うちの近侍の燭台切は私の扱いが雑 | ナノ
 修行編:3


「…………光忠くんの性格が変わる可能性がある?」
「うん?」

 光忠くんもまた首を傾げ、まんばくんは何が何やらという顔で頭上に疑問符を飛ばしている。私はそれに構わず続けた。

「だって修行に行くと自分を見つめ直した結果ちょっと内面に変化が訪れる刀がいるでしょ」
「いるね」
「おい俺を見ながら話すな、あと自然に先程までの話を再開しないでくれないか。まあ、大体なんの話をしていたかは流れでわかったが……」
「ご、ごめんね。でも考えずにはいられなくて」

 修行について話していたのだろう、と察してくれたまんばくんはなんともいえない表情で私を見ている。少し気まずい空気を感じながら、私は一つ咳払いをしてから話を再開した。

「修行に行って帰ってきた時にさ、結構性格が変わってた刀って珍しくないよね。つまり光忠くんも修行から帰ってきたらちょっと性格が変わるかもしれないってことなんじゃ……?」
「まあ、否定はできない……かな?」

 修行先で何があるかはわからないからね、と光忠くんは肩を竦めながら言う。まんばくんもそれに同意を示すように、頷きながら口を開いた。

「修行先では様々な刺激を受けることになるだろうからな。各々がどのような場所に行くかはわからないが、まあ色々と思うところがある刀は多いだろう」
「だよね。ということはつまり……」

 私は脳裏に浮かんだ想像を恐る恐る口にした。

「もし……光忠くんが今までとはちょっと違う雰囲気になったらって思ったら、なんだか怖くて」
「主……」

 光忠くんが珍しく私に対して柔らかい同情を孕んだ視線を向けてきた。こんな表情は二十日に一回見られるか見られないかくらいの珍しさだろう。
 そう、もしこんな表情を頻繁に見せるようになってしまったら――。私は息を呑んで、己の恐ろしい想像を震えながら口にした。

「修行後の光忠くんがさ、いろいろあって私にめっっっっちゃくちゃ優しくなっちゃったら…………
どうする…………?」

 ――間、しばらくの間。私の後に誰も言葉を発さないこの執務室の室温が少しだけ下がった気がした。多分その原因はこれを言われた本人である。

「……どうするとは?」

 それから数秒後にまんばくんが真顔で困惑の返答を口にし、光忠くんは「この主は一体何を言い出しているんだ?」とでも言いたげな顔で私にじっと視線を送ってきていた。やはり冷え切った視線の元は光忠くんらしかった。
 彼らの言いたいことはわかる。しかし私の言いたいこともわかってほしい、いや何を言っているのかちょっと自分でもわからなくなってきてはいるが、と私は続いて口を開いた。

「だって性格が変わるってことは、そういう変化もありえるということでは?」
「まあ、無くはないかもしれないが……あんたとしてはそれはそれで別にいいんじゃないか。燭台切があんたに優しくて何か困ることでもあるのか」

 まんばくんはこの本丸の初期刀であるが故に、光忠くんが私に対してやや厳しい対応を取る場面を多数目撃している。なので私に優しくなるぶんにはむしろ良いことなのでは、という考えらしかった。しかし私はそれに対して「いや、違うんだよ」と否定をする。

「確かにそう思うかもしれないけど、違うんだよまんばくん……! それは逆に受け入れられない! ってなっちゃうんだよ!」
「主は僕に優しくされたくないのかい……? マゾなの……?」

 光忠くんは必死に首を横に振る私に冷たい視線を向けてくる。確かに今の言い方では私が『優しめの扱いをされるのは嫌』というタイプの性癖を抱えているようにも取られてしまうことに気づき、それに対して弁明をするために慌てて口を開いた。

「け、決してそうじゃないよ! ただ燭台切光忠という刀が私に対して常に優しいだけなのは解釈違いだよ!」
「主、知っているか? 大体の本丸の燭台切光忠は審神者に対してそれなりに優しいことを」
「知ってるけどうちの燭台切光忠はこの燭台切光忠じゃなきゃ嫌だよ!」

