ぽかぽかとした陽気。そよそよと肌を撫でる風。心地よい昼下がりの午後3時。まさに昼寝をするにはうってつけの青空の下で、名前は街の中心から外れた芝生の上にごろりと寝転がっていた。

夢と現実との狭間。まどろみの中。今にも夢の世界に転がり落ちてしまいそうな意識を、彼女の背中をちくちくと刺す芝生の感触がかろうじて現実に留めさせている。そのようなぼんやりとした意識の中で、名前はふと、少しだけ瞼を押し上げた。

…誰かが、近寄ってきている、ような。

眠い目を擦ると、薄く開けた名前の視界いっぱいに青色に染まった空が広がる。芝生の上に仰向けになっている名前の視界を遮るものがないからであるが、そんな青色で塗りつぶされていた視界の端に、突如、できるはずのない影ができた。

「わっ…!る、ルヴァイド!?」

「このようなところにいたのか…。探したぞ。」

急にびくりと呼び覚まされる意識。目の前から降ってくる声を聞きながら、名前は自分の顔のすぐ脇にルヴァイドが立っていること、その彼が真っ直ぐに自分を見下ろしていることを認識した。

「あと屋敷に戻っていないのはお前だけだ。そろそろ戻れ。」

まだどこかとろんとした目をしている名前の顔の前にルヴァイドの手が差し伸べられる。しかし何故か名前にはすぐにその手を取ってしまおうという気になれなかった。この気だるさは、ぐっすりと熟睡していたところをけたたましい目覚まし時計の音で起こされたときの、あの嫌な感じに似ている。

「うーん、もう少しだけ。」

「名前、」

再びまどろみの中に身を投じようと名前が目を閉じると、それを諫めるように言うルヴァイドの声が名前の耳をくすぐった。その声に含まれる、少しの苛立ち。だが眠気の方が勝っている名前はそれを聞いて起きようとするどころか、むしろたまには少しくらい困らせてやってもいいじゃないか、という気になった。

「…王子さまのキスがないと起きられません。」

さらりと言ってのけた名前の言葉にルヴァイドの返答はない。名前の脳裏にはぴしりと固まっているルヴァイドの顔が容易に想像できた。…さすがにこれは笑えない冗談だったかもしれない。

「……なんて…じょうだんで……んっ!?」

ゆっくりと目を開けた名前の視界の端でルヴァイドが芝生に膝をつくのが見えたと思った瞬間、視界いっぱいにルヴァイドの顔が広がった。それと同時に感じたのは、唇に何かが触れる感覚。

離れて行くルヴァイドの顔を呆然とした瞳で映しながら、名前は自分が発した言葉の意味を、それに準じた彼の行動を、唇に触れたものが何なのかを、理解した。

「なっ…!?」

名前は慌ててがばっと身体を起こすと、ルヴァイドの涼しい顔を正面から睨みつけた。

「…起きたのか。」

「起きたのか、じゃなくて…!どうしてそんなこっぱずかしいことを平気でやってのけるんですか!」

顔から火が出そうとはこのことだ!わなわなと震える手で唇に触れる名前とは対照的に、ルヴァイドは至極平然とした顔で名前を見つめていた。

「言いだしたのはお前だろう。」

「あれは…ほんの冗談のつもりで…!」

堪え切れずにルヴァイドから目を逸らして俯く名前。だが彼女が落ち着きを取り戻すのを待つまでもなく、ルヴァイドは再び彼女の前にすっと掌を差し出した。

「さて、帰りましょうか、御姫様?」

さらりと言ってのけたルヴァイドの言葉に名前の顔が赤みを増す。

名前は真っ赤になった顔で手を差し出した張本人のにやりとした顔を見上げてから、少し不服そうに、けれどしっかりと差し出された手を取った。


キスで目覚める御伽噺の様に


(奪われたのは唇と心。)