「忌々しい黒子だな。」

唐突にケイネスの口から発せられたその言葉に、ランサーは、ぴしり、その身を固くした。

今度は一体何が主の機嫌を損ねたというのか。おそらくまたソラウ様との間にひと悶着あったのであろうことは容易に想像がついたが(何せ彼がソラウ様との間にいさかいを起こす度、黒子に難癖を付けてくるのは何時ものことだ。)これに関しては謝るより他にどうすることもできなかった。理不尽な八つ当たりだとは思いながらも、申し訳ありません、と紡いでランサーは丁寧に頭を下げる。

けれどランサーが謝ってみせたところでケイネスの眉間の皺の数は減るところを知らず、それどころか、増えた。苛立ちを募らせた口元がぴくりと震える。

「まったく…その黒子を利用してソラウをたぶらかしているとは…、」

「違います!」

あらぬ嫌疑をかけられそうになっていることに気が付いて、ランサーは慌てて否定の言葉を紡ぐ。

せっかく生前果たせなかった忠義を果たすためにここまでやって来たというのに、新たに築こうとしている主従関係に早くもひびが入りかけているではないか!どうすればこの誤解を解けるのか。ぐるぐると上手く働かない頭で考えあぐねているうちに、

「俺がお慕いしているのは、名前殿です…!」

…あろうことか、カミウングアウトしてしまった。カミングアウトしてしまった後で、自分が突拍子もないことを口走ってしまったことに気が付いた。ケイネスはおそらくこんな突然の告白など予想だにしていなかったのだろう。彼は鳩が豆鉄砲で撃たれたような顔をしていた。

「は?名前?」

ランサーの発言を信じていないのか、もしくは信じるべきか否か判断しかねるといったところだろうか。ケイネスは少し考える素振りを見せた後で今度は疑いの眼差しをランサーに向けた。

「そんな風には見えんが…、」

「それは、」

名前殿がお慕いしているのが貴方だからです、と喉から出かかって、けれどランサーははっとしたように口を噤んだ。

きっとこの人は、名前が今回聖杯戦争について来た理由を、それがケイネス殿のためだということを、理解していない。けれどそれを第三者である自分の口から告げるのはなんとなく気が引けた。

「それは、…何だ?」

詰まった言葉の先をケイネスが急かすが、代わりとなる返答はそう容易くは見つかってくれないらしい。ランサーがだんまりを決め込んだままで思考を巡らせていると、そのうち先に痺れを切らせたケイネスが呆れ返ったように息を吐いた。

「もう良い。下がれ。」

冷めた声色で吐き捨てられた言葉がランサーの鼓膜を震わせる。

けれどその言葉に少し安堵したように、そしてその言葉が合図になったかのように、ランサーの身体は未だ渦を巻く思考と共に、空気に溶け込んで消えた。


もつれて絡まる赤い糸


(報われない想いの行方は、)