 私はわっと泣き真似をして顔を覆う。確かに他本丸の燭台切光忠は普段は優しく穏やかな気質の個体が多いのだろうが、私の本丸の――私の燭台切光忠が今更そうなったとしても、とても受け入れられる気がしない。最初は少し嬉しく感じることもあるかもしれないが、きっとすぐに別刃と話している気分になって悲しみに包まれてしまうだろうというのが容易に想像できる。ならば普段は雑でちょいちょい甘くなるような今の塩梅がちょうどいい、というのが本音だった。
 私の言葉(弁明)をしばらく黙って聞いていた光忠くんが、片手で顔を多いながらぼそりと言葉を発する。

「なんだろう……喜んでいいのか悪いのかわからないとても複雑な気分だよ」
「気持ちは察するぞ」

 まんばくんが腕を組み、うん、と頷いた。……少し、いやかなり恥ずかしいことを言ったような気もして、私は照れ隠しに光忠くんが淹れてくれたお茶を一気に煽った。
 乾き始めていた喉をお茶で潤しながら、私はなおも考える。そうだ、性格が変わるとしたら、今の光忠くんとはちょっと違う接し方をしてくる覚悟はしておいたほうがいいに違いない。結構修行後は明るくなったりどこか吹っ切れて帰ってくる刀が多いので、光忠くんも同じような変化を迎える可能性はあるだろう。もっと陽気な感じのパリピ刀になってしまうだとか、作る料理のレパートリーが明らかに変わってしまうとか。ちょっとの変化ならまだしも、それらを完全に受け入れられるかというと微妙なところだ。あとレパートリーの変化は種類のよってはマジ泣きも禁じえないだろう――突然ゲテモノ好きになるとかそういう方向性だった場合だけど。
 大体、今の段階でちょっと甘い面が増えただけでもたまに全身がふわふわとする発作が起きるのに、もし常に褒めてくれるような燭台切光忠になってしまったら私は恐怖で泣き出してしまうかもしれない。このように考えることが失礼なのは一応自覚があるけども、今まで光忠くんが私の扱いを雑にしてきたのが悪いので私のせいではない。ひどい責任転嫁だという自覚はある。
 私がうんうんと唸りながら考え込んでいると、光忠くんが静かに問うてきた。

「……となると、主は僕に修行に行ってほしくない、ということになるのかな」
「あっ! いや、えーっと、そういうわけでは……なくて……ですね」

 私は挙動不審になりつつ煮え切らない否定をした。そう、決してそうではなく、ただ内面の変化――というよりは、光忠くんが私に対しての接し方が変わることが怖いというだけなのだ。彼が己を見つめ直して強くなるぶんには大歓迎で、むしろ送り出してあげたい気持ちが強い。しかしそれを素直に言うのはこの状況ではなんだか憚られて、私は混乱してきた脳でちゃんと言葉を選べないままに口をぱくぱくと動かした。

「しゅ、修行には行ってもいい、行ってほしいけど今のままで帰ってきてほしい! 若干の矛盾を感じるけど!」
「ええ……?」

 光忠くんは見るからに困惑しきった表情を浮かべたが、それに構っている余裕はなかった。私の脳内では先程から、「光忠くんが修行に行く」という可能性が示唆されただけで大混乱が起きているのだ。
 とはいえ今の言葉では流石にどうかと思い、彼にもう一度言葉を掛けようと口を開く。力の面では成長してほしい、刀剣男士として強くなって、何かを得てほしいけども、性格はどうかそのまま私にたまに優しくするくらいでいてくれ――という気持ちがごちゃごちゃと頭の中を駆け巡り、私は咄嗟に言葉を発した。

「なんなら成長しなくたっていいから!」

 ――あ。
 口にした瞬間、しまった、言葉選びを間違えた、と私は顔を青ざめさせた。こんな言葉を放った当人である私がまずいと感じるということは、言われた相手はなおのこと、今の言葉に何かしら感じるものがあっただろう。
 光忠くんはすっと目を細めて、私のほうをじっと見つめていた。やってしまった、今のは日々戦いの中で成長していく彼らに掛けるような言葉ではないのに。
 いくらかの間を置いた後、光忠くんは小さな嘆息を零してから視線を落としながら小さく言った。

