うちの近侍の燭台切は私の扱いが雑 | ナノ
 修行編:1

 つい最近までは布団なんていらないというくらいじっとりと暑い日が続いていた気がしたのに、今はもう部屋から可能な限り出たくない、布団が恋人と言わんばかりに手放し難くなる肌寒い季節になってしまった。
 例年はもっと残暑が厳しかった気がするのに、今年はすぐに寒くなって、朝夕はよく冷え込む。本丸内でも風邪を引いた刀が出てきた程だ。主様は大丈夫ですか、と聞かれることも増えて、私は馬鹿だから風邪は引かないよ、と言ってそんなことはないと苦笑いされるやり取りももう定番になりつつある。
 実際のところ、この本丸で唯一の人間である私は風邪を引く気配すらない。しかし肌寒い朝にはくしゃみが止まらなくなり、布団から出られない光景はもはや恒例となってしまった。

「ざむ〜い……」

 頭からすっぽりと布団をかぶり、少し鼻をすすりながら腕だけを伸ばす。外気に触れた腕がぶるりと震え、全身に寒気が駆け抜けていった。
 今日は真冬なのではないかと錯覚するほどの寒気。これは死ぬ。もう起床時間はとっくに過ぎているような気もするがこんなに寒くては布団の外に出た瞬間ひっくり返って死ぬ可能性すらあるのだから、もう今日はこのまま布団に籠もっているしかないだろう。そうだ、今日はちょうど休日だし、皆も出陣せずに本丸の中でぬくぬくと過ごしてね、主の私も見本になれるように布団でゆっくりと過ごすね、と言っておけばなんの問題もないはず!
 となれば、二度寝だ。私はスヌーズ機能で再び鳴る予感がするスマホのアラームをどうにかせねば、と再び腕を伸ばし、布団の中でもぞもぞと身を捩りながら腕をあちこちに動かす。
 ――しかし、そううまくは事が運ばないのが世の常というやつである。
 直後、すぱん、と小気味いい音を立てて、私の部屋の襖が開かれた。
 その音にびっくりして一瞬身体が硬直し、私は布団の中に腕をしまいそこねてしまう。
 それがいけなかった。次の瞬間、私の手首は何者かの手によってぐっと掴まれた。その手のあまりの冷たさに飛び上がり、私は思わず悲鳴を上げた。

「っっっぎゃーーー!!」
「主、朝だよ。そろそろ起きようか」
「手を掴む前に声を掛けろーーーッ!! 心臓も寿命も縮んだよ!」

 布団から手を出した瞬間に何者かに腕を掴まれる――とんだホラーである。これから朝起きて布団から手を出すたびに思い出してしまいそうなひやっとした手の感触に怯えながら、私は布団から顔を出す。
 ――そこには、感情の読み取れない真顔でこちらを見下ろす燭台切光忠の姿があった。

「しょくだ……光忠くん! 起こすときはもっと優しく起こしてよ!」

 私がそう声を掛けても、彼は口を真一文字に結んだままの真顔から一切表情が変わらないまま膝を折って私の隣に腰をおろした。表情筋もしくは心が死んだのか? と声を掛けてやりたいがそう言ったらおそらく無言でデコピンをされるので口を噤む。
 きっと他本丸の彼ならば、ここで優しい微笑みを浮かべていたり、少し困ったように笑いながら起こしてくれるに違いない。お寝坊さんだね、なんて優しく声を掛けながらこれまた優しく身体を揺すぶって起こしてくれる可能性だってある。
 しかし、私の本丸の燭台切光忠は違う。私に対して結構ドライというか、厳しいというか、一言で言えば「私の扱いが雑」だ。なので、今彼の顔は「面倒だけどもし死んでいたら困るから主のことは一応起こしておこうかな」という感情を表しているに違いない。
 そんな感じで氷というほどではないものの今日の外気温くらい冷え切った表情を浮かべていた光忠くんだが、私はこのような彼の態度には慣れっこなので特に受けるダメージは何もない。そのまま布団にくるまって燭台切をじっと睨みつけて威嚇していると、彼もまた私の態度を全く気にしていない様子で「ああ……」と首を傾げてため息をついた。人の顔を見てため息をつくとは失礼なヤツだな。気持ちはわかるけど。

「それは困ったな……僕、主には長生きしてほしいんだ。早死にだけは絶対にしてほしくないと思ってるよ」
「え……今回デレるの早くない?」

 私が困惑気味に言うと、光忠くんは至って真剣な表情を作って言った。

「主が死んでしまったら、僕も顕現できなくなってしまうだろうから。まだ作ってみたい料理がたくさんあるんだ、もっと生きてもらわないと」
「理由が浅いな!? それ全てを作り終わった後に『最後は君を材料にして終わりだよ』とか言わないよね」
「流石にそれはちょっと」
「引くなよ! 冗談だよ!」

 くそっ、わかっていたはずなのに! 光忠くんがちょっと甘いことを言おうとしたら続く言葉の95%は塩辛い言葉だと言うことを! 
 私は思わず枕をぼふりと殴り、布団から上半身だけを出して枕元から少し離れていたスマホを手にとってアラームを解除した。あと一分で鳴るところだったらしい。危なかったな、と思いながら、光忠くんの方には視線を向けないまま口を開く。

「大体、別に私が死んでも光忠くんは死なないよね。別の本丸で顕現し直す可能性だってあるし、この本丸解体後に政府に所属する未来だってあるよ」

 私の言葉の後、彼からは返事がなかった。おや、と思いながら顔を上げると、彼は眉間に軽くシワを寄せて少し苦しそうな、そして悲しそうな表情を作っていた。
 それから数呼吸程度の間を置いて、彼の形の良い唇が動く。

「冗談だよ。人としての君が好きだから、長生きしてほしいと思っているんだ。それに、君のもと以外で顕現するのは嫌だよ」

 瞬間、私の身体は再び硬直する。それから数秒間を置いて、少し心臓の動きが早くなった気がした。

「うっ……嬉しいこと言ってくれるのはいいんだけど、寝起きで言われるとどう反応したら良いかわからなくなる……」
「そうかもしれないね」

 他人事みたいに言うんじゃない、という私のツッコミは口から飛び出ることはなかった。びっくりした、まさかいきなりデレが来るとは。
 私は一度深呼吸をする。朝から突然のデレに心臓が一つ潰れるところだった。替えの心臓はまだ無いのでいきなりこういうのはやめてほしいものだ。
 この刀、実はなんやかんや言って私のことをそれなりに好きらしいので、たまにこういうことを言ってくるのである。嬉しくないといえば嘘にはなるが、普段はあまりにも厳しい比率が高いのでもう少しデレの頻度を増やしてほしいというのが本音だが、言ったとしても彼は「そうなんだ」と流すに違いないけども。
 それか普段雑に扱われているからこそ、ここぞという時に甘い対応をしたら甘さが際立つだとか考えているのかもしれない。だとしたらものすごく効いているので、その作戦は正解といえる。
 私が赤面し嬉しさに身悶えていると、光忠くんは再び私の手首を掴んで布団から引きずり出そうとしてきた。外気が肌に触れて一気に全身に鳥肌が立つ。さっ、寒い!

「この流れで腕を掴んで私の身体を布団から引き出すのはやめてよ、寒いよ、どうせなら甘やかして!」
「もうお昼の十一時だよ、いくら休日とはいえ今この時間まで起こさなかっただけでも充分甘やかしていると思わないかい?」
「えっ!? もう十一時なの!?」
「……君、さっきスマホで時計を見ていたのになんで時間に驚いてるんだい?」
「言われてみればそうだな、なんで私今更驚いてるの……?」
「いや僕に聞かれても……」

 私が寝起き特有の混乱を起こしていると――多分こんなアホな混乱をするのは私くらいだろう――光忠くんは先程私に対して言ったことを早々に後悔し始めているかのような呆れ返った様子で話を続けた。
「そろそろ起きないと昼餉の時間になるだろう、君の分の朝餉は一応残してあるけど……って、あれ?」
 光忠くんはそこまで言うと、ぱっと私の手首から手を離した。
 そして遠慮なく掛け布団を剥ぐと、私の全身を一瞥してため息をついた。

「うわ寒っ」
「……君、どうして半袖で寝ているんだい」
「あっ……てへ」

 寒さに震えながら誤魔化すための笑みを浮かべる。私の表情に苛立ったのか、あるいは哀れみすら抱いたのか、光忠くんは本日二度目のため息を吐いて近くの椅子に掛けてあった私のカーディガンを手にとって、私にカーディガンを手渡してくれた。こういう気遣いが身に染みる。
 カーディガンも薄手のせいかまだまだ寒くて、私は思わず再び布団を身体に巻き付ける。その様子を見た光忠くんは少し顔をしかめた後、再び口を開いた。

「てへじゃなくて。どうせ君のことだから、秋冬用のパジャマを出すのが面倒だなあと思ってそのまま寝たんだね」
「ふふ、よくわかっていらっしゃる……」

 光忠くんの言ったとおりだった。私は衣替えを面倒がって、夏のパジャマのまま眠ってしまったのだ。昨日布団に入る前は案外寒くないなあ、なんて思っていたのが間違いだったらしい。
 呆れ返りながら、光忠くんがふと外を見やった。私もそれにつられて視線を窓の外に向ける。すでに昼に近いために当たり前のように空は明るいが、もうすっかり冬の、どこか寂しさを感じる青空が広がっている。秋なんてやはりなかったのだなあ、とぼんやり考えていると、彼も同じようなことを思っていたのか、しみじみとした様子で口を開いた。

「もうすっかり冬が近づいてきたね。パジャマもだけど、お布団も冬用のものに替えておかないと朝方冷え込むよ?」
「それはそうなんだけどさ。いっそ光忠くんが替えてよ……出すの面倒だよ……」
「この部屋の押入れに入っているだろう? それくらい主が自分でやりなよ」
「それくらいやってくれたっていいじゃん近侍なんだから。いいのか? 審神者の私が風邪引くよ、早死にしちゃうよ」

 なかなか最低なひどい脅しをかけると、光忠くんは無言で立ち上がる。そしてそのまま私の身体を守っていた掛け布団を勢いよく剥いでそのへんにぺっと放ってしまった。

「ああーっやめて! 無言で布団剥ぎ取らないでカーディガンも脱げるから!」
「君にあんなことを言った僕が馬鹿だったよ」
「すっ、すみません生意気を言いました自分で出します。ごめんなさい」
「わかったならいいよ」

 光忠くんはそう短く返すと、立ち上がって部屋の襖を開けた。廊下から流れこんでくる冷気に身を震わせつつ身体に鞭を打って立ち上がる。今日は寒がってばっかりだ。
 顔を洗うために一度部屋から出ようとすると、光忠くんは退室する前にこちらを見ないまま言葉を発する。

「君が風邪を引いたりするのは……心配だから、ちゃんとしようね。ほら、ご飯を用意してあるから、すぐに着替えてきてほしいな。待っているから」

 ――やっぱり、なんやかんや燭台切光忠という刀は私に対して優しいようだ。
 すぐに身支度を終えて、こういう日常がいつまでも続けばいいなあ、とあくびをしながら部屋を出る。
 待ってくれていた光忠くんの隣を歩きながら、朝ごはん兼昼ごはんを食べるために広間へ向かう。その途中で、だらしない顔だね、と笑われたので、恥ずかしくなってその脇腹をつついた。


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