01
目の前で携帯が震えている。ディスプレイには『ヅラ』と表示されていて、高杉は手に取る事を躊躇した。
以前無理矢理携帯番号を奪われたのだが、それからペットの話だの攘夷についての志だの銀時の近況だのペラペラ喋り倒される。大体が下らない話なので携帯の前で相槌を録音したカセットを流しているが、たまに気になる情報も得ることが出来た。桂も高杉の気になる点を心得ているようで、絶妙なタイミングで話に混ぜてくる。なので簡単に切ることも出来ず、基本ハンズフリーで部屋の隅に置いていた。
今回も下らない話を聞かされるのかとうんざりしつつ、覚悟を決め携帯を手にする。

「何だ」
――銀時が記憶喪失になったぞ。
「……は?」

カセットを用意していた手が止まる。

「つまらん冗談言うなら切るぞ、ヅラ」
――ヅラではない、桂だ。交通事故にあったらしくてな。大きな怪我は頭を打ったことだけで、その拍子に記憶を落としたらしい。
「……事故にあったのは銀時だけか?」
――ああ。万事屋の子達はみんな元気だぞ。お前がそんなことを気にするとは思わなかったが。

高杉が気になったのは雪路だ。しかし桂の反応からすると、雪路のことは知らないらしい。
佳月には悪いが気を鎮めるため、肩に携帯を挟みマッチを擦って煙管に火をつける。ゆっくり三口吸って、味がなくなった。煙管を盆に叩きつける。煙管は真ん中から折れた。
落ち着けるわけがない。せめて声くらいは抑えようとした結果、地を這うような低い声が出た。

「オイ、ヅラぁ。銀時を跳ねた奴を捜せ」
――……一応聞いておく。どうするつもりだ?
「んなモン、斬り捨てるに決まってんだろォよ」
――報復の機会は与えてやるが、殺させはせんぞ。
「チッ」

しかしこの苛立ちをぶつけれるならいいだろう。赤子の雪路まで事故にあっていたなら、桂に制止されても止まる気はなかったが。
高杉も多忙の身。これだけなら桂が目当ての人物を見つけてくるまで動く気はなかったが、桂の続けた言葉に心境が変わる。

――記憶をなくした銀時だが、どうも拾われてすぐの様子に似ていた。
「……てめー死なせたくないなら精々頑張れよ」

穴を開けそうな強さで電源ボタンを押し、携帯を帯に捩じ込む。寝ている佳月をそっと抱き上げた。

「佳月、銀時に会いに行くぞ」





―――――――――――

目を覚ませば知らない人間が四人、自分を囲んでいた。どの顔も見覚えはない。

「なんだィ、全然元気じゃないかィ」

声を掛けてきた年嵩の女性は赤ん坊を抱えている。四人ではなく五人だったのか。

「心配かけて!もうジャンプなんて買わせないからね!」
「心配しましたよ銀さん……えらい目に遭いましたね」
「……誰?」
「え?」

誰もが安心した表情を自分に向けている。けれど申し訳ないが人違いではないのか。

「君達は誰?俺の知り合い?」

周りの人の表情が固まった。すぐに医者が呼ばれ、問診や機器を使った検査がされる。ここは病院のようだ。
検査の結果、記憶喪失と診断された。

「ケガはどーってことないんだがね。頭を強く打ったらしくて。その拍子に記憶もポローンって落としてきちゃったみたいだねェ」
「落としたって……そんな自転車のカギみたいな言い方やめて下さい」

医師の言葉に自分の記憶を探ってみると、案外色んなものが残っていた。前世の記憶、というものが存在している。何故前世のものだとわかるのか。今の人生の記憶は知識に関しての記憶だけ残っていて、それがある境を過ぎるとプッツリと見え方と見えるものが変わる。他人の人生を映画で見ているような見え方で、当時の感情などは覚えておらず客観的にスクリーンを流れていく。感情が伴わないだけで、どんな人物でどんな人生を歩んだかを記憶している。そして前世の知識から判断すると、やはり自分は転生してるのだと強く確信した。
そして前世の人格は残っておらず、今の人格も記憶喪失でほとんど残っていない。辛うじて残りかすのような自我が残っているだけだった。今も他人事のように、一枚ヴェールを隔てた感覚で世界を見ている。

「事故前後の記憶がちょこっと消えるってのはよくあるんだがねェ。彼の場合、自分の存在も忘れてるみたいだね……ちょっとやっかいだな」
「てめェ嘘ついてんじャねェだろな」
「ごめんなさい……。本当に記憶がないみたいです」

銀時が謝ると、知り合いらしい人達は珍妙なものを見るように顔を歪めた。
チャイナ服の女の子が漫画のキャラに似ているが、気のせいだろうか。

「人間の記憶は木の枝のように複雑に絡み合ってできている。その枝の一本でもざわめかせれば、他の枝も徐々に動き始めていきますよ。まァ、あせらず気長に見ていきましょう」

医者としてはそう言うしかないだろう。なくした記憶なんて、誰にも探せないのだから。
静まり返る中、チャイナ服の女の子が動き出す。おばさんから赤ん坊を受け取り、自分に見せてきた。

「銀ちゃん、雪路ヨ!銀ちゃんの息子アル!思い出さない!?」
「悪い、けど……」

息子と言われた赤ん坊は可愛らしい顔立ちをしている。不安そうな顔をしていたのに、自分を見た途端笑顔を見せた。柔らかな、見るものを和ませる笑顔だ。しかし心に引っ掛かるものはなく、愛情も思い出せない。ただチクリと胸が傷んだ気がした。この顔立ちは妙に惹かれる。けどこの表情はあまりピンと来なかった。
雪路まで覚えていないと言うことで、周りはやっと記憶喪失を実感したらしい。絶句、といった顔で固まっていた。





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