01
昨日木刀が折れた(折ったとも言う)ため、買いに行くことにした。今日の仕事は午後からなので、午前は空いている。
仕事は屋根修理で制服が借りれるので、久々に仕事着ではなく私服を着ることにした。抹茶色の長着を生成り色の帯で留め、小豆色の羽織に腕を通す。右腕は痣になったので、薬を塗り包帯を巻いて隠している。

「銀ちゃん、いつものと違う服持ってたアルか」
「あのね、あれは仕事着だから。普段着もそれなりに持ってるから」

目を見開いている神楽にこちらも驚く。まさかあれしか持っていないと思われていたとは。あの仕事着は四着あり、仕事の時は着回しているだけだ。最近仕事が詰まっていたから、神楽はあの服しか見たことがなかったのか。

「でも銀ちゃんが買える服とは思えないネ。高そうアル」
「まァ、貰い物だからなー」

質素を好む割りに、神楽は意外と目がいい。食器なんかも、水屋の高いところに仕舞った高価なものには触れないようにしている。高価な菓子は、そうと教えなくても一応味わって食べている。

「! 銀ちゃんの彼女からアルか!?」
「え"。……彼女じゃねーよ」

桂との会話以来、新八と神楽は“銀時の彼女っぽい人物”について気になっているらしく、事あるごとに聞いてくる。笑って誤魔化すと引いてくれるので、一応加減はしてくれてるようだ。
しかし神楽の勘は侮れない。今着ている服は“銀時の彼女っぽい人物”と思われているどこぞの坊っちゃんが送ってきたものだからだ。

「んじゃ、神楽ァ。銀さんちょっと出掛けて来るわー。で、そのまま仕事行ってくる。昼飯は炒飯用意してっから温めて食えよ」
「キャッホー炒飯!行ってらっしゃいアル。なら私も遊びに行くヨ」
「ん、行ってきます。お前も気ぃつけろよ」

日常の挨拶はしっかり教えたので、ちゃんと返事が返ってきた。ちなみに新八は昨日の宣言通り、今日は来ていない。
万事屋を出た銀時は途中で土産の菓子を買い、スクーターで江戸の外れへと向かう。辿り着いたのは道場だ。

「ジーさーん!いるかァー?」

勝手知ったる他人の家。門をくぐり剣道場へ向かう。中では一人の老人が雑巾がけをしていた。

「なんじゃい、銀時か」
「俺以外にこんなトコ来る奴いんのか」
「うるさいわボケ」

一度屋敷の方へ行き台所に土産を置く。今日は奥さんの香苗がいないようなので、適当な部屋の箪笥からたすきを借りる。剣道場へ戻り下駄を脱ぎ、羽織を畳んですみに置く。袖をたすき掛けにして準備すると、既に爺がもう一枚雑巾を用意していた。雑巾を濡らし道場の端から端を駆ける。広い道場だが、二人で拭くと早く終わった。

「で、何しに来た?」
「木刀くれ。土産は愁菓のエクレアな」
「お前壊すの早過ぎじゃろ。愁菓はシュークリームじゃろうが」
「いっそ木刀に鉄仕込めばいいんじゃね?香苗さんがあっこのエクレア好きだろ」
「仕込んだら木の部分が脆くなるぞ。……フン。なら今度は甘々堂のショートケーキ買ってこい」
「やっぱり?……アンタら夫婦揃ってあのショートケーキ好きだよな」

許可を得たので、木刀置き場から好みのものを探す。この道場では種類ごとに分けられたくさんの木刀が木箱に納められていた。型も素材も、いつものでいいだろう。実は、高価な枇杷製だったりする。金欠の時は本赤樫だが。ここの木刀は何故か洞爺湖やら阿寒湖やら、どこかの地名が持ち手に刻まれていて、銀時が選ぶのは洞爺湖と刻まれた種類だった。

「そういやぁ、この前ヅラに会ったぞ」
「ほー。相変わらずハゲてたか?」
「いやハゲてねーよ!?羨ましい黒髪ストレートだよ!お前ヅラに聞かれたら殺されんぞ」

この爺、何気なくとんでもないことを言うから恐い。

「そうだ、弓道場貸してくれ」
「……勝手に使え」
「サンキュー」

銀時が弓を使いたくなる時、それは心を落ち着かせたい時が多い。爺はそれに気付いているのだろうが、何も言わない。掃除道具を片付けて木刀の代金を爺の隣に置き、木刀と羽織を手に弓道場へ移動した。





―――――――――――

ここの道場主は、攘夷戦争時代に銀時の部隊にいた爺だ。戦後は妻を残したこの道場に戻ってきて、妻と二人慎ましく暮らしている。銀時は江戸に流れ着いて数ヶ月経った頃、江戸でばったり爺と会って知った。維持するのに苦労はしていないみたいだが、門下生はいない。銀時のように、知人が時折訪れるのみのようだ。銀時は様子見がてら、木刀はここで買うようにしている。
敷地は広く、住まいである屋敷と離れ、蔵、剣道場、弓道場、柔道場がある。弓道場は敷地の少し奥まった場所にあり、まだ蕾もつかない桜が道場の隣に生えていた。

「……ふっ」

息を吐き手を離す。パァン、と音を立てて矢はかろうじて的に当たった。

「あー、やっぱ腕鈍ってんなぁ。最後に射ったのいつだっけ?よし、もういっちょ」

もう一度射った矢は、的に掠りもしなかった。

「……」

本当は、腕が鈍っているのが理由ではないと気付いている。心が乱れているからだ。気になるのは、心の中で隔離した事柄。この世界が銀魂であるということ。その中でも、自分が主人公に成り代わったと言うことだ。最近は忙しくて悩むことも出来なかった。ここで整理して帰りたい。

「俺が、銀魂を読んでたら……」

師を救えただろうか。仲間を死なせずにすんだだろうか。彼の瞳をなくさずにすんだだろうか。後悔はいくらでもある。過ぎたことは変えられないが、それでも捨てられないもの達だ。多分、銀時は一生この重荷を背負って生きていく。そして、時には人の重荷を共に背負う。不器用だと理解している。すべて忘れて気にしなければ、もっと楽に生きれる。けれど銀時は今の生き方しか知らないし、他を知りたくもない。
今の銀時が主人公の代わりとするなら、本来の主人公はどうなったのか。一応物心ついた頃からの記憶はあるので、入れ替わったなどではないはず。記憶を疑いだせば切りがないのでしない。可能性の一つとして、パラレルワールドというものがある。同じ世界が微妙に違う道筋を辿りながらいくつも広がってるというものだ。つまり漫画の銀魂と似て非なる世界である、と。
そうすると漫画知識はさほど役立たない可能性もあるが……どちらにせよその知識がないので詳細はわからない。つまりこれは答えの出ない問題なのだ。だからといって、すぐに切り替えは出来ないが。

「整理は出来た。後は吹っ切るだけだ。……もう少し射つか」

その後も、矢は的の中央には当たらなかった。





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