うちの近侍の燭台切は私の扱いが雑 | ナノ
 修行編:2


「――というほっこりエピソードを数日前に挟んだばっかりだったからさ、そろそろマジで優しくなったかと思ったんだけどね……」
「僕が全く優しくない鬼神のようだって言い方はやめてくれるかな?」
「うん……優しくはあるよね、それ以上に厳しさが目立つことがあるだけで。今も視線が怖いだけだもんね」
「口を動かすより手を動かすべきだと思うな、僕は」
「申し訳ございません! 申し訳ございません! 馬鹿な審神者でごめんなさい!」

 光忠くんのデレ事件から数日後、朝餉を終えた私は執務室で正座をしながら明日以降の遠征予定を組んでいた。光忠くんの厳しい視線に監視されながら、である。

 なぜこんなことになっているかというと、その日非番の刀全員をピンポイントで遠征予定に組み込んでしまっていたというアホっぷりを晒したせいだった。別に正座しろと言われたわけではないけれども、あまりの凡ミスに申し訳なくなって自発的に背筋を伸ばして正座しているという状況である。
 ――が、あまりにもしっかりとした正座をして修正作業を始めてしまったせいで、私の身体は完全にこのまま固定されてしまい、限界を迎えようとしているところだった。しかもまだ作業は終わっていないため、そろそろ足が痺れたので崩してもいいでしょうか? と言い出しづらい雰囲気になってしまっている。
 悪いのは完全に私なので、せめて反省の意を示さないといけない! という甘い考えで正座をした私が馬鹿だった。もう既に感覚がないので戻したときの反動がとんでもないことになりそうだ。どうしたらいいんだ私は?

「……主、そんなに苦しいようなら足を崩してもいいよ……」
「そ……そんな憐れみの声になるくらい感情が顔に出てた?」
「ああ、悲しくなるくらい正座が辛い気持ちが伝わってきたよ」
「嘘そんなに悲哀に満ちた表情を浮かべてたの私」
「悲哀というか苦悶だけどね……」

 そんなになるなら最初からやらなければいいのに、という光忠くんの声を背中に受けながら私はお言葉に甘えて足を伸ばした。針に刺されているような感覚に包まれつつじわじわといつもどおりの両足に戻ってくるのを感じながら、ふと窓の外を見やる。
 数日前までは冷え込むとはいえまだ過ごしやすい気温の日もあって、気持ちの良いやわらかい風が吹いていたはずだ。
 しかし今や執務室の外に出た途端に思わず身体を抱えて歯ががちがちと鳴ってしまうような冷たい風が肌を刺してくる。いつから秋はこんなにも早く行ってしまうようになったのだろう、と恋しい気持ちを覚えながら私は口を開いた。

「もう秋っていうか、すっかり冬になってる気がするよ」
「そうだね。この本丸で迎える何度目かの冬だね」

 光忠くんは同意の言葉を口にしながら急須に手を掛け、湯のみに温かいお茶を注いでいる。そのまま私にくれるのかと思ったら自分で飲みだしたので、うっかり手を出しかけた自分を恥じながら会話を続けた。

「今日は特に冷え込むし、何か温かいご飯が食べたいなあ」
「リクエストかい? 君がちゃんとお仕事を終わらせたら作ってもいいよ」
「本当? 絶対終わらせよ。そうだな〜、うどんが食べたいかなあ……シンプルにかけうどんがいい、月見でもいい……」
「気に留めておくよ。他の皆にも意見を訊かないといけないしね」

 彼は変わらない声色のまま頷いてくれた。リクエストが通ることを祈りながら、ふと昔の本丸のことを思い出す。冬になる頃にこんなやり取りをするのももう何回目だろうか、他のみんなともこういう話をしたことがある気がする。
 私は手元を動かしながら口を開いた。

「また冬が来たのかあ……光忠くんは古参組だし、季節の移り変わりを一番体験してるね。まんばくんとか、薬研くんとかもそうだし」

 この本丸の初期刀や早期に顕現した頼りになる刀たちの顔を思い浮かべながら、私は修正した手元の予定表を眺める。多分これでミスは無いはずだ、と何度も頷きながら、どうしても話をしたくなって顔を上げないまま光忠くんに話しかけた。

