にした。

「昨日は本当にごめんね、私、光忠くんに成長してほしくないなんて思ってないよ。むしろ成長はしてほしいと思ってる……ただ、今の環境が変わっちゃのが本当に怖くて、あんなことを言っちゃったみたい。ごめん……」

 一呼吸挟んでから、私は謝罪を続ける。

「なんやかんや光忠くんと過ごす日々ってすごく幸せだし、私に対してはやや厳しいくらいがちょうどいいって思ってて」
「……うん」

 彼は静かに私の言葉を聞いてくれている。私は顔を上げて、光忠くんの表情を見やった。――いつもと変わりのない顔だが、それは穏やかな表情に見えた。

「修行に行ってほしくないなんてこと、ないよ。光忠くんが望むなら行ってきてほしい」

 なんとか伝えることができた。光忠くんはなんと言うだろう、これで許してくれるんだろうか――そう思って彼の表情を窺っていたが、光忠くんは私の方をじっと見たまましばらく動かなかった。どうしよう、やっぱり取り返しのつかない発言だったんだろうか? 今はもう怒っているようには見えないけど、傷つけてしまったことには変わりないだろう。
 私はダメ押しとばかりに、またも口を開いた。

「だから、これで仲直り……は、できない?」

 いつの間にか、道場からも声が聞こえなくなっている。静まり返った道場裏で、私は光忠くんからできるだけ視線をそらさないように返事を待った。
 それから数秒の間があって、彼がため息をついた。

「ごめんね、僕も大人気なかったよ。少しショックだったとはいえ、らしくないことをしちゃったね」
「あ……そんなことないよ、悪かったのは百パーセント私の方だから!」

 許してもらえただろうか、と私は思わず光忠くんに一歩近寄った。彼は髪の毛を少しだけくしゃりと乱してから己を責めるように言う。

「特に君の食事に関してミスしたものをそのまま出すなんて、一生の不覚だよ……」
「あ、昨日のうどんの話? 何もそこまで落ち込まなくても」

 やっぱりあれは光忠くんの仕業だったようだ。山盛りにされた上でネギのお皿もついていたのが絵面的にはちょっと面白かったとは言えまい。

「そうだよ。あの後、主にどう接しようか悩んでいたらつい盛ってしまって……それに気づかないまま出しちゃったんだ、本当にごめんね」
「うん、光忠くんがご飯で嫌がらせするようなタイプじゃないのは知ってるから大丈夫だよ。好き嫌いがよくないのは事実だし……」

 あれは実際に手元が狂ってしまったのに加えて、そのまま私に出してしまった後に後に引けなくなって通りがかった際にあんなことを言ってしまっただけのようだった。

「それにほら、かまぼこも多めに入れてくれてたし、単なる具盛りだくさんのうどんだったから!」
「うん? ごめん、それも偶然だと思うよ。多分うまく切れていなかったんじゃないかな」
「あそうなの!? ぬか喜びしちゃったじゃん!」

 あのときは仲直りしてもいいよの証かと思って大事に食べたのにまさかの偶然だった。光忠くんはしばらく困惑していたが、私の様子が面白かったのか顔を背けて少し笑っていた。か、勝手に勘違いしてしまって恥ずかしい!

「ごめん、冗談だよ。それは確かに君のぶんにだけ意図的に入れたから」
「な、なんで冗談挟んだの……?」
「美味しかったかい?」
「う、うん。ありがとう」

 感情のジェットコースターに振り回されながら私はお礼を口にした。
 そこで一旦会話が止まってしまったので、私は間をもたせるために口を動かす。

「修行、政府から通達が来たらすぐに行っていいからね! あっいやもちろん光忠くんが行きたくなったときでいいから!」
「うん、ありがとう」
「でも行くときは二週間くらい前に言ってね、私が覚悟を決める時間がほしいから」
「わかったよ。もちろんそうするさ」
「それで、えーっと、つまり……」

 後は何を言おうと思っていたんだっけ、と、私はしどろもどろになって指を回したり手を組んだり挙動不審になりながら言葉を探す。そうだ、一番伝えたかったことは――

「み、光忠くんが大好きだから遠くに行かせたくないけど! でもやっぱり強くなって帰ってきてほしいから……! その時はちゃんと見送るよ!」

 思いの外大きい声が出て、私の頬にかっと熱が集まってくる。私は突然何を言い出しているんだろう、これは最早告白だ。好きなのは間違いないので全然良いんだけど、いやでも空気を大事にしたかった!
 私の謎告白を聞いた光忠くんは口元を抑えてしばらく声を発さなかった。ごめんな恥ずかしいことを言う主で、と恥じ入る気持ちで思わず顔を覆う。
――でも、指の隙間から見える光忠くんの顔も結構赤くなっている気がした。
 やや間があってから光忠くんが私の方に向き直り、私の頬に片手を添える。まさか触れられると思っていなくて、私はほんの少し身をこわばらせた。
 やわらかい笑みを浮かべて光忠くんは言う。

「君のために強くなって帰ってくるよ」
「……うん、ありがとう」

 何というべきかわからなくなり、私は微笑むことしかできなくなった。それから私達の間にはなんともいえないふわふわとした空気が流れ始める。む、むず痒い。普段の光忠くんと私の間柄では考えられないほどのラブコメ空間と化していてそろそろ耐えられなくなりそうだ。身体が崩壊するのが先かもしれない。
 しばらく私に触れたままだった光忠くんはゆっくりと手を離すと、あ、という顔をして道場のほうに視線を向けた。

「今さっきの主の言葉、多分道場にいるみんなに聞こえちゃったけど……いいのかい?」
「あっ!?」

 そういえば結構な大声だったので、先程の私の声は道場にも響いていたかもしれない。私の顔はまたも真っ赤になっていった。

「……い、いいよ! 本心を聞かれてもなんにも恥ずかしくないし!」
「っはは、そっか」

 ……大胆な告白は女の子の特権だのなんだの言うし、まあいいか。
 私は一度伸びをすると、光忠くんに向かって口を開く。

「じゃあ仕事しないとだね! 午前中にできなかったことをすぐ終わらせないと……」
「ああ、そうだね。手伝うよ」

 これでどうにか元通りになるだろうか。私はほっと胸を撫で下ろして振り返り、少し上にある光忠くんの顔をじっと見つめる。

「どうしたんだい?」
「いや、私って本当にアホだったなーと思って。修行に行っても行かなくても、私の光忠くんの根っこは、きっと変わらないままなのにね」

 ……今またうっかり恥ずかしいことを言った気がするけど、もう気にしないでいこう。
 私は逃げ出すように執務室に向かって走り出す。追いついてきた光忠くんに「さっきのもう一度聞かせてくれないかな」と言われて執務室からも逃げ出す羽目になるのだが、それはまた別の話だ。


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