「名前ちゃんって結構可愛いんやな。」

ぽかぽかした陽気の下、心地よく吹き抜ける風がさらりと髪を揺らす。昼休みの屋上。今日は絶好の外出日和だったが、この場所に陣取って昼食をとっているのは自分たち二人だけだった。

だらだらと飲んでいたいちご牛乳のストローから唇を離し、何気なく白石がそう呟いた瞬間、隣で珈琲牛乳を啜っていた謙也の手の中で、ぐしゃり、紙パックが歪んだ。勢い余ってストローから飛び出してきた珈琲牛乳でむせ返りそうになった謙也がどんどんと胸を勢いよく叩く。

「げほっ…ごほっ……、い、いきなりなんやねん、白石。」

涙目でこちらを恨めしそうに睨みつけてくる謙也に、スマンスマン、と適当な謝罪の言葉を返しておいてから、何気ない口調で白石が続ける。

「クラスの奴に相談されたんや。名前ちゃんに告白しようと思てんねんって。」

ひどく落ち着いた様子で、さもなんでもないことのように報告する白石とは対照的に、それを聞いた謙也の顔がさっと曇る。潰れた珈琲牛乳の紙パックを握り締めたまま、その上に目線を落として固まっている。

「謙也、ぼんやりしてたら先越されてまうで。」

「そんなん、言われんでも分かっとるっちゅー話や!」

先程より幾分か声のトーンを落とし、真剣味を帯びた口調で忠告する白石の言葉を謙也が声を荒らげて遮る。…誰かに先を越されてしまうかもしれない。それはきっと謙也自身が誰より憂慮しているのだろう。けれど、

「白石、どないしよう。」

――けれど、肝心なところでこうもヘタレなのが謙也だ。急に弱々しくなった声で助けを求める友人に、白石の唇から大げさに溜息が漏れた。

「どないもなにも、告白してもうたらええやん。」

「んな簡単に言うなや。」

「ほな、名前ちゃんが他の男に取られてもええんか?」

「それは嫌や!」

はあ、と続け様にまた溜息。

なかなか一歩先へと踏み出すことができない謙也をいつもいちばん近くで見ている自分が、きっといちばんもどかしい想いをしているに違いない、と白石は確信する。名前だってきっと謙也に好意を持っているのに。それは遠目に見ていてもなんとなく分かる。あとは謙也が踏み出せるかどうかにかかっているのだろう。

「ほな、こうしようや。」

「お、おん?」

急に真剣な眼差しになった白石に、謙也が少したじろぐ。ごくり、謙也の喉が鳴った。

「次の試合で勝てたら告白する。」

「はい?」

「負けたら名前ちゃんのことは潔く諦める。」

「えっ、」

「これでテニスも頑張れて一石二鳥やん?無駄ないやん?謙也、いいかげん覚悟決めや。」

「ち、ちょお、待っ……、」

狼狽える謙也を余所に白石は余っていたいちご牛乳を飲み干すと、そそくさと立ち上がった。咄嗟に何か言い返そうとした謙也の声がチャイムの音に吸い込まれていく。昼休みの終わりを宣告される屋上。穏やかに吹き抜ける風が金色の髪を揺らす前に、無意識に伸びた右手がくしゃりと頭を掻いた。


手を伸ばせたら後悔しない