06
しかし、何故機嫌を損ねたのかわからない。なので誤魔化すことにした。

「そんな怒んなよ。当分お前とも会えねーんだからさ、銀さんは和やかに別れたいわけよ。喧嘩別れとか寂しいし。な?」

銀時は雪路の笑顔を見本に、ほんわかとした笑顔を浮かべて高杉を宥めた。その笑顔が高杉に与える効果を正しく理解していなかった銀時だが、結果は劇的だった。
ポカンと口を開けて呆けた高杉は、我に返ると目許をうっすらと赤く染めた。

「やっとそうやって笑える、ように……〜〜っ」

小さく囁かれた言葉は途中で止まった。無意識の言葉だったようで、口元を手で押さえ口を滑らせた自分に悶えている。
今まで二十年ほど共にいて初めて見たと言っていい表情の連発に、銀時は落ち着かない。高杉が可愛く見えるとは、末期症状だ。何のと聞かれると困る。アレだアレ。
衝動的に高杉の頬にちゅっと口づけた。しまったと思うが時既に遅し。やっちゃった後だ。サラッと流せないかな、とへらへら笑う。

「ハハッ、その……いってらっしゃいのキス〜なんて……」
「……ほォ。ならただいまのキスをしていいんだな」
「はい!?いや、何言ってんの!?あの、アレ、今のは違った!ご飯粒がついてたから?恥ずかしいだろうと思ってさー……」
「阿呆か。なら改めていってらっしゃいのキスだな」

獰猛な笑みを乗せて、高杉は銀時の唇に食らいついた。口づけというより、食らいつくという表現が当てはまるくらいの勢いに、銀時の腰が引ける。佳月を縦抱きにした高杉は、空いた右手で銀時の首を押さえ、逃げられないよう足を踏みつけた。

(酷っでーコイツ!踏む!?普通踏むか!?)

罵倒の言葉は出ることなく、高杉の口に吸い込まれた。罵るために開いた唇に遠慮なく舌が侵入する。

「ふぅ、……んぅううぁ〜!」

抗議の声を上げるが、間抜けな音にしかならなかった。
黙れというように舌を強く吸われ、肩を揺らす。背筋を走った感覚は久しく感じていなかったもので、思わず銀時の抵抗は弱まる。その隙を高杉は逃さず、好き勝手に口内を動き回った。

(あれ?息ってどうすんの?このまま吸っても二酸化炭素の交換するだけで、だから、えっと、……息ってどうすんだっけ)

高杉は混乱して息が出来ていない銀時に気付き、一度唇を離す。

「ぜぇ、はぁ……っ」

必死に呼吸を繰り返す銀時に高杉は呆れる。

「おめー童貞だったか?」
「は……げほっ、ちっげェェェェよ!!ただ銀さんちゅーはしたことなかっただけですぅ!」
「はァ?ヤっといてキスはしてねェって、何だそりゃ」
「純粋だったの。てめーと違って純情少年だったの!好きでもない子とキスとか気持ち悪くて嫌だったの!」
「それ以上にぐっちゃぐっちゃな事はしてる癖に何言ってんだ」
「ギャアァァァァ!!おまっ、そんな卑猥な言い方すんな!」

