02
神楽はキャサリンに追いついたものの、路地裏を抜けた先にある川へ踏ん張りがきかずに落ちた。キャサリンの前に回り込めたのはお登勢だ。送らせたパトカーから下り、橋の端と端でキャサリンと会話する。
「残念だよ。あたしゃアンタのこと嫌いじゃなかったんだけどねェ。でもありゃあ、偽りの姿だったんだねェ」
キャサリンは家族のために働いていると言っていた。それも嘘なのだろうか。
「……お登勢サン……アナタ馬鹿ネ。世話好キ結構。デモ度ガ過ギル。私ノヨウナ奴ニツケコマレルネ」
「こいつは性分さね。もう直らんよ。でもお陰で面白い連中とも会えたがねェ」
いつかの冬の日を思い出す。空も地も白い、銀時に会った日のことを。
「ある男はこうさ。ありゃ雪の降った寒い日だったねェ」
あの日お登勢は気まぐれに旦那の墓参りに出かけた。お供え物を置いて立ち去ろうとした時に、墓石が口を聞いた。墓石の裏に座り込んだ、銀時の声だった。
「それ饅頭か?食べていい?腹減って死にそうなんだ」
「こりゃ私の旦那のもんだ。旦那に聞きな」
そう言うと銀時は首を傾げ暫し止まった。それは声無き死者の意志を汲み取ろうとしているように、お登勢には見えた。一人頷き傾げた首を元に戻し、銀時は饅頭を食べ始めた。
「なんつってた?私の旦那」
本当に旦那の声が彼には聞こえているように、何故かお登勢には見えた。だから嘘でも本当でも、旦那からの言葉を伝えられると思った。
「そう聞いたら、そいつ何て答えたと思う」
キャサリンはスクーターのエンジンをふかし、スピードを上げてお登勢に向かってくる。しかしお登勢は動かない。あの日、真っ白な世界で真っ白な男がした約束を信じているからだ。
「死人が口きくかって。だから一方的に約束してきたって言うんだ。『この恩は忘れねェ。アンタのバーさん……老い先短い命だろうが、』」
――この先はあんたの代わりに俺が護ってやる、ってさ。
追いついた銀時が屋根から欄干に下り立ち、木刀でキャサリンを切りつける。キャサリンは橋に落ち、スクーターは横転して止まった。お登勢には掠り傷一つない。
「オイ、バーさん。てめー店で待ってろよ。何はっちゃけてこんなとこまで来てんだ」
「そんなことより、アンタんとこの娘川に落ちたよ」
「マジで!?いないと思ったら……」
銀時は溜め息をついて川に下り、神楽を探している。すぐに見つかったようで、足を掴んで引っ張り上げた。
「……」
お登勢はまだ、銀時は旦那の声を聞いたんじゃないかと思っている。根拠は女の勘としか言えない。だが訊ねても銀時が素直に答えることはないだろう。だから多分、訊くことはこの先もない。けどそれでいいのだと思っている。約束はしっかり生きているのだから。
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