「……主、流石にそれはちょっと複雑というか、傷つくよ」
「……あっ……いやごめん、今のは違うよね、成長してほしくないわけじゃなくて、その」

 しどろもどろになりながら言い訳を考えていると、光忠くんが再び私の方を見やる。もしかしたらこの本丸に来てから初めて見るかもしれない、心底冷え切った感情をたたえた瞳だった。思わずびくりと肩を揺らし、私は何も言えなくなってしまう。

「そんなに君が今の僕のままでいてほしいならお望みどおりにしてあげるよ。……夕餉の時間までに雑務は終わらせておいてね。じゃあ、僕は失礼するよ」
「あっ、待っ――」

 私の返事を待たずに、光忠くんはさっさと退室してしまった。彼を引き留めようと持ち上げられた私の片手は虚しく空を切り行き場を無くす。

「あ、ああーッ……」

 だらん、と腕を投げ出しながら、私は畳の上にへたりこむ。軽口の応酬だったり喧嘩を売るような掛け合いはしたことがあるとはいえ、あんなに凍りそうな冷たい視線を向けてくる光忠くんを見たのは初めてだった。それほど私は言ってはいけないことを言ったのだろう、と思わず頭を抱える。

「か、顔、まじで怖かった……助けてまんばくん!」
「いや、今のはあんたが言い過ぎただろう。言葉選びを間違えたな」

 部屋に残ったままのまんばくんがはあ、とため息をつきながら言う。

「うん、やっちゃったよ……地雷を踏んだ気がする」
「気がする、というかそのとおりだな。主に成長してほしくないと言われて喜ぶ刀はいないだろう、俺もそう言われたら多少なりとも思うところはあるぞ」
「だよね……」

 ああ、と私は嘆きながら畳の上に大の字に寝転がる。どんな刀剣男士でも審神者に顕現され戦場に出て戦い、そして己を磨き上げ、研鑚を怠らないのが普通だというのに、成長しなくても良い! という言葉は流石に無い。ただ私への接し方は変えないでくれとだけ言えば良かったのに何故あんなことを口走ったんだ……!
 自己嫌悪に塗れて畳の上を転がっていると、それを見かねたらしいまんばくんが隣に座って私に声を掛けてきた。

「要は、主は燭台切から対応を変えられたくないんだろう」
「おお……まさにそのとおりです……もっとストレートに言うべきだったよ」

 ちょうど私が考えていたことを口にしたまんばくんは、そうだな、と相槌を打ってくれたので、私は傾聴の姿勢を見せてくれる彼に甘えてそのまま続ける。

「もちろん、成長はしてほしいよ……せっかく人間の身体で顕現してるんだし、光忠くん自身が刀剣男士としての成長を望むならそれを叶えてあげたい気持ちはある」
「あんた、そうしてちゃんと燭台切のことを思っているんじゃないか。それを当刃に言うべきだったな」
「本当にそれ……うわ〜あ〜やってしまった〜」

 頭を抱えてうだうだと言う私の肩を、まんばくんがぽん、と叩いた。

「まあまだ遅くはないだろう、今の言葉を伝えればいい。早く仲直りをしてくれ、あんたたちが喧嘩をしていると皆も心配するぞ」
「だ、だよね……任せて、すぐに焼き土下座をしてくるから待ってて」
「今の燭台切だと『そのまま調理されたいのかい?』と言われるかもしれないぞ。真面目に真摯に、普通に謝っておけ」
「ハイ……」

 さすが初期刀なだけあって、同じく古参である光忠くんのこともよくわかっているらしい。まんばくんの言う通り、可及的速やかに真面目に謝ることにして、私は起き上がった。とりあえずは溜まっている執務を片付けて、それから今日のうちに光忠くんに謝って、修行が可能になったら真っ先に行ってもらうことにしよう――もちろん、当刃が行きたがったらだけど。

「よし、ごめんねへこんじゃって。そういえばまんばくん、用事はなんだった?」
「ああ、そうだったな。明日の出陣先なんだが、俺だけ単騎で別の戦場に行けないか。今なら単騎でも敵を殲滅できる気がするんだが……」
「……まんばくんもやっぱり変わったよなあ」

 それは流石に不安だからだめだよ、と私が言うと、彼は少し不服そうな顔をしながらもしぶしぶ了承したのだった。


prev / next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -