翌日も綾乃が行きたがっていた場所にあちこち付き合わされたあと、夕方の早い時間に高速バスの停留所まで見送りに行った。
綾乃が別れ間際に上目遣いで妙にしおらしく訊いてくる。
「お兄ちゃん、また来てもいい?」
遠慮なんてするガラじゃないのにそんなことを言うのは、本当はここに来るのに迷いがあったのかもしれない。
「今度は雄理がいるときに来いよ」
「え、本当? それを糧に受験勉強頑張れる!」
屈託なく笑う綾乃はやっぱりかわいい妹に違いなくて、雄理のことが好きだったという昨夜の思いがけない告白を思い出せばチクリと胸が痛んだ。
「じゃあまたね。写真も忘れないでね」
忘れなくても絶対に送らないからな、と心の中で呟いて手を振って見送った後、陽の傾く空の下を家路に着く。
昨日から綾乃が傍にいて騒がしかった分、何だかやけに淋しい気分だった。
家に着くと、いつもホッとする。
もともと雄理が1人で住んでたアースカラーのマンションは、もうすっかり俺の帰る場所になってしまってる。
玄関の鍵を開ければ、奥に人のいる気配がした。
ああ、もう帰ってきてたんだ。
靴を脱いで上がり込んだ途端、俺の目の前に大きな影が立ち塞がって、見上げればきれいな瞳が射抜くように俺を見つめていた。
俺はこの真っ直ぐな眼差しに弱い。雄理には嘘やごまかしが通用しないから。
「……ただいま」
目を伏せてそう言ってみるものの、前を阻まれたままだ。挨拶だけではこの関所は通れないらしかった。
恐る恐る見上げれば、視線が絡み合う。その眼差しに焦れるような熱を感じて、俺は息を呑んだ。
「昨日から綾乃が来てて、今帰ったとこ」
「知ってる」
短い言葉と一緒に差し出される手に思わず後ずさりしたけど、逃げられるわけもなくて簡単に腕を掴まれてしまう。
引き寄せられてバランスを崩した瞬間、しっかりと抱きすくめられていた。
暖かな腕の中に包まれたまま、耳元で囁かれる。
「 ─── ただいま」
その優しい声に、俺は気づいてしまう。
俺と同じように、雄理にとっては俺のいるこの家が帰る場所なんだってことに。
「おかえり、雄理」
広い背中に腕を回して抱き返す。顔を離して唇が触れるだけのキスをすると、胸の中が一気に熱くなった。
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