「あの頃は庭を掃除中に強い風が吹いてきて、まんばくんの布に紅葉が大量に乗っかってたり……とか、色々あったなあ。懐かしいね」

 私の言葉に、光忠くんはああ、と頷いた。

「そんな事もあったね。あのときは刀も少なかったから、落ち葉を掃除する人手も全然足りなかったりしたね。片付けたそばから葉っぱが散ってきて、終わりが見えなかったなあ」

 話に乗ってくれた光忠くんの顔をちらりと見やると、彼は懐かしむような表情でのんびりとお茶を啜っている。湯のみから立ち上る白い湯気がやけに羨ましく感じられた。

「みんなで掃除したね〜。でも今はまんばくんは修行に行ったから、出陣するときは布は被らなくなって、内番に出てもフードを被らなくなったから……そういう頭に紅葉が乗っかってる光景は見なくなったの、結構寂しいかもしれないなあ」

 私はそう口にしながら、顔を上げてこの本丸の変化に想いを馳せる。
 そう、この数年間で何度か季節が巡って変わっていった光景といえば、みんなの外見がやや変化したこと――つまり、修行に向かい、新たな力を得て帰ってきた刀が多くいたということだ。
 私自身はポンコツっぷりを発揮しがちとはいえ、本丸に所属しているみんなの努力のおかげもあって順調に修行へ行くことができた。今や修行が可能とされている刀のみんなは、何日か本丸を空けて各々が修行先で過ごすという経験をしている。修行先はそれぞれの刀で違うものの、みんないろいろな面で成長し、そして変化したようだった。
 外見で言えば、内番の姿はほとんどの刀が変わっていないけど、戦場に出る時は修行した刀は基本的に違う格好をしている。短刀や脇差、打刀、槍と薙刀、そして大太刀のみんなは姿が変わっているのだ。どこからそんな服を持ってきたんだ、という刀も多く、彼らの戦装束の調達に関しては疑問が残るところだ。
 もちろん外見だけではなく――内面、性格も変わった刀が多くいる。もちろん全員ではないけれども、私や周囲に対する接し方が少し変わった刀は少なくない。
 ちなみに修行に行けたのは太刀以外なので、太刀のみんなはいつもどおりに出陣し各々の生活を送っている。
 既に練度は最高に達した刀ばかりだが、未だに太刀が修行に出る許可は政府から下りずそのままだ。流石にそろそろ皆鬱憤が溜まっているのでは、という不安をよそに、あまりに鍛えられすぎたので己の筋肉だけで戦えるのではないか? と元気に遡行軍をぶん殴っている刀も多いのでまだ大丈夫だと信じたい。……己の本体を使って戦ってほしいが。
 もちろんこの光忠くんも太刀なので、彼は私が本丸に就任してからずっと同じ姿のまま本丸を離れることなく私を支えてくれている。過半数の刀が修行にいけるこの状況で彼は一体何を思っているのだろう、と考えて、なんとなく口を開いた。

「太刀のみんなはいつ修行に行くのかなあ」
「そうだね、未だにお達しはこないから」

 その言葉からは感情が読み取れなかったので、私は何気ない気持ちで追加の質問をした。

「光忠くんはそろそろ修行に出たいと思う?」
「……それはもちろん思うけど、そこまで乗り気ではない……かな」

 光忠くんは少し言い淀んだ。結構はっきりものを言うことが多い彼にしては珍しい光景で、私は目を丸くして彼に尋ねる。

「え? これまたどうして?」
「だって本丸を数日間空けることになるだろう? その間君がちゃんと生きていけるかが心配で……気づいたら死んでいたりしないかと思ってしまうんだ」
「生命の心配レベルなの!? 仕事サボりそうとかじゃなくて!?」

 まさかの私が原因だった。しかも命を落とすやもしれぬという懸念だった。そこまでか? そこまで私はダメ人間なのか? それとも光忠くんにものすごくナメられているんだろうか。後者な気がするな。
 いやそんなわけがあるかと私が口を開こうとすると、光忠くんはため息交じりに言葉を続けた。