つまり今のがファーストキスなわけだ。たかがファーストキスでゴタゴタ言うつもりはないが、初めてが足を踏まれながらねっちょりというのは銀時くらいなものだろう。

「ならやり直すか」
「へ?」

再び顔を近付けた高杉は唇が触れる前に止まり、銀時の頬を撫でる。

「目ェ瞑れ」

銀時が素直に目を瞑ったのは、高杉の声が殊の外優しかったからだ。
真っ暗になった視界で、ちょこんと唇だけが数秒触れ合った。

「……お前、恥ずかしくねーの?」

先ほどの深いキスよりも何だか恥ずかしい。銀時は熱い頬に手の甲を当てて冷やそうとするが、手もまた熱かった。
高杉はいつ機嫌が直ったのか、銀時を見て笑っている。

「しっかしおめー好きな子とじゃねェとキスはしないとか、可愛いトコあんじゃねーか」
「うっせーよ!」

ニヤニヤと意地悪く笑う高杉を見て気付いた。これは間接的に告白したことになるのではないか。

「……っ!もーお前帰れッ」

照れ隠しに大袈裟な動きで蹴りかかった。もちろん高杉は余裕で避けた。ここで当たってくれない辺り優しくない。





―――――――――――

綺麗な秋空が見えるようになった万事屋で、神楽は壊れず残った一人掛けの椅子に座っていた。酢昆布をポリポリとかじる。その後ろ姿に、新八は声をかける。

「神楽ちゃん。またここ来てたの?この家いつ崩れるかわからないから、危ないって言ったろ。さっ、ウチに戻ろう。姉上も定春も待ってるよ」

神楽からの返事はなく、酢昆布をかじる音だけが響く。返事がなくとも、机の上には酢昆布の箱が山になっていて、新八は神楽の意図がわかった。

「……ひょっとして神楽ちゃん。銀さんが帰ってくるまでここで待ってるつもりなの?」

新八にも神楽と同じ気持ちがある。しかし神楽のように素直に表には出せない。銀時をそこまで信じきれない。
万事屋を去る銀時の言葉に頷きはしたが、新八は銀時が何を考えてあんなことを言ったかわかっていた。銀時に思い出してもらえるよう縋った新八達を切り捨てれなかったから、優しく希望を残してくれたのだ。けど本人も言ったように、記憶が戻るとは限らない。

「……お医者さんが言ってたよね。人の記憶は木の枝のように複雑に入り組んでるって。だから木の枝一本でもざわめかせれば他の枝も動き始めるかもしれないって……」

新八は不安を吐き出す。新八だってやはり、銀時には戻って欲しいのだ。

「でも……もし、木そのものが枯れてしまっていたら。もう……枝なんて……落ちてなくなってしまっているかもしれない。僕らみたいな小枝なんて……銀サンはもう……」
「枯れてないヨ」

神楽は新八の不安を一蹴した。神楽だって不安はある。だが銀時を信じているし、例え銀時に記憶がなくても神楽の想いは変わらない。ただ銀時と一緒にいたいのだ。

「枯れさせないヨ。私達小枝かもしれない……でも枝が折れてしまったらホントに木も枯れちゃうヨ」

今思い出さなくても、いつか思い出すかもしれない。だから自分がどっしり構えて待っている。帰る場所を護るのだ。

「だから私折れないネ。冬が来て葉が落ちても、風が吹いて枝がみんな落ちても、私は最後の一本になっても折れないネ。最後まで木と一緒にいるネ」

新八一人で待つ度胸はなかった。けど神楽の強さに、自分も信じたくなった。
新八は溜め息を吐き、机にあぐらをかいて座る。うっかり神楽の酢昆布に手を出し、机から殴り飛ばされ踏みつけられる。食欲魔神である神楽の食べ物に手を出すと煩い。

「オヤオヤ。うるさいのがようやく消えたと思ったらまだいたのかィ?困るんだけどねぇ。こんな事になった以上さっさと二階とりつぶしちまいたいからさァ」

現れたお登勢の言葉に、新八と神楽は騒ぐのをやめる。

「待ってヨ。私達必ず銀ちゃん連れ戻してくるから」
「連れ戻すって、野郎の居場所もしらないのにかィ?」

俯く新八と神楽の前に、一枚の紙が投げられる。住所と地図が手書きされている。

「そこの住所にある工場で最近白髪頭の男が住み込みで働いてるそうだ。さっさとひきずって来な」

紙はお登勢が高杉からもらったものだ。誰に渡せとは言われなかったが、必要だと思えば使ってくれと言って渡された。高杉は銀時について何も言わなかったが、様子を見る限り深刻な状態にはなっていないようなので、お登勢は迷った。放っておいても銀時は帰って来るだろう。
しかし新八と神楽の様子を覗き見て、渡すことにした。好きにしていいなら二人に渡すのもいいだろう。高杉もそのつもりだったろうし、ただ判断をお登勢に委ねられただけなのだから。
紙を受け取った新八と神楽は顔を輝かせて万事屋を出て行く。一人で頑張りたいと言われ、一応待った。しかし待ちくたびれた。だから迎えに行くのだ。





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