気が付いたら抱き締めていた。

だなんて、そんなことを言ったら主に女たらしだと罵倒されること請け合いであるが、これが世の女たらし共がやるようなへらへらとした軽い気持ちでとった行動ではなく、酷く衝動的だが強い感情に突き動かされたが故の行動であることは確かである。今の自分に余裕なんてものはない。

「離して、」

「離しません。」

「離して、」

「離しません。」

「……どうして…、」

先程まで気丈に振舞っていた名前の声に途端に覇気がなくなって、本当に離して欲しがっているのか疑いたくなるような弱弱しい力で身じろぐことさえできなくなって、仕舞いには嗚咽を漏らし始めた名前の顔をぐいと胸に押し付ける。

どうして、

どうして俺が名前を抱き締めているのか。どうして名前を抱き締めるその腕が彼女が想うその人のものではないのか。

先程名前が続けようとした言葉の先を考えて、回した腕に力を込める。彼女が本当に抱き締められたかった相手は俺じゃない。きっと俺ではその代わりにさえなれない。そんなことは分かりきっているんだ。

それでも回した腕を離すまいとするのは、彼女が他の男のことを想って流す涙をとてもじゃないが正面から見ていられなかったのと、ただ、貴女を想っている人間が此処にもいるのだということを、理解して欲しかったからで。


偽善で固めたこの両手が


(どうして、俺じゃない。)