01
師の晒された首を見た時の絶望は、言葉で言い表せるものではなかった。しかしその時の銀時の眼を見た衝撃もまた大きかった。どす黒く染まりふつふつと憤りに沸き立つ心が、一瞬で凍った。絶望がなくなったわけではない。けれど感情が動きを止めるほど、衝撃は大きかった。
普段の銀時と言えば柔らかなほんわかした空気を纏っていて、小豆色の瞳には穏やかな光が宿っている。それは戦の最中は好戦的なものに変わっているが、戦闘が終われば元に戻る。
今の銀時の瞳に光はなく、澱んだ血の色をしていた。何の感情も浮かばず、焦点も合わず虚空を見つめている。表情もなく、柔らかな雰囲気は消え失せていた。かといって殺気が滲んでいるとか、桂のように悲しみに沈んでいるとか、高杉のように憎しみが露になっていることもない。雰囲気すら何も感じさせない、虚ろなものになっていた。
高杉は銀時の様子にゾッとして、手を握った。このままだと銀時も消えてしまいそうで怖かった。銀時は顔を上げたが、その眼も雰囲気も何も変わらない。存在すら薄れそうな、自我を感じさせないものだ。銀時が松陽に拾われた頃の様子に似ていて、それよりずっと酷い。慰めも、共感も、何も受け付けそうになかった。
張り付いた舌を無理矢理動かし、声を出す。掠れて絡まった声が出た。

「銀時……」
「……意味、なかったな。俺達のしたことは」

まずは銀時が喋ったことに酷く安心した。銀時の存在をとどめようと、繋いだ手に力を込める。

「俺は許さねェ。先生を奪ったこの世界を、絶対ェ許さねー」
「俺は……よくわかんねーな。どうでもいいかもしれねェ」

銀時は彼の内に守るべきものがあるなら、それを気力に頑張れるという性質を持っていた。その彼がどうでもいいと言うくらい松陽の存在は大きかったのだ。彼の手のひらに残る他のものに気付かないほどに。いや、彼にとってはもう何もないのかもしれない。守るべきものも、憎むべきものも。
高杉は銀時の暗い瞳を睨み付ける。

「てめーだけ逃げるのは許さねェ。俺は俺のすべきことをする。俺が守るべきものを守る。てめーはてめーのすべきことを、てめーの守る範囲を守れ」
「俺の、守るものっつっても……」
「まだいるだろーが。てめーの世界は先生がすべてじゃあるめー。先生が教えてくれただろ。俺もいるし、ヅラもいる。まァ、坂本も入れてやっていいだろ。今は部隊を率いてんだ、部下もいる。てめーが守るべきモンはまだまだある」
「俺の手には、まだ残ってる?まだ守るものがある……」

銀時は持ち直した。その後の戦でも一騎当千の働きをし、戦闘が終われば柔らかな笑顔を見せた。しかし瞳に隠れる悲しみは消えなかったし、側にいる人を癒す日溜まりのような雰囲気は消えていた。
天人からも幕府からも追われる日々が続いたある日。とうとう絶体絶命の窮地に追い込まれた。話し合いの末各自バラバラに逃げることが決まり、高杉は銀時に言った。

「てめーが落ち着いた頃、会いに行く。それまでにちったぁマシなツラになっとけよ」
「何、お前喧嘩売ってんの?銀さんはいつでもパーフェクトなイケメンですーぅ。お前こそ、左目悪化させて不細工になんなよ」

高杉の真意に気付いているのかいないのか。恐らく気付いていないだろう。自分では普段通りに振る舞えているつもりのようだから。しかし銀時に近しい者は空元気だと気付いている。
逃げる途中で幕府軍に追い付かれた高杉は、隊の者のお陰で一人逃げ延びることが出来た。そのまま隠遁するつもりも故郷に戻るつもりもなく、再び鬼兵隊を立ち上げた。名前を変えることは考えなかった。この名を背負ってこそ、これから成すことに意味がある。この名は守れなかった仲間であり、銀時と共に戦う証だ。
まだ二つ名も持たない頃。銀時は獅子奮迅の働きに「鬼のようだ」と恐れられていた。このままでは鬼に関連した二つ名がつけられるだろうと予想出来た。だから、高杉は先んじて自身の隊を“鬼兵隊”と名付けた。銀時は表面上平気な顔をするが、幼い頃の経験から鬼と呼ばれるのを嫌っている。だからせめてそれを一緒に背負いたかった。そして予想通り銀時は“白夜叉”という、鬼を意味する夜叉が入った名をつけられた。
だから“鬼兵隊”は譲れない、捨てられない。その名で高杉は幕府を倒す。今の腐った体制をぶっ壊す。もう師をなくした時のような絶望は味わいたくないし、銀時のあの眼を見たくもない。凍りついた憤怒を抱え、それを力に高杉は動く。
高杉の戦後の行動はすぐに決まった。しかし銀時をどう守るかについて悩んでいた。彼は心も剣術も強い。だが自力で絶望の淵からは戻れないだろう。高杉もまだ戻れたとは言えないが、あの銀時を見て絶望の側でさ迷う程度にとどまっている。銀時をあの場に居させたくはない。ならばどうするか。

「来島、少し聞いていいか」
「はい!何ですか晋助様?」
「そうだな……人が癒されるものってのは何がある?」
「癒し……ですか?最近は植物とか、音楽とか、アロマとか、温泉とかよく聞くッスかね?」

心を癒せば銀時を引き上げれるのではと思ったが、いまいちピンと来ない。

「可愛いものとかいいらしいです。ペットとか。そういえば、赤ちゃんも可愛くて癒されますよねー」
「……赤子?」

そういえば、天人の技術で生殖能力のない者や男同士でも子供を作れるようになったと聞く。まだ大きく取り沙汰されていないしかかる資金が莫大らしいのだが、これは使えるのではないか。

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