手首を押さえ込み、無我夢中で唇に食らいついてくるランサーを見て、飢えた獣のようだ、と思った。

別に彼の魔力が枯渇しかかっているとか、そんな切羽詰った状況に今のランサーが陥っている筈はないのだが、それでも夢中で唇を重ねようとしてくるランサーを見ていると、こいつの魔力は枯渇寸前の状態にでもあるんじゃないか、とか疑ってしまう訳だ。それくらい普段の理性的なランサーはもはや目の前から吹き飛んでいて、彼が本能に従って動いているのが分かった。

口内をねっとりと貪られている間にも、両足の間にランサーの足が割り込んでくる。逞しい片手に腰を引き寄せられる。既に身体中の力が抜け落ち、貪られるがままになっていた名前には、ただ視界を涙で滲ませ、ときたま唇の端から情けない声を漏らして彼の熱い口付けに応えることしか出来なかった。

けれどランサーの片手が服の下に滑り込んで来た瞬間、それまでぬかるみに沈むような感覚に飲み込まれかけていた頭がはっと弾かれたように現実に帰って来た。

「ん…!…やっ……!」

つい今の今まで俎板の上に乗せられたマグロよろしくランサーにされるがままになっていた名前が突然息を吹き返したかのようにじたばたと暴れ出したものだから、これにはランサーも驚いたように唇を離した。

「……何か?」

鼻先が触れそうな位置にあったランサーの顔が不服そうに歪む。このむすりとした顔さえイケメンの彼に、たった一時の気の迷いで身体までくれてやっても良いものか。

それまで寂しさに流されるがままになっていた名前の頭に最後のなけなしの理性を呼び戻し、繋ぎ留めていたのは、そうすることがケイネスとソラウへの裏切りになりはしないかという感覚だった。

チャームの力とはいえ、ソラウがランサーのことを好いているのは傍で見ていて痛い程分かる。そのソラウに抜け駆けと思われても致し方ないような行動に至っているのは不本意であるし、それより何より、可能性が限りなく零に近いと知っている今でも、自分が好きなのは、この目の前にいる彼ではないのだ。自分の心に嘘は付けない。

「やっぱり、だめ。それ以上は、」

「……何故、」

口を突いて不満げな言葉が彼の口から漏れたが、ランサーは直ぐに何かに思い当たったような顔をするときゅっと眉の端を下げた。

「まだ、ケイネス殿のことが?」

苦しそうな表情で噛み締めるように言うランサーに名前もぐっと言葉を詰まらせる。この無言をランサーも肯定と取ったらしい。

けれど名前の想いとは裏腹に、身体に巻き付いたランサーの腕は緩むどころか、むしろきつくなった。がっしりと腰に回った腕に解放を阻まれて名前の表情がさっと曇る。不安げに眉間に皺を寄せた名前とは対照的に、ランサーは、笑顔だった。

「御安心を。直ぐにそんな事など、考えられなくなりますから。」

ランサーの凍り付くような笑顔にじわりと冷や汗が滲む。背筋が凍る。何よりもう後戻りができないという事実に、今更恐怖心が湧いた。


不純交遊といきましょう


(最後の理性を嘲笑う美獣。)