困ったようなその顔には、少しも悪気は見られない。けれど俺は、同郷だというだけで見知らぬ男をやすやすと家に上げるほどお人好しではなかった。
「悪いけど、他をあたってくれ。泊めてくれる友達ぐらい、いるだろう」
俺が断ったのは、見ず知らずの者だからという理由だけじゃない。 自分の家のことを知る者と、関わり合いになりたくはなかったからだ。
けれど男は、引き下がるつもりはないようだった。
「一志さん、初めて会った女の人をその日のうちに泊めたこと、あるよね」
まるで見ていたかのようにさらりと言われて、思わず言葉を失う。
そんな俺を見つめながら、男はゆっくりと口角を上げる。その表情からはゆらりと官能をくすぐる何かが燻る。
「しかも、1人や2人じゃなくて、何人も……ね?」
愉悦を含んだ言い方は、挑発しているかのようだ。
気がつけば辺りには誰もいなくなっていた。
行き交う車を遠目に、ぼんやりと意識は暗い闇に吸い込まれていく。
俺はこいつと、この夜をただ2人きりで生きている。何故だか不意に、そんな錯覚がした。
「その人たちはよくて俺がダメだなんて、おかしくない?」
揶揄するように言って、男は真っ直ぐこちらへと歩み寄ってきた。
艶やかな美しい微笑みを浮かべながら、手を伸ばし俺の頬に触れる。
冷たい掌でそっと撫で回されて、ゾクゾクと背筋を何かが駆け降りていく。
ゆっくりと細められた目の奥には闇が拡がり、誘うように囁くその声は甘く掠れながらも妖しく俺に絡みつく。
「欲求不満、俺が解消してあげようか」
俺は既に、この男に捕らえられていた。
*****
たった一時の気の迷いで、どうしてこんな男を連れて帰ってしまったのだろう。
「……は……っ」
深いキスの合間に息を漏らしながら俺にしがみつくその手はまだ冷たい。
身じろぎする度にギシリとベッドが音を立てて軋む。
腕の中の体温は僅かに低い。俺の方が熱いのはこんな男に欲情してるからだとは思いたくなかった。
男同士で裸になって性欲を満たそうとするなんて。一体何の罰ゲームだろう。さっきまではそう思っていたはずなのに。
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