うちの近侍の燭台切は私の扱いが雑 | ナノ
 修行編:6


 光忠くんと仲直りをした翌日のこと、私は珍しく自然に目が覚めた。寝起きにしては意外と思考がクリアで、やっぱり仲直りできたことで気持ちがすっきりして早く起きられたのかもしれない。素晴らしくいい朝だなあ、私ってめちゃくちゃえらいなあ、と自画自賛していると、聞き馴染みのある足音が自室に近づいてきた。光忠くんが起こしに来てくれたようだ。

「主、朝だよ、起きているかな? 入るよ」
「珍しく起きてるよ〜、どうぞ」

 私が上機嫌で返事をすると、一瞬返事がない無言の時間が訪れる。それから、光忠くんは珍しく動揺した様子をありありと顔に出しながら言った。

「ほ……本当に珍しいね、明日は雹でも振るのかな」
「実際に降ってもおかしくないだろもう真冬だよ!」

 そんなお約束のセリフを言うのが私が早起きしたからというのはどうなんだ。私が言い返すと、光忠くんは膝を折って布団の横に座りながら続ける。

「じゃあ天変地異が起こるのかもしれないね」
「人が早起きしたことに対してそんな驚くことあるか? でも寒くて布団からはまだ出られないんだよね〜……」

 私はもぞもぞと布団の中で寝返りをうちながら返事をする。布団から出ている顔に触れる冷気だけでこんなに寒いのだから、今布団から出たら凍えてしまうかもしれない。どうしても起き上がりたくなくて、光忠くんに背を向けて布団にくるまった。

「それじゃあ起きていないのと一緒だよ、ほら早く支度をしないと」
「ええ〜……ん〜、やっぱりあと十五分寝ようかな、まだちょっと早いし……」

 私がだらけきった態度で返事をすると、光忠くんは何も声を発さなかかった。ただ背後で動く様子を感じ取り、私は一瞬のうちに身構える。
 光忠くんは無言のまま素早く掛け布団に手をかけてそのまま剥がそうとしてきた。微妙に露出した上半身が震え上がる。さ、寒い!

「無言で布団を剥がそうとしないで! めちゃくちゃ寒いからまだ出たくない!」
「……わかった、そんなにお布団から出たくないならいいよ」
「え?」

 まさかこんなにあっさり引き下がるとは。私がきょとんとしつつ振り返ると、光忠くんは掛け布団をわずかにめくってそのまま中に入ってきた。
 …………ん?

「いやいやそれはおかしい! なんで侵入してくるの!?」

 一瞬思考停止した後にツッコミを入れた私に、光忠くんはしれっとした様子で答える。

「別に何もおかしくないだろう? 寒がりな主を温めてあげようとしているだけだよ」
「いつもの雑対応はどこに行った!? いや待てよ、寒いなら温めてあげるよって思考は雑と言えば雑かも……」
「何言ってるんだい? とりあえず早く起きなよ」
「そんな急に態度変わることある? 入り込んできたのは自分のくせに……?」

 なんなんだこの刀。
 急に布団に入ってきて出ていった光忠くんに困惑しながら、私は観念して起き上がる。やはり寒さが全身を襲ってきたが、あまり光忠くんを待たせるのもよくないのでそのまま身支度を整えることにした。
 顔を洗いに行こうと洗面所へ向かおうとすると、私の肩に光忠くんがぽすりと頭を乗せてくる。

「えっあっ、何? どうしたの!?」

 突然の接触に私は振り返ることも躱すこともできずしどろもどろになって尋ねる。光忠くんはそのまま私の頭に手をやってぽん、と一つ叩いた後、私の肩に顔を埋めたままもごもごと言った。

「……やっぱり、朝は君を起こしにこないと始まらないな、と思っただけだよ」
「そ、そうですか」

 とりあえずそろそろ支度するから、と光忠くんを引き剥がし、洗面所に向かう。……なんだか物理的な距離が近くなったのは、昨日の仲直りを経たからだろうか。雨降って地固まるどころではなく、ついでに何かを建造してしまったような気がする。デレという感情で出来た何かを……!
 修行に行かなくてもこうして微々たる変化があるのなら私が言ってしまった喧嘩の発端の一言なんて無意味だったな、と思わず苦笑する。いや、修行に関する喧嘩が原因なのだから、大元を辿れば修行が原因で光忠くんがちょっと変わってしまったのかもしれないけど。
 自室に戻って今日の服を選ぼうとしたところで、光忠くんが声を掛けてくる。

「主、今日の朝餉はいつもよりも頑張ったから、ゆっくり味わって食べてね」
「んー、楽しみにしとく」
「あと、せっかくだから今日はこれを着てほしいかな」

 彼が指差したのは、この前謝ろうと意気込んだ時に着替え直した部屋着のワンピースだった。例のボタン全外れ事件を思い出して変な笑いが出たが、せっかく選んでくれた本人が言うのならまあ着ようかと手をかける。

「このワンピース、君によく似合うよね」
「そ、そう? ありがとう」

 ストレートな褒め言葉に照れながら返事をすると、光忠くんは一度退室しようとする。

「着替えたら声を掛けてね。後ろのボタンは僕が留めるから」
「いっいいよ自分でやるから! 急に世話焼いてくるじゃん!」
「それはいつもだろう?」
「そうでした……」

 確かにそのとおり、私は世話を焼かれまくっているだめな審神者だ。
 とはいえ、今日の光忠くんはより一層甘やかしモードなことには違いない。私は出ていこうとする光忠くんの服の袖をくいと引っ張って引き止め、顔が少し熱くなるのを感じながら言った。

「……やっぱり甘やかしてくる対応はむず痒いからさ、もうちょっと控えめにしない?」
「それはまあ……考えておくよ」

 光忠くんは楽しそうに小さく笑った。やっぱり私は、もうちょっと雑に扱われる方がやりやすい――けど、これはこれでいい関係性なのかもしれない、と私もまた笑った。

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