「君、お仕事はなんやかんやしっかりやり遂げるからね。でも日常生活はちょっと……食事をちゃんととらなかったり部屋のお掃除が甘かったり、疲れた日にお風呂に入らないまま寝落ちてしまったり疲れた日にはそのまま丸一日眠りこけてしまったりすることが心配で……」
「あっ仕事ぶりに関しては正当に評価してくれてるんだ……でも私の生活力への信頼感なさすぎじゃない? 多いんだよな〜気になる点がさあ」

 まさか一息で私の不安ポイントをそこまで羅列されると思わなかった。しかも全部現実的というか、実際に今までにやらかしたことがあることばかりだったので何も言い返せない。丸一日は流石に寝すぎたと反省しているのでもう二度とやらないように心がけているのだが。
 私が頭を抱えていると、光忠くんはうん、と納得した頷きを一つ挟んでから続けた。

「そういうわけで、しばらく修行はいいかなと思っているよ」
「へ〜、それってつまり私が心配だから本丸に残って世話を焼きますっていうことじゃん? 私のこと大好きだな〜」

 なんとなく言ってやりたくなって、私はにやついた表情で光忠くんを茶化した。すると彼は表情を作らないまま私と視線を合わせて言う。

「そうだよ」
「……ま、真顔で言われると照れるな!」

 誤魔化すようにへらりと笑う。なんだなんだ、最近はデレ頻度が高くて心臓に悪いんじゃないか。私に対してそれなりに厳しい光忠くんは一体どこへ行ってしまったんだ、帰ってきてくれ――と思ったが最初から言うほど厳しくなかった気もするので、これが彼の素なのかもしれない。
 火照った顔を冷ましたくて手で顔を扇いでいると、光忠くんは一つため息を漏らしてから急須に手を掛けつつ口を開いた。

「君がもっとちゃんとしてくれればもっと好きなんだけどね……」
「それは真顔で言われると申し訳なくなるというか……ご、ごめん、ちゃんとするから、本当に」

 しれっと言われた好きという言葉にはあえて反応しないまま、私は手元の確認表を光忠くんに提出した。今度こそ大丈夫そうだね、という彼の太鼓判をもらってほっとしつつ、私は話を続けることにした。

「でもさ、私としてはやっぱり修行に行く光忠くんも見たいなあ」
「そうなんだ?」
「そりゃあまあ……単に戦装束が変わるところとか気になるし」
「外見だけなのかい?」

 光忠くんが苦笑を漏らしながら湯のみを私の目の前に置いた。こうしてなんやかんや私の世話を焼いてくれるところもあるんだよな、と思いながら、ありがとうと小さく口にしてからお茶を一口飲む。ほどよい温かさに思わず吐息を漏らした後に、私は光忠くんの修行後の姿を想像しながら会話を再開した。

「いや〜光忠くんっておしゃれだからさ、どういうふうに衣替えしてくるのかなって気になって」
「なるほどね。そこを気にされるのは素直に嬉しくはあるんだけどね」

 光忠くんは更に微妙な笑みを浮かべて言う。

「もちろんそれ以外だって気になってるよ! 修行先でいろいろな知見を得て……内面にも何か影響が出て……影響……が……?」
「うん? どうしたんだい主」

 ――影響が出る、ということはつまり。
 私が最後口を開こうとするとスパン! という気持ちのいい音を立てて、執務室の襖が開いた。

「主、入ってもいいか?」
「ああ山姥切くん。どうぞ」
「いや光忠くんが返事してるけど主は私だよ。あともう入ってるよ。どうぞ……」

 部屋――というか本丸そのものの――の主に変わって返事をした光忠くんと私に対して交互に視線を送りながら、初期刀である山姥切国広は遠慮なしに執務室に入ってきた。山姥切一瞬流れ込んできた冷気はすぐにぴしゃりと閉められた襖によって遮断されたが、思った以上の空気の冷たさについくしゃみが出てしまう。
 そんなことよりも、そうだ、光忠くんが修行に言って何かの影響を受けて帰ってきたとしたら。それはつまり……
「すまない、思いの外寒くてまずは部屋に入りたい気持ちが先行してな。それで、明日の出陣先なんだが……うん? どうした主」
「主?」

 私の手元に一枚の紙を持ってきて広げようとしたまんばくんが首を傾げ、その後ろで同じようにきょとんとした表情でこちらを見つめている光忠くんの視線を受けながら、私は真剣な表情を作って、先程から考えていた一つの懸念を口にした。



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