うちの近侍の燭台切は私の扱いが雑 | ナノ
 修行編:4


 まんばくんと別れ、まだ残っていた雑務を終わらせると、ちょうど晩御飯の時間になった。
 いつもならなんやかんや光忠くんが呼びに来てくれる確率が高いものの、今日は当然のように彼は現れない。そりゃあそうだ、と私はため息を吐きながら、なんとなく部屋着のワンピースを着替え直した。部屋着にしては少し綺麗めで、このまま来客があってもそのまま出られるようなワンピースだ。
 少し新しめの服に身を包んで見た目を変えれば気持ちも切り替えられるかもしれない、謝罪もまた形から入っておけばなんとかなるような気がしてくる――そう思って着替えてみたところで、どうせあと数時間で今日が終わるために洗濯物を増やすことになるじゃないかと気がついたが、もう着てしまったのでどうしようもない。
 そういえばこの部屋着は何種類かの中で悩みに悩んだ結果最終的には光忠くんに決めてもらったのだった、という思い出が蘇る。……謝りに行くのに当人に選んでもらった服を着ていくのは、すごく媚を売っているみたいで嫌だな。もしくは神経を逆撫でするかのどちらかだろう。
 もしや私は選択を間違えがちで生きるのが下手くそな人間なのでは、と己のアホさを呪いながら、そのまま重たい身体を引きずって執務室を出た。


 今日は光忠くんが食事当番なので、彼は今ちょうど晩ごはんの準備をしているころだろうか。忙しいかなあ、と不安に思いつつ、私は厨の方に向かう。
 厨の入口に掛けられた暖簾の隙間からそっと覗いてみると、やはりそこには皆のご飯の配膳準備中らしき光忠くんがいた。他の食事当番の刀たちはちょうど抜けているようで、今厨の中には光忠くん以外動く人影はない。
 すぐに声を掛けることは憚られてしばらくその姿を観察していると、光忠くんは惚れ惚れするような動きできびきひと手際よく動いている。それはいつもと同じはずなのに、その動きのキレの良さが何故か怒っているように見えた。私の勘違いだろうが、妙に謝りにくさを感じてしまい勝手に尻込みをする。
 ええい立ち往生している場合か何のためにここへ来たのだ今を逃すな、と内心己を叱咤しつつ、私はそっと厨の中に足を踏み入れた。まずどう声をかけようか、切り出し方や謝る言葉はちゃんと選ばなくては、やはりまずは名前を呼ぶほかないだろう――と、私は意を決して恐る恐る彼の名を呼んだ。

「み、光忠くーん……」

 自分の声が思ったよりもか細く情けないものであったので一度やり直したい気持ちに駆られる。なんだ今のは、蚊の鳴くような声とはまさにこれだな、と思わず項垂れていると、目の前の背中が振り返らないまま声を発した。

「……何か用かい?」
「いや、その……さっきは……」

 やばいぞ、振り返ってすらもらえないとは。これは思っているよりも相当ご立腹かもしれない。私は背中に冷や汗が流れるのを感じつつ、謝罪を口にしようとした。さっきはごめん、あんなこというつもりじゃなかった、光忠くんが望むなら修行には行ってほしいんだ――それを伝えるだけでいいはずなのに、うまく言葉となって出てきてくれない。喉の奥に何かがつかえているようだ。
 私がすぐに言葉を紡ぐことができないでいると、光忠くんは手の動きを止めないまま言った。

「悪いけど後にしてもらえるかな、茹でた麺が伸びてしまうから」

 そう言われて、はっとしながら彼の手元を見やる。確かに今しがた茹で終わったらしいうどんが鍋の中で白く輝いており、彼は湯を切るためのざるを用意しているところだった。そうか今日の晩ごはんはうどんなのか、そういえば自分からリクエストしていたんだった、と今更思い出す。怒っている割には私の要望は聞いてくれたことにむず痒いような申し訳ないような複雑な感情が沸き起こった。
 そして、確かにこれはすぐに配膳しないと皆のうどんが伸びに伸びてしまう。なんというタイミングで来てしまったんだ!

「あっ、その……ごっ、ごめん! また後にする!」

 私が慌てて謝り厨を出ようとすると、光忠くんはこれ見よがしにため息をついてから何気ない感じで言葉を発した。

「主は間が悪いね」
「はっきり言うね! そうだよ間が最悪だった! ごめんね!?」

 思わず軽く声を荒げて私は踵を返しつつ自己嫌悪に陥る。
 なんで私は謝りに来て逆ギレしてるんだ? あまりにもみっともなくなって私は思わず頬を軽くビンタした。私はもしかしたらアホなのか? 紛れもなくアホだった。そうじゃなかったら、そもそもあんな失言はしないはずだ。
 このまま皆とご飯を食べようと広間に移動しようとしたが、私はふと足を止める。
 ……怒らせてしまった相手に作ってもらうご飯をいただくのはなんだか、いやとても非常に気まずいのではないか。本当に私は彼の作ったうどんを食べても良いものかと考えていると、「主」と光忠くんから声を掛けられた。
 まさか謝罪のための再チャンスをくれるのか? そんな優しいことがあるのか!? と私がバッと振り返ると、彼は無表情のままこちらを指差して口を動かした。

「主、ワンピースの首の後ろのボタンが全部外れているよ。ちゃんと留めておかないとだめだろう」

 えっ!? と思わず首の後ろに手をやると、確かにワンピースの背中部分よりもちょっと上、首の後ろで留めているはずのボタンが一つ残らず外れている。先程急いで着替えたせいで、うっかり留め忘れてしまったのだろう。

「……う、うわあーっ!」

 なんだかそれがとても情けなくて、私は顔を覆って廊下を駆けて逃げ出した。その背中に「廊下は走らないでね」とまた声を掛けられた気がしたが、もうそれを気にする精神的余裕はなかった。

 それから三分後くらいに落ち着いた私は、首後ろのボタンを留めた後広間に来て適当な席――座布団の上にぽすりと座る。この本丸では食事のときも固定の席が決まっていないので、いつも適当な卓に混じってみんなと食べている。といっても大抵は光忠くんが私の近くにいるので、あまり見ない面子と食事をとるのは久しぶりになる。
 私が着席したタイミングで、ちょうど堀川国広がうどんを運んできてくれた。

「はい、これ主さんのぶんですよ!」
「わーありがとう! おいしそ〜!」

 ふわりと香るだしの香りだけで口の中が潤っていくのを感じる。これは光忠くんと堀川くんがうどんのつゆを仕込んだんだろうか、それとも他の刀か。なんにせよとても美味しそうだ。
 まあとりあえず食べないとどうしようもないからな、と開き直り、手を合わせて食前の挨拶をし持ってきてもらったかけうどんを見やると、いつものうどんを色合いが違うことに気がつく。

「……なんか私のうどんやけに緑色多くない?」

 ネギが山盛りにされている。あとついでにわかめもちょっと多い気がした。卵は今から入れるとして、やっぱり緑色の比率がうどんにしては相当高い気がしてならない。
 私の向かいに座った山姥切長義――今日の厨当番のうちの一振りだ――が、私の独り言を聞いてこちらに視線を向けた。

「ああ、そういえば燭台切が手元を狂わせたのかと思えるほどにネギまみれにしていたものがあったかな。主のぶんだったのか」
「そうなの? いや私がリクエストしたわけではないんだけど……」

 なんだその嫌がらせなのかサービスなのかわかりにくい微妙なラインの行動は、と私はなんともいえない気持ちでうどんを見つめた。決して食べられない量でもないのがすごく微妙なところだ。というか今気づいたが薬味として別のお皿にもネギや生姜がちゃんとついてきているではないか。そんなにネギを推すことがあるか?

「うう〜ん多いなあ……私ネギはそこまで好きじゃな……」
「好き嫌いはよくないよ」
「そうですねすみません食べます!」

 いつの間にやら厨から移動してきていたらしい光忠くんが後ろを通りがかりついでに感情の見えない声色でぴしゃりと言った。私は反射的に背筋を正して返事をした後にうどんを啜る。やっぱり見た目通りにネギが多いが、これまた想像した通り別に食べきれないほどの量ではない。
 コシのある麺とだしの深い味わいのあるつゆはとんでもない美味しさだ、でも口の中はネギだな、となんともいえない顔で咀嚼している私の顔を、目の前の長義くんはきょとんとしながら見つめている。それから彼はほんの少し言いにくそうに口を開いた。

「……主、彼と喧嘩でもしたのかな」
「……まあ、はい……私が全面的に悪いんだけどさ」

 長義くんからしても、今の光忠くんは私に対する接し方が少し違うと思えたようだった。いつもはいくら私に雑に接していてもほんの少しはあるだろう優しさが見えなかったので、誰でも気がつくのかもしれない。

「珍しいね、いつも遠慮のない言い合いはすれど喧嘩することはほとんどないだろう」
「う、そうなんだよね。私の失言のせいで怒らせちゃったみたいで」

 長義くんはへえ、と相槌を打ちつつうどんに七味唐辛子を加えながら続ける。

「まあ、いくら仲が良くても、超えてはいけない境界線というのはあるんだろうね」
「うっ、仰るとおりです……」

 本当にそのとおりだと頷きながら渋い顔でうどんを啜る。長義くんは「早めに解決することを願っているよ」といつもどおりの落ち着いた声で励ましてくれた。……励ましなんだろうか?
 とりあえず伸びる前に早く食べてしまおう、と私はうどんに向き直る。今日中に謝るタイミングを再度見つけなければ、といつもよりも早めに噛むことを意識していると、減ってきたネギの山から白色が覗く。

「あ、笹かまが四切れも入ってる」

 その正体は笹かまだった。ちょっとお高いがそのぶん美味しい、と本丸内でにわかに噂になっていた気がする。私の独り言が耳に入ったのか、長義くんは顔を上げて一つ瞬きをした後に言葉を発した。

「あれ? そんなに入れたかな。皆二切れずつだったと思うけど」
「……そうなんだ? まあ笹かま好きだからありがたく食べちゃお」

 長義くんがそうだね、と頷いた後に、食べ終えたのか食後の挨拶を口にして「それじゃあ主、また」と律儀に私に挨拶をして去っていった。
 周囲に誰もいなくなり、私は笹かまをゆっくりと噛み締める。これも間違えて入れたのかな、思いながら飲み込んだ。四切れの笹かまは、いつもよりも妙に美味しく感じられた。


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