▼ 後日談
光忠くんにプロポーズ――といったら本刃はきっと今度こそは容赦ないビンタをしてくるに違いない――されてから数日後、私は執務室で初期刀である山姥切国広とだらだらとお茶をしていた。ちなみに今日の近侍も当然のごとく光忠くんなのだが、何故彼が今この部屋にいないかというと、彼は今万屋に買い出しに行っているからである。
買い出しを任せっきりにするのも悪いから私も行くよ、とついていこうとしたところ、「主は絶対に余計な雑貨やお菓子を買っちゃうだろうからお留守番してようね」などと言われた。彼は私を幼稚園児だと思っているに違いない。
そんな光忠くんがおやつに、と置いていってくれたごま団子を食べながら、私は山姥切国広ことまんばくんに話しかける。
「……それで、お互いの名前の呼び方は変わってちょっとずつ距離を縮められている気はするけど……やっぱりどうにも扱いが雑なんだよね。いや、私のことが嫌いじゃないとわかっただけいいけど」
「そうか、よかったな。あんた、燭台切が時折主扱いしてくれない、だとか悩んでいただろう」
まんばくんは私に視線を寄越さないまま携帯端末を眺めている。……この初期刀もまあまあ私の扱いが雑では? と思ったが、彼に関しては最初期から共に本丸を運営してきたことで、見えない絆を築いた故にこのような対応をされているのだ。つまり私と彼は、結構仲良しなのである。
「それは今でもあるけどね。塩対応? というには私に甘くなる瞬間が増えた、気がする……まあ元から時折優しかったけど」
私のミスも最終的には励ましてくれたり、あまりにもみじめな状態に陥ったときは流石にとどめを刺すような悪口は言わなかったし、と私が言うと、まんばくんは私のほうへ視線を寄越して呟く。
「そのあたりの自覚はあったんだな、あんた」
「うん、まあ気づいたのも最近だけどね……数ヶ月前だったらそうは思わなかっただろうなあ。ほら、面と向かって愛の告白? をされたからさ、ああ厳しい言葉も私のこと想って言ってくれてたのかも! みたいな」
「……今燭台切がこの場にいなくてよかったな」
多分とんでもない勢いで張っ倒されただろうな、とまんばくんは目を細めた。彼にそんな暴力ヒロイン属性はないと信じたいが、ビンタされた前科があるので否定はできない。……痛くなかったのでよかったけども。
「とにかく、光忠くんの真意が知れてよかったなあ。軽口叩ける仲なのもいいけどさ、やっぱり普通に? 仲良くしたいから。本当に嫌われてたらどうしようかと思ってたよ」
私の言葉に、まんばくんは何度か瞬きを繰り返してから口を開いた。
「まあ、燭台切のあんたに対する感情は一部の刀には割と把握されていたがな」
「え……嘘でしょ?」
そういえば光忠くんからの告白を受けた後、鶴丸さんや鶯丸さんに言われたことを思い出す。
恋仲にでもなったか? と腹の立つ笑顔で聞いてきた鶴丸さんに思わずデコピンしそうになったのは数日前のことで、今でもあの綺麗ながらも腹が立つという絶妙な表情を思い受けべては立腹している。鶯丸さんは微笑むばかりで、「光忠も奥手だな」などと言っていた気がする。つまり彼らは光忠くんが私に恋……なのか独占欲なのか、どちらとも形容しがたい感情を持っていることを知っていたらしい。だからテレパシーでも会話できていたんだな。知らなかったのは私だけだったのかと思うと結構ショックだ。
私は遠い目をしながらまんばくんに話しかける。
「……もしかしてさ、光忠くんのこと、まんばくんも察してたの……?」
私の問いに、彼は間髪入れずに答えた。
「当たり前だろう。あれでも裏ではあんたに対して口汚くなることを悔いている時だってあったんだぞ」
「ええ!? わあその光忠くん見たかったな……」
私は身体がひっくり返りそうな素っ頓狂な声を上げた。冷たくしすぎて裏で凹んでいるだなんて、そんなベタなことをやっていたのか。うわあ本当に見たかったな。そしてからかいたかった。
「多分あんたがそれを見たら燭台切は熱を出したかもしれないな。それか、それ以降の軽口の応酬がとんでもないことになっていただろう」
「それは否定できない……照れ隠し? でとんでもないことを言われそう……」
そんな僕は幻に違いないから主が目を開けて寝ていた夢だよ、ちゃんと起きてる? だとか。
「しかしそうか……なんか鈍感主人公みたいで恥ずかしいな……」
「実際それに近いものだっただろうな……」
「ああ! 恥ずかしい!」
深く頷きながら言うまんばくんの顔を見れなくなって、私は顔を覆って机に突っ伏した。穴があったら入りたい、できれば三日くらい籠もっていたい。
数秒悶えた後に復活した私は、がばりと身を起こして口を開く。
「そう、私は好意……? に近いものを伝えられているのにも関わらず、私達って別に付き合ってるわけではないし、ものすごく仲良くなったわけじゃないんだよね」
「話が少し飛んだな」
「これ以上私の鈍感エピソードを続けたくなかっただけだよ察してよ」
ごま団子を頬張りつつ痛いところをついてくるまんばくんに向き直り、私は少し声を張って言う。
「そう、あと一歩進みたいような気持ちがある! 結局光忠くんはただの素直になれないツンデレみたいな感じになってるし! そういえばなんでツンデレヒロインってあんまり見かけなくなったんだろうね!?」
「時代じゃないか? そうだな……ここは思い切って、すきんしっぷとやらをしてみるといいんじゃないか」
「誰もが時代の流れには逆らえないんだね、悲しいね……まんばくんすごいたどたどしい喋りだったね。面白かったよなんか」
「……そうか」
「おい私の頭の上にゴマ団子を乗せようとするな! べたつくだろ!」
すんでのところで回避し、私は口元に持ってこられたごま団子にぱくついた。……今ナチュラルにあーん、をされた気がするし、流れとは言え普通に食べた私も私だ。なんだこの初期刀。
まんばくんがうん、とひとつ頷いて口を開く。
「あんたと俺が無駄に打ち解けているように、燭台切にも何かしてみたらどうだ。定期的に雑談をふるだとか、今みたいに一緒に食事をするのもいいんじゃないか」
「まんばくんと私が無駄に打ち解けたのは私のポンコツっぷりに俺が卑屈になってる場合じゃない的な感じで吹っ切れたからだよね……うちの本丸いろいろとおかしいよ……」
他の本丸の話を聞くに、このように卑屈さが薄く(うちのまんばくんは薄いどころではないが)いろいろと吹っ切れた性格になった山姥切国広というのは大体修行に出した後の性格だそうだ。ちなみにこの山姥切国広はまだ特である。
「それはともかく、あんたが燭台切との関係に悩んでいるなら何か行動に移してみるのがいいだろうな。会話だけでは縮まらない距離もあるぞ」
「うーん確かに。でもいきなりあーん、ってするのはちょっと気が引けるよ」
私の言葉に、まんばくんは目を伏せて頷く。本当に顔が良い刀である。
「それはそうだな。じゃあ、あんたがしやすいことをすればいい。どうにもわからなかったらいっそ本刃に何をしてほしいか聞けばいいだろう」
「なるほど! んー……よし、ちょっと思いついたから行ってくるね!」
彼の言葉に発破をかけられて、私は執務室を出て光忠くんの元へ向かった。
「光忠くん……いる……?」
私は光忠くんの部屋の前に来ると、小声で彼に声を掛けた。そろそろおつかいから帰ってきているはずだ。
少し間があって、部屋の中から数歩分の足音がした後に襖が開く。
「主? どうしたんだい。もしかして僕がお菓子を買ってきたのを期待して部屋まで来ただとか?」
「私はお母さんが買い物から帰ってきた後の小学生か? ち、違うよ。ちょっと、その、お話……しようかな、と思っただけで」
光忠くんは少し逡巡した後に口を開く。
「……いいけど、お仕事は終わっているのかい?」
「うん、一段落ついてるから大丈夫」
「そっか。いいよ、どうぞ」
光忠くんはいつもよりほんの少し優しげな声色でそう言って、私を手招きした。
「君がこうして訪ねてくるなんて珍し……くは無い気がするけど、お話したいだけというのは少し珍しいね」
「そ、そうかも? ほら、たまにはね、うん」
私はたどたどしく彼に返事をしながら考える。
――し、しまった。とりあえずもっと距離を近づけたい、と思って飛び出してきたのはいいけど、スキンシップって何をすればいいんだ? 雑談できればそれでいいと思っていたけど、なんだか光忠くんが妙に優しい雰囲気を纏わせているのでいつものノリで会話するのは躊躇われる。
そもそもスキンシップしよう! だなんて、わざわざ部屋に訪ねて行うようなことではない気がする。というか、それをするのはそれこそ恋人同士だ。なんだかとても恥ずかしいことをしていようとしていることに気づいて、私は一人赤面した。
「主? どうしたんだい、少し顔が赤いけど」
「な、なんでもないよ。ところでさあ」
私は顔の赤さを誤魔化したくて、やや調子外れな声色で彼に言葉を返した。とにかく何か話していれば、変な意識はしないで済む。なんでもいいから雑談でも振ろう、と口を動かす。
「み、光忠くん……どうして膝枕って膝枕っていうんだろう?」
「……うん?」
光忠くんは一度硬直し、一体なんの話をしているんだ? という困惑の笑顔を浮かべていた。私は私で、脳内で頭を抱えていた。何言ってんだ私は? そりゃ光忠くんもそんな顔にもなるわ。そう思いつつも、私は口を止められないまま、彼に向かって喋り続ける。
「いや……だって、実際は頭を乗せる部分は太ももなのにどうして膝枕なんだろう……? って考えてたら昨日四時間くらい寝付けなかったんだよ。……あれ、なんで目元を押さえてるの」
「僕の主はなんて時間の使い方が……こうも……すごく……下手くそなんだろうって……」
「それに関しては私も思ってたから」
そんなに溜めて言うことか? 光忠くんに内心憤慨しつつ、私はヤケクソになって彼に向かって言った。
「ということで、実際に膝枕しよう」
「……え?」
光忠くんは一瞬何を言っているかわからないような顔をして、彼にしては珍しくぽかんと呆けたような表情を浮かべていた。それから少し遅れて彼の頬に朱がさした気がしたが、すぐに顔を逸らされる。
「本当に主はいつも唐突だよ……」
「まあまあ。じゃあよろしく」
「うん? ああ、えっと」
私はそう言って寝転がる。光忠くんは自然な流れで正座をしてくれたので、私は彼のたくましい太ももの上に頭をぽす、と乗せた。
「……」
「…………」
私達の間に数秒の沈黙が流れ、そして気づく。
「私は寝転がってから気づいた」
「うん」
「男女がするとなったらきっと普通は逆だな、と」
「そうだね」
「あと光忠くんを枕にすると頭が高くなりすぎて首が痛いな、と」
「だろうね」
なんで私は寝転がってしまったんだろう。いたたまれなくなって、両手で顔を覆って彼の上でごろごろと転がる。頭上で光忠くんが「主、じっとしてほしいんだけど」とやや冷たい声を浴びせてきた。その言葉に怯え、私は仰向けになってぴたりと動きを止める。
「あ、アホな主でごめんね」
「全くだよ」
そこはちょっと否定してほしい、という事を言おうとして顔から手をどけると、光忠くんと目が合った。しかも――とんでもない至近距離で。
「どっ――」
どうしたの、と言おうとして、お互いの呼吸すら感じ取れる距離に顔があることに気づいて口を噤んでしまう。急にどうしたというのだろう。
しばし無言で見つめ合う時が続き、耐えられなくなって私は小さな声で呟いた。
「……か、顔を近づけないでほしい、んだけど。すごく恥ずかしいので」
私の言葉を聞いても光忠くんは真顔だったが、しばらくしてふっとやわらかい笑みを浮かべた。――光忠くんのこんな笑みは、初めて見たかもしれなかった。
「ふふ、ごめんね。君の顔、好きだなあと思って」
「へっ……」
今までに言われたことがないような優しい、甘い言葉に私は硬直する。好き? 顔が? 私の?
今日の光忠くんは一体どうしたというのだろう。今日に限ってのことかもしれないが――むしろそうあってほしい――素直、というか、甘いぞ。
「お、お眼鏡にかなってなにより……どうしたの? 何か欲しい物あるの? 土地?」
私の言葉に、光忠くんはわざとらしい大きなため息を吐いた。
「……素直な好意を伝えたんだから、そのまま受け止めてほしいんだけどな」
「好意っ……!? な、なんで急に甘くなるの? 落差で心臓が干からびそうだからいつもどおり雑に扱ってほしいよ!」
「もちろん、君とそういうやり取りをするのは楽しいよ。でも、やっぱり格好良くないかなと思ってね」
私は光忠くんの言葉を聞いて、奇妙な形に口を歪める。そ、そんな、急に態度を変えられても!
「今更格好良さを気にしなくてもいいよ! 光忠くんはもうそのままで充分かっこいいから!
「……あ、ありがとう」
「か、顔を染めるな……照れるな……」
こそばゆい空気に耐えきれず、私は顔を覆う。
……流石にこれは心臓がもたないので、雑な対応も時折してほしい、とリクエストしてみようと思